1831年から1836年にかけてのビーグル号の第二次航海では、22個のクロノメーターを使い、港と港の経度差を順につないだ。ロバート・フィッツロイ船長の記録は、精密な時計を一つ持つだけでなく、温度や衝撃から守り、複数の時計を比較し、陸上の天体観測と結び付けることで測量が成立したことを示す。1 2
時計と経度差#
地球が自転するため、太陽から求めた地方時は経度によって異なる。時間の差1時間は経度15度、時間の1秒は経度15秒に相当する。ただし、実際の観測には太陽の位置の変化や時計の進み遅れの補正が必要である。クロノメーターは出発地の時刻を運び、到着地の地方時と比べるための基準となる。海上で絶対経度を直接測るだけでなく、二地点間の経度差を求め、それを既知の地点から連結できる。1 2
時計の「歩度」は一定期間にどれだけ進み遅れするかを表す。出発時と到着時に天体から時刻を求め、各時計の歩度を見積もれば、航海中の表示を補正できる。しかし途中で歩度が変わると、両端の測定だけでは変化の時期や大きさを完全には知れない。フィッツロイは出発地と到着地で歩度が違う場合、原則としてティアークスの方法でその間を補間したと記した。観測・比較・計算の詳細は膨大で、付録にはすべて収めず水路部に保管すると説明している。ビーグル号が寄港を重ねて短い区間に分けたのは、その不確かさを抑えるためだった。1 2
22個の設置と日常管理#
フィッツロイの1839年の一覧によると、22個は1831年11月14日に船内の定位置に置かれた。海軍所有だけでなく、船長や製作者などの所有品も含まれ、箱入りと携帯用、1日・2日・8日巻きが混在した。出航前に歩度を確かめる時間を取ったのである。第二次航海より前の1826〜1830年の測量記録も同じ付録に収められているが、これは別の航海である。2
時計は船体の動きの中心に近い低い位置の二段の棚に収めた。箱の底と側面には約3インチのおがくずを敷き、箱の中の時計はジンバルで水平を保った。文字盤の12時の向きも船に対して一定にした。小部屋は時計の巻上げと比較以外には使わず、多くの時計は1836年に陸揚げするまで動かさなかった。フィッツロイはガラスに粉をまいて拡大鏡で見て、船への衝撃が時計に伝わるか試したと記している。2
時計の世話はジョージ・J・ステビングが担当した。1839年の詳しい記述では、8日巻きを日曜日の朝に、その他を毎朝9時に巻き、正午に比較した。複数の表示を日々突き合わせることで、急な異常を発見する手がかりが得られる。ただし、多数の時計が同じ環境に置かれる以上、平均を取れば共通の誤差まで消えるとは限らない。1 2
陸の観測を船の時計へ移す#
時刻は太陽の等高度観測で決めた。午前と午後に太陽が同じ高さを通る時刻を観測し、その対応関係から地方時を求める方法である。観測者は同じ六分儀と人工水平儀を使い、原則として太陽の縁について複数組の観測を行った。雲で系列が乱れることもあり、著しく食い違う結果は個別に計算して検討した。1 2
陸上へ船内の標準時計を持ち出す代わりに、箱に入れた携帯クロノメーターを使った。これを観測の前後に船内の標準時計と比較し、正午にも比べることで、陸の観測時刻を船内の時計群へ移した。1836年の論文はこの携帯時計を Parkinson & Frodsham No.1041 と記す。1839年付録の一覧と観測用時計の脚注の転写には異なる番号表記があるため、転写だけから両記述の番号を断定的に統一することはできない。1 2
結果と限界#
デヴォンポートからポルト・プライアへの23日間の区間では、付録に20個の結果が並ぶ。全時計の平均は1時間17分20.87秒、選ばれた時計の平均は1時間17分20.74秒で、採用値は1時間17分20.7秒だった。数値のばらつきを示したうえで結果を選ぶ手順であり、単純に最良の時計一つだけを使ったわけではない。2
航海全体でつないだ経度差は、地球一周に相当する24時間より33秒長かった。これは連結結果の閉合差であり、一つの時計の日差や確定した航海位置の誤差ではない。フィッツロイは計算や比較を再確認し、磁気などの可能性を考えたが、その原因を確定したわけではない。1 2
彼は温度変化が歩度の大きな変化の主要因だと考えた。港の温度と航海中の温度が異なれば、両港で似た歩度が得られても途中で変化していた可能性がある。これは当事者の経験に基づく判断であり、すべての時計の誤差原因を一つに確定する実験結果ではない。複数時計の比較、寄港ごとの観測、衝撃の低減は、それぞれ異なる不確かさに対処する組み合わせだった。1 2
その後#
航海の結果は1836年の論文と1839年の航海記・付録で公表された。2026年には、陸上観測と船内時計の照合に用いられた携帯クロノメーターについて、英国のNational Heritage Memorial Fundがグリニッジの国立海事博物館による取得・保存を支援したと公表している。時計そのものに加え、比較と観測を記録した実務が、この航海の測量を理解する鍵となる。1 2 3
参考文献#
1. Robert FitzRoy, “Sketch of the Surveying Voyages of His Majesty’s Ships Adventure and Beagle”, Journal of the Royal Geographical Society, vol. 6, 1836, pp. 340–343. Darwin Online(2026年10月28日閲覧)。
2. Robert FitzRoy, Narrative of the Surveying Voyages, Appendix to Volume II, 1839, pp. 325–346. Darwin Online(2026年10月28日閲覧)。
3. National Heritage Memorial Fund, “Timepiece that helped produce safe, reliable maritime charts saved for the UK”, 2026. 所蔵取得の紹介(2026年10月28日閲覧)。