ブレゲの三金属温度計

ブレゲの三金属温度計

金属の伸びの差を温度の指針に変える#

ブレゲの三金属温度計は、白金・金・銀を重ねた薄い帯を螺旋状に巻き、温度によって金属が伸びる割合の違いを指針の回転として読み取る測定器である。フランス語では thermomètre métallique de Breguet、英語では Breguet’s thermometer と呼ばれる。アブラアム=ルイ・ブレゲの名に結び付く19世紀の科学機器で、時計の製作で培われた薄い金属帯の加工と、微小な変形を読める運動に変える工夫を温度測定に用いた。1 2

時計の温度補償と、温度計の目的は異なる。補償装置では、温度が変わっても時計の歩度が変わらないよう、異種金属の伸びを利用する。温度計では、反対にその変化を見やすく取り出す。ブレゲの三金属温度計は、温度差を利用する感知部を備えた器具であり、それ自体が時を刻む調速器や脱進機というわけではない。後にはこの感知部に時計機構を組み合わせ、測定時刻と温度を自動で記録する装置が作られた。2 3

ガラスの覆いの中で支柱から細い螺旋を吊り、下部の水平な目盛盤に指針を備えたブレゲの金属温度計

図1:工芸博物館・CNAM所蔵のブレゲ金属温度計(04182-0000-、製作年代1817~1849年)。螺旋の上端の支持と下部の目盛盤が分かる。写真:Rama、原題「Breguet thermometer-CnAM 4182 6620.jpg」、2016年。出典:Wikimedia Commons個別ファイル、原所蔵記録。ライセンス:CC BY-SA 3.0 France。変更:なし。

帯・螺旋・指針の構造#

三種類の金属を一枚の帯として働かせる#

基本構造は、三枚の金属薄板を長さ全体にわたって接合し、圧延して細く薄い帯にするものである。Météo-Franceが所蔵する1887年の復製では、螺旋の内側が銀、外側が白金、その間が金となる。銀は白金より温度上昇による伸びが大きく、金の熱膨張は両者の中間に位置する。金の層は単なる装飾ではなく、接合した材料の間の応力を和らげる役割を持つと同機関は説明している。1

接合されていない金属片なら、それぞれが自由に伸びるだけである。全面で接合すると互いの伸びを拘束するため、帯全体の曲がり方が変わる。この曲がりの変化を螺旋の複数の巻きにわたって取り出すことで、目では捉えにくい長さの変化が、指針の角度変化になる。1824年に掲載されたプロニーの報告も、この工夫を「長さの代わりに角度を測る」こととして説明している。2

固定するのは上端、読むのは下端#

螺旋の中心軸は鉛直で、上端を支柱に固定する。下端には軽い指針を取り付け、その下の水平な目盛盤上で位置を読む。ここでいう螺旋は、時計の平面状のひげぜんまいと同一形状ではなく、高さ方向に巻きが重なる円筒状のものである。ルイ=クレマン・ブレゲの『電信術手引』にも、支柱から吊るした三金属螺旋と、下端の指針・目盛盤の構造が描かれている。2 4

温度が変わると帯の曲率が変わり、自由端の向きも変わる。指針を重い輪列で駆動する仕組みではなく、感知部の変形がそのまま表示運動を生む。Météo-Franceの個体にあるもう一本の太い指針は手で動かす目印であり、比較する温度位置を残すためのものだ。二本の針が見えても、それだけで最高・最低温度を自動記憶する機構とは判断できない。1 4

薄くする理由と、その代償#

応答の速さと校正#

この温度計の強みは、非常に薄い金属が測定する空気などに直接さらされることで、短時間の変化に反応しやすい点にある。プロニーの1824年報告は、三層を合わせた厚さを最大でも1/25ミリメートル、すなわち約40マイクロメートルと記し、水銀温度計より速い応答を評価した。これは報告された構造の値であり、現存する全個体の実測厚さや共通の製造公差を示す数値ではない。2

指針が大きく動くことと、温度が正しく分かることは別の問題である。目盛を温度と対応させるには、基準となる温度計との比較が要る。プロニーは、1819~1820年の冬を含む約2年間にわたり、フォルタン製の水銀温度計と比較したと報告した。同じ温度で指針が同じ位置へ戻ること、角度変化と温度変化の対応を確認している。ただし、この記述から現代の校正証明書に相当する測定不確かさや、全測定範囲での誤差限界を算出することはできない。2

速い感知部は風や衝撃にも動かされる#

薄さと軽さには代償がある。わずかな圧力や衝撃でも螺旋が変形すれば、指示位置と温度の関係が変わる。プロニーは取り扱いを慎重にし、微風でも振動するため静かな空気中に保つよう注意している。ガラスの覆いはこの繊細な機構を保護するが、単に覆いがあるだけで、あらゆる気象観測の条件に適するわけではない。2

1832年の英国科学振興協会の報告で、ジェームズ・D・フォーブズは、ブレゲの金属温度計は予想されたほど広く使われておらず、一般的な気象観測よりも繊細な熱の実験に向くと評価した。現在のケンブリッジ大学ウィップル科学史博物館も、わずかな風に影響される繊細さを指摘する。Météo-Franceの復製に対する「概略的な指示」「脆弱」との評価も、応答が速いという評価と両立する。速さだけを、耐久性や総合的な測定精度に読み替えることはできない。5 6 1

成立と、実験室での役割#

異種金属の膨張差を温度計に利用する発想そのものが、ブレゲから始まるわけではない。ウィップル博物館は、デイヴィッド・リッテンハウスが1767年に記述した携帯用の二金属温度計や、1779年のランベルトの書にある銅・鉄の複合帯を先行例として挙げる。そのうえで、白金・金・銀の螺旋を使う三金属温度計の発明は一般にアブラアム=ルイ・ブレゲに帰されるとしている。6

Météo-Franceはこの方式を1817年の発明として紹介する。一方、ブレゲ家の名を持つ金属温度計には、携帯型、実験用、記録式など異なる構造があるため、「ブレゲの温度計」という呼称だけで、すべてを同じ三金属螺旋式と同定することはできない。現存品でも作者・年代・構造の記録を個別に確認する必要がある。この三金属方式を対象とする当時の特許公報は確認できておらず、1817年を特許の出願年・登録年として扱う根拠も得られていない。1 6 7

用途を示す同時代の例が、サディ・カルノーの1824年の『火の動力についての省察』である。気体を急に膨張させると温度が下がる現象の説明で、真空ポンプの容器内に置いたブレゲ温度計の大きな降下に言及している。そこで記される40~50度を超える変化は、実験中の温度変化の記述であり、温度計の保証精度や定格測定範囲ではない。瞬間的な現象を捉える用途が、当時の熱研究にとって有用だったことが分かる。8

時計機構と結び付いた記録装置#

温度を一定時刻に紙へ残す#

ルイ=クレマン・ブレゲは、金属温度計を時計機構と組み合わせた thermométrographe horaire、すなわち時刻ごとの温度記録装置を開発した。現在のブレゲ社史はこれを1840年としている。3

1844年のフランス産業博覧会についてのボキヨンの報告は、その動作を具体的に説明する。温度計の指針の下に、24本の目盛付き円弧を持つ可動板を置き、時計機構により一定時刻ごとに黒い点を紙へ残す。板が移動するので、次の時刻は別の円弧に記録される。一日ごとに紙を交換すれば、観測者が毎時その場にいなくても温度の記録を得られる。9

同報告は、カザンの気象観測室で二年以上作動し、零下42度を記録したという事例を伝える。これは特定の装置の運用についての同時代報告であって、単体の繊細な温度計があらゆる屋外観測に適したことを意味しない。また、一か月以上手を掛けずに動く別形式として、時計機構で紙帯を繰り出す装置も記載される。毎時の点記録と、紙帯への長期記録は、区別して理解する必要がある。9

電流による発熱を指示する#

別の展開が、金属帯に電流を流したときの発熱を利用する装置である。1862年の『電信術手引』でルイ=クレマン・ブレゲは、ド・ラ・リーヴが螺旋の下端に水銀へ浸る接点を加え、支柱から螺旋・接点を通る電流によって指針を動かした構造を説明する。著者はこれを厳密な電流計というより、電流の存在や強さの違いを示す「ガルヴァノスコープ」と位置付けている。温度変化を指示する原理が、その原因となる電気の作用を比較するためにも用いられたのである。4

現存品が示すもの#

パリの工芸博物館・国立工芸院(CNAM)の所蔵番号04182-0000-は、ブレゲの金属温度計の具体例である。公式所蔵記録は製作年代を1817~1849年とし、1849年にシャルルのコレクションから取得したと記録する。器具には「シャルル氏のために/ブレゲの第11温度計」に当たる刻印があり、目盛にはレオミュールの名と、寒冷・温和・温暖を表す語がある。この番号だけから、三金属温度計全体の総生産数や製造順を確定することはできない。7

Météo-Franceの1887年の復製は、三金属帯と手動の比較用指針を説明する資料となる。ウィップル博物館は1845年頃のブレゲ社製温度計(Wh.5184)を紹介しているが、同館自身がこれを二金属式と呼ぶ箇所もある。ブレゲ製であることと、三金属であることを混同せず、実物と資料の記述に即して扱うべき例である。1 6

ブレゲの三金属温度計の意義は、異なる金属の膨張を薄い螺旋の運動へ変え、速い温度変化を見えるようにした点にある。さらに時計機構が加わると、温度を人が読む器具から、時刻と対応した記録を残す器具へ進んだ。繊細な感知部、校正、外乱からの保護、記録機構という別々の課題が、科学機器の中で結び付いたのである。2 4 9

年表#

年代出来事と位置付け
1767年リッテンハウスによる二金属式の携帯温度計の記述。三金属螺旋式の先行技術。6
1779年ランベルトの『Pyrometrie』に銅・鉄の複合帯の記述。6
1817年Météo-Franceがブレゲの三金属温度計の成立年として示す年。1
1819~1820年頃プロニーの比較観測期間に、1819~1820年の冬が含まれる。2
1824年プロニーの報告がドイツ語で刊行。カルノーが真空ポンプ実験におけるブレゲ温度計の指示へ言及。2 8
1832年フォーブズが一般気象観測より繊細な熱実験への適性を評価。5
1840年ブレゲ社史がルイ=クレマンの時刻別温度記録装置の開発年とする。3
1844年の博覧会(報告は1845年刊)産業博覧会の報告が、毎時の点記録・長期の紙帯記録・カザンでの使用を記述。9
1849年CNAMがシャルルのコレクションから現所蔵品04182-0000-を取得。7
1862年ルイ=クレマンの『電信術手引』第4版が、三金属螺旋を用いる電流指示器を解説。4
1887年Météo-France所蔵の復製の年代。1
1905年CNAMの物理部門公式目録が、通常のブレゲ温度計と電流発熱測定用の別個体を記載。10
現在CNAM、Météo-France、ウィップル博物館などの所蔵・解説を通じ、構造と用途を確認できる。1 6 7

参考文献#

  1. Météo-France、Perin「Thermomètre métallique Breguet」、所蔵品解説、INV00000434。三金属の配置・圧延・指針・1887年の復製・用途の評価。閲覧日2026年10月19日。

2. Gaspard de Prony「Ueber das Metall-Thermometer des Hrn. Bréguet, und über Herstellung einer Correspondenz mit anderen thermometrischen Instrumenten」『Polytechnisches Journal』第13巻、1824年、記事LI、251頁以下。『Repertory of Arts, Manufactures and Agriculture』1824年2月号184頁を介するドイツ語掲載文。構造・厚さ・比較観測・取り扱い上の注意。閲覧日2026年10月19日。

3. Montres Breguet「Invention du «thermométrographe horaire»」、社史の1840年項目。メーカーによる歴史解説。閲覧日2026年10月19日。

4. Louis-François-Clément Bréguet『Manuel de télégraphie électrique』第4版、1862年、16~18頁、図7。三金属温度計とド・ラ・リーヴの電流指示器。CNAMデジタル図書館。閲覧日2026年10月19日。

5. James D. Forbes「Report upon the Recent Progress and Present State of Meteorology」『Report of the British Association for the Advancement of Science』1831・1832年会合報告、1833年刊、210頁。Darwin Onlineデジタル本文。閲覧日2026年10月19日。

6. Allison Ksiazkiewicz/Whipple Museum of the History of Science, University of Cambridge「Thermometer Designs」、特に「Deformation thermometers」と所蔵品Wh.5184の説明。先行する二金属温度計・三金属式への帰属・風の影響。閲覧日2026年10月19日。

7. Musée des Arts et Métiers「Thermomètre métallique de Breguet」、所蔵番号04182-0000-、記録更新2012年7月4日。製作年代1817~1849年、シャルルのコレクションからの1849年取得、刻印・目盛。閲覧日2026年10月19日。

8. Sadi Carnot『Réflexions sur la puissance motrice du feu et sur les machines propres à développer cette puissance』1824年、注13。気体の急膨張とブレゲ温度計への言及。Wikisource公開本文。閲覧日2026年10月19日。

9. Nicolas Boquillon『Études techniques sur l’exposition des produits de l’industrie française en 1844』1845年、第一部260~262頁。ルイ・ブレゲの温度記録装置、カザンの使用例、紙帯形式。CNAMデジタル図書館。閲覧日2026年10月19日。

10. Conservatoire national des arts et métiers『Catalogue officiel des collections. 2 : Physique』1905年、51~52頁、項目4182・7518ほか。温度計と電流発熱用器具を区別した所蔵目録。閲覧日2026年10月19日。