カルーセル

カルーセル

脱進機を載せた台が回る#

カルーセル(carrousel、karrusel)は、テンプとひげぜんまい、脱進機を回転台に載せ、時計の中でその向きを変える機構である。時計を縦にしたときの姿勢による歩度差を、回転によって平均化することを狙う。トゥールビヨンと目的は近いが、脱進機と回転台を動かす歯車の構成が異なる。1 2

典型的なトゥールビヨンでは、地板に固定された歯車と、回転するキャリッジに載るガンギ車のカナとがかみ合う。Bonniksen型カルーセルでは、その相手も動く歯車であり、輪列から脱進機へ向かう経路と回転台へ向かう経路を設ける。二つの経路は共通のぜんまい・輪列につながっているので、「独立」といっても二台の時計が別々に走る意味ではない。1 2

外見だけでの区別は難しい。テンプが台の中央にあるか、偏心しているか、あるいは一周が1分か数十分かは決定的な条件にならない。カルーセルという名称を理解するには、回転する部品と止まっている部品、そして力の通り道を見る必要がある。

Bonniksenが解こうとした問題#

1892年の英国特許と1895年の米国公報#

英国コヴェントリーで活動したBahne Bonniksenは、英国特許第21,421号、1892年11月24日付として知られる機構を考案した。本人の米国特許US549287はこの英国特許を明記し、1894年1月18日の米国出願、1895年11月5日の特許発行を記録する。この三つの日付は、異なる発明が三度成立したことを表さない。1 3

公報が対象とするのは、懐中時計を吊った姿勢、そこから3時・6時・9時を上にした姿勢での進み遅れだった。テンプの重さが軸の周りに完全に均等でなければ、重力の向きによって運動が変わる。Bonniksenは、脱進機とテンプの関係を保ったまま、それらを載せた台を回して、同じ時計に複数の姿勢を順番に経験させようとした。1

先行する重要な方式は、Abraham-Louis Breguetが1801年6月26日に特許を得たトゥールビヨンである。ただし、Bonniksen自身も、脱進機を回す考えそのものを新規とは主張せず、実現する手段を発明の対象としている。したがって、カルーセルを「回転する調速機構すべての最初の発明」とすることはできない。1 4

英国の分業に組み込まれた機構#

カルーセルは一人の工房だけで完結した製品ではなかった。Alan A. Myersの現物・製造帳簿研究は、Bonniksenから素材状態や半完成のムーブメントを受け取り、複数の英国業者が仕上げた実態を示す。刻印名だけでは、発明者・仕上げ業者・小売業者・試験への提出者を区別できない。3

Science Museum Groupが所蔵するR. Thorneloeのデッキウォッチ、資料番号1952-255は、ケースにChesterの1897年の検定印を持つ。木箱に収めた実用品としてカルーセルが存在した例である。一方、ケースの検定年だけから、内部機構の製作日を日単位で決めることはできない。5

グリニッジの所蔵品ZAA0153、番号57006は、銀のオープンフェイス・ケース、中央秒針、レバー脱進機、補償テンプを備える。台帳のケース年代は1902–1903年で、単なる展示用の回転模型ではなく、木箱に収めるデッキウォッチである。歴史的なカルーセルを、現代の文字盤上に見える回転窓だけから想像すると、この用途を見落とす。6

特許図面から動力をたどる#

同じ輪列から二方向へ#

米国公報の図1・図2では、三番車AとそのカナHが同じ軸で回る。Aの歯は四番車のカナBを動かし、同軸の四番車Cからガンギ車のカナJ、ガンギ車Lへ力が伝わる。一方、Hは回転台の歯車Gを動かし、Gと一体の台Dを回す。台の中央を四番車の軸が独立して通り、台に載る脱進機が、回っているCから駆動を受ける。1

Bonniksenの特許において三番車の歯車側から脱進機へ、同軸のカナ側から回転台へ動力が分かれる説明図

図1:US549287の部品記号を用いた動力経路の模式図。歯形・軸位置・寸法を再現した組立図ではない。原理出典:1。図:本サイト作成。第三者図版の転載・トレースなし。

ここで回転台は、テンプの毎秒数回の往復振動とは別の、ゆっくりした回転を行う。公報の例では三番車が7分30秒に一回転し、回転台側の減速比が7対1なので、台の一周は52分30秒になる。さらに公報は、別の歯車から台を動かし、歯数比に応じた別の速度を選べると述べている。52分30秒は定義ではなく、一つの設計値である。1

回転台から見た速度を計算する#

ガンギ車は自分の軸で回ると同時に、台とともに中央の歯車の周囲を移動する。そのため、地板から見た歯車の速度だけでは、脱進機が台の上で何回作動するかを決められない。台と相手歯車との相対回転を含めた計算が必要である。2

Joseph Floresは現物を分解して、52分30秒の小秒針型と34分の中央秒針型を比較した。後者では回転台の周囲に歯を設け、秒表示と脱進機への伝達も変えている。同じ特許番号の刻印を持つ機構にも構造差があり、単に回転を速くしただけの関係ではない。彼の解析で重要なのは、回転台の速度と脱進機の作動周期を、一つの歯車系として検討する点である。2

「カルーセルなら台を止めても必ず時計は動く」という試験も、すべての歴史的構造には当てはまらない。Floresは52分30秒型では台を拘束すると時計も止まると指摘する。ブランパンが説明する回転経路の切離しと、共通の輪列にかみ合った部品を固定することは、同じ操作ではない。構造を確認せず、現物の台を無理に止める方法で分類するべきではない。2 7

トゥールビヨンとの共通点と相違点#

観点典型的なトゥールビヨンBonniksen型カルーセル
共通する目的調速系を回して姿勢差を平均化同左
脱進機の駆動回転台上のガンギ車のカナが固定歯車とかみ合う回転台上のガンギ車のカナが動く歯車とかみ合う
動力経路キャリッジの回転を輪列の伝達に組み込む脱進機への経路と台の回転への経路を設ける
一周の時間1分に限定されない歴史的な52分30秒・34分、現代の1分など
外観上の判定テンプの中央・偏心、上部ブリッジの有無だけでは決まらない同左

この比較は、Breguet型とBonniksen型を理解するためのものだ。回転する時計機構のあらゆる変種を二種類だけで分類する規格ではない。ブランパンの2008年の設計解説も、固定歯車の有無と経路の違いを重視する一方、同社のカルーセルではテンプを台の中央に置いている。2 7

「フライング」は別の分類軸である。回転台を上側のブリッジで支えず、下側から支持する構成を指す。したがって、フライング・トゥールビヨンもフライング・カルーセルも成立する。8

重力誤差の平均化は何を意味するか#

懐中時計を縦に保持すると、回転台に載るテンプ・ひげぜんまい・脱進機の向きが、重力に対して順番に変わる。ある向きで進み、別の向きで遅れる成分があれば、一周の間にそれらを平均する。この目的は重力を消すことではなく、一姿勢だけの偏りが長時間積み重なるのを減らすことにある。1 4

平均化の条件は機構から考える必要がある。姿勢ごとの誤差が安定し、台が各方向をほぼ均等な時間で通り、一周以上を観察するなら、方向に依存する成分は平均へ近づく。しかし、その平均値自体がゼロになるとは限らない。たとえばすべての姿勢で進む時計は、回しても自動的に正しい歩度にはならず、調整を要する。

単軸の台を文字盤に平行に回す場合、文字盤を水平に置いても、テンプ軸と重力の角度を縦姿勢へ切り替えることはできない。腕時計ではケース自体も複雑に動くため、静止した縦姿勢での一周平均を、そのまま装着中の改善量へ換算できない。これらは回転の幾何学から導く制約であり、特定製品の実測成績ではない。

同様に、磁気、温度、潤滑状態、摩耗、衝撃、ぜんまいのトルク低下による変化まで、回転だけで解決するとはいえない。比較には同じ条件での姿勢別歩度と平均歩度、振り角、持続時間の測定が必要である。歴史的な試験やメーカーの成功例は、その個体・条件における成果として読むべきで、方式全体の無条件な優位を証明しない。3 9

小さく作り、安定して回す#

カルーセルに必須の特定合金はない。設計上の要点は、回転台の支持、歯車のかみ合い、テンプと脱進機の調整を同時に成立させることだ。Bonniksenの公報では、回転台に専用の支持軸を与え、四番車の軸に台の重量を直接負担させない意図が示される。これは当人が主張した構造上の利点であり、あらゆるカルーセルの摩擦損失が小さいという測定結果ではない。1

歴史的な補償テンプを備えるデッキウォッチと、現代のシリコンひげぜんまいを用いる腕時計では、姿勢誤差を生む条件も製造方法も異なる。ブランパンの現行掲載品Villeret Carrousel Volant Une Minute、Ref.66228 3642 MMBでは、自動巻Cal.228、3Hz、35石、209部品、120時間の持続時間、シリコンひげぜんまいを公表している。これは2026年11月4日に確認した掲載仕様であり、2008年の初代モデルの仕様とは分ける必要がある。6 8

製造では、回転台の重量配分、支持部の摩擦、歯車の高さと遊び、ガンギ車・アンクル・テンプの位置関係が相互に影響する。ブランパンの工房取材は、仮組み、調整、分解洗浄、再組立てを行い、カルーセルでは作動音が音響測定を妨げるため、基準時計と比較して歩度を確認する工程を伝える。回転する見栄えの裏には、通常の時計と同じく、清浄度と潤滑、検査の手間がある。9

腕時計での再設計と現在#

ブランパンは2008年、Vincent Calabreseらとの開発によるCarrousel Volant Une Minuteを発表した。発表時の解説では、一周1分とテンプ3Hzの両立、下側からの支持、自動巻、100時間の持続時間を挙げる。同社が用いる「世界初」は、この腕時計化と1分フライング構成などの成果についてのメーカーの位置付けであり、カルーセルそのものの1892年の成立とは別である。7

2013年のTourbillon Carrouselは、さらに二つの調速機構を一つの時計に搭載した。トゥールビヨンとカルーセルにはそれぞれ香箱を与え、表示へ伝わる二系統の歩みを差動機構で平均する。これは、一つのカルーセルの中で歯車と台の相対回転を扱う「差動効果」とは別の、二つの時計系を結ぶ差動装置である。10

2026年には、Time Æon FoundationのNaissance d’une Montre 4に関連して、新たな時計メーカーBonniksenが発足した。スイス時計協会FHの同年5月13日の紹介は、30秒で回るカルーセルを備える将来の腕時計計画を伝える。同年11月に確認したメーカー自身の説明も将来形で記している。これは歴史的な同名工房の連続操業を意味せず、完成品の納品や歩度性能まで確認できる資料ではない。11 12

現在の意義は、重力補正という発想を受け継ぎながら、動く座標系を含む輪列計算、軽量な回転体の支持、微細な組立てを作品として示せる点にもある。回転周期の数字や複雑さだけで精度を判断せず、構造と実際の調整・試験結果を併せて見ることが、カルーセルを理解する入口になる。

成立と発展の年表#

年代出来事と意味
1801年6月26日Breguetがトゥールビヨンの特許を取得。回転による姿勢差の平均化の重要な先行例。4
1892年11月24日Bonniksenの英国特許第21,421号の日付。米国明細書もこの英国特許を記載。1
1894年1月18日/1895年11月5日米国出願/US549287の発行。52分30秒の回転例と動力経路を記述。1
1897年Thorneloeの現存デッキウォッチのケース検定年。機構の発明年とは異なる。5
1902–1903年グリニッジ所蔵番号57006のケース年代。中央秒針を備える実用品の例。6
2008年ブランパンが1分フライング・カルーセルを腕時計として発表。7
2013年Tourbillon Carrouselで、二種の調速機構を差動表示へ結合。10
2026年5月FHが新メーカーBonniksenと30秒カルーセルの計画を紹介。11
2026年11月確認ブランパンはCal.228搭載のVilleret一分カルーセルを公式サイトに掲載。8

参考文献#

ウェブ資料の確認日:2026年11月4日。特許の構成例、現物を調べた研究、メーカーの自社製品説明は、それぞれの適用範囲で参照した。

  1. Bahne Bonniksen, Watch, US549287A, 1895年11月5日。米国出願1894年1月18日。原公報全4頁、特に図1・2と明細書のA–P、52½ minutes、claims。英国特許第21,421号・1892年11月24日を明記。取得した原公報で本文・図面を確認。
  2. Joseph Flores, « Le carrousel : dispositif tournant méconnu », Bulletin SSC, no.89, juin 2020, pp.43–50。52分30秒型・34分型の現物分解、固定歯車と差動効果。著者による機構解析として参照。
  3. Alan A. Myers, “Bonniksen and his Karrusel Watches: Inventor and Innovator”, Horological Journal, January 2025, pp.24–35、特にpp.24–25・28–29。現物・製造帳簿による供給と仕上げ業者の研究。
  4. Breguet, “Patent granted for a completely new type of regulator called the ‘Tourbillon’”。1801年6月26日の特許、縦姿勢と回転の目的。メーカーの自社史解説。
  5. Science Museum Group, “‘Karrusel’ deck watch”, object 1952-255。R. Thorneloe、Chester 1897年ケース検定印、木箱入り。
  6. Royal Museums Greenwich, “57006”, ZAA0153。機構・材質・ケース年代の所蔵品台帳。検索表示だけでなく取得した台帳本文を確認。
  7. Jeffrey S. Kingston, “No Holds Barred II”, Lettres du Brassus, no.4, 2008, pp.4–15、特にpp.10–15。発表時の開発者・動力経路・一分回転と3Hz・100時間。メーカー刊行物。
  8. Blancpain, “Villeret Carrousel Volant Une Minute — 66228 3642 MMB”。Cal.228の現行掲載仕様、フライング構造。
  9. Michel Jeannot, “Where Blancpain’s Tourbillons and Carrousels Come to Life”, Lettres du Brassus, no.13, 2013。工房担当者への取材、組立て・洗浄・潤滑・カルーセルの歩度測定。
  10. Jeffrey S. Kingston, « Le Brassus Tourbillon Carrousel », Lettres du Brassus, no.14, 2013。二香箱と表示用差動機構、2013年発表。フランス語版。
  11. Federation of the Swiss Watch Industry FH, “Naissance d’une Montre 4”, 2026年5月13日。新メーカーの設立と将来の30秒カルーセル計画。
  12. Bonniksen, « Naissance d’une Montre 4 »、公式サイト内の同名節。2026年設立の説明と、30秒回転を目指す計画のフランス語記述。