機械式クロノメーターの観測用秒信号#
天体が望遠鏡の基準線を通過する瞬間を測るとき、観測者はその瞬間と時計の秒を対応させなければならない。機械式クロノメーターに接点を設けて秒ごとの電気信号を取り出すと、離れた記録器に時刻の目盛りを作れる。観測者が別のキーを押して同じ紙に印を付ければ、後から二つの秒印の間で観測時刻を読み取れる。時計が時間の基準を運び、クロノグラフが観測を記録する、という役割分担である。12
この用途のクロノメーターは、必ずしも信号自体で時刻を決定するわけではない。あらかじめ基準と比較して時計の誤差と進み遅れを求め、観測時刻に適用する必要がある。また秒信号は、腕時計のストップウォッチ機能や、船上に基準時を知らせる時球とは別の仕組みである。34
観測の課題と電気記録#
星の通過を見ながら、時計の音を聞いて秒を数え、両者の間隔を見積もる方法は「目と耳」の方法と呼ばれる。電気記録では、秒信号と観測者の操作を紙の上の位置に置き換える。観測者は望遠鏡から目を離さずにキーを押せ、紙は後から読み返せる。ただし人間の反応時間や記録器の遅れまで自動的に消えるわけではない。25
固定天文台の振り子時計による秒接点は、携帯できるクロノメーターにも応用された。ビクトリア博物館所蔵のMolyneux & Sons第1438号は1830年代製の航海用クロノメーターで、同館によれば約1860年にRobert Elleryが時計師に依頼し、秒軸に電気回路を取り付けた。毎秒の信号を記録器へ送り、1860年代の測地観測に使用した例である。これは装置一般の発明年を示すものではなく、現存する一個体の改造と利用の記録である。1
接点から紙上の時刻へ#
時計の輪列が回ると、秒軸やそれに連なる歯車が接点を一定間隔で開閉する。電池を含む回路の変化が電磁石を動かし、ペンや針が移動する紙に印を付ける。観測者用のキーも別の印を作る。接点を閉じる方式と、普段つながった回路を瞬間的に切る方式があり、記録器の設計に応じて区別する。25
たとえば英国国立海事博物館所蔵のThomas Mercer製測量用クロノメーターでは、紙テープ上の一列に時計の秒、別の列に観測者の印を穿つ。秒車の歯を一つ省いて分の境界に空白を作り、この個体には別の一分接点もある。観測開始時の分を記録しておけば、その後の秒印を数えられる。同館はこの装置で印の位置を測り、20分の1秒まで読み取る方法を説明する。これは紙上の読み取りについての説明であり、観測全体の誤差が必ずその値以下になる保証ではない。2
仮に隣り合う秒印の間隔を10 mm、前の秒印から観測印までを6 mmとし、紙の速度がその間一定なら、観測は前の秒印から約0.6秒後である。紙送りが不均一なら距離の比例は崩れる。分を示す欠落の位置や信号の形式は機種によって異なるため、異なる時計の記録を同じ規則で解釈してはならない。25
スイス連邦工科大学ローザンヌ校所蔵のUlysse Nardin恒星時クロノメーターは、恒星を基準にする時刻に合わせた時計で、太陽を基準とする通常の時刻とは一日の長さが異なる。この個体は毎秒0.5秒間の閉路と、分の境界に無音となる方式を説明している。同じ「秒信号」でも、閉路の長さと分の識別方法は個々の装置で確認する必要がある。6
音として聞く秒#
ポール・ディティスハイムは1922年、アンクル脱進機を用いる携帯クロノメーターに秒のリズムを示す装置を組み合わせたと報告した。本人の説明では、毎時18,000振動、すなわち毎秒5回の速い刻みから、接点を介して毎秒一回の明瞭な音を得る。電磁石の可動部を共鳴箱上で動かすか、電話受話器を使って離れた場所で聞く構想で、分の始まりは音の欠落で識別した。7
ディティスハイムは、携帯時の衝撃に対するデテント脱進機の弱点と、目と耳の方法で半秒刻みを数えやすい利点の両立を狙ったと説明している。これは本人による設計意図と性能評価であり、独立した比較試験の数値ではない。接点の詳しい形状や実際の生産数は、この報告からは確定できない。7
設計上の制約と別方式#
接点を動かす負荷は時計の輪列に加わる。したがって、接点の力や動作の時期、汚れ、摩耗、電池と配線の状態は実用上の課題となる。記録側でも電磁石が動き始めるまでの遅れがある。Chauvenetの天文学教科書は、電流の投入から紙への記録までの遅れが電池や配線によって変わりうると説明し、断路信号を使う方法を論じている。紙の細かな目盛りと、時計・観測者・回路を含む実際の精度は分けて考える必要がある。5
Joseph A. Kuhnの米国特許US 2,690,482は、1950年に出願され1954年に成立した。恒星時クロノメーターの軸に異なる歯列と接点ばねを組み合わせ、カムで使用する接点を選んで断路間隔を1秒、2秒、1分などに切り替える提案である。特許は構造と目的を示す一次資料だが、それだけでは製造数や普及を証明しない。3
年表#
- 1849年:William Cranch Bondが天文時計の秒を電気的に伝える断路装置の複数の形を製作したと、スミソニアン協会は説明する。8
- 約1860年:Elleryの第1438号クロノメーターに秒軸の電気接点が追加され、野外観測に用いられた。1
- 1897年製・1900年販売:EPFL所蔵のUlysse Nardin恒星時クロノメーターは、観測記録に用いる秒接点を備える。6
- 1922年:ディティスハイムが毎秒の音を出すアンクル式クロノメーターを報告した。7
- 約1950年:Mercerの測量用クロノメーターの所蔵例が作られた。2
- 1950年出願、1954年成立:Kuhnの複数周期断路装置の米国特許が成立した。3
参考文献#
1. Museums Victoria, “Marine Chronometer - No.1438, Molyneux & Sons”, 所蔵品解説, 閲覧2026-10-31。
2. Royal Museums Greenwich, “Survey chronometer”, ZBA0678, 所蔵品解説, 閲覧2026-10-31。
3. Joseph A. Kuhn, “Chronometer”, US 2,690,482, 1954, 特許明細書, 閲覧2026-10-31。
4. U.S. Naval Institute, “The Measurement of Lag in Time Service”, 1914, 論文, 閲覧2026-10-31。
5. William Chauvenet, A Manual of Spherical and Practical Astronomy, vol. 2, 1891, pp. 89–91, 本文, 閲覧2026-10-31。
6. EPFL, “Chronomètre sidéral Ulysse Nardin”, 所蔵品解説, 閲覧2026-10-31。
7. Paul Ditisheim, “Chronomètre à ancre battant la seconde”, Actes de la Société helvétique des sciences naturelles, 103, 1922, pp. 196–197, 電子版, 閲覧2026-10-31。
8. Smithsonian Institution, “Chronograph”, 所蔵品解説, 閲覧2026-10-31。