コーアクシャル脱進機

概要 #

コーアクシャル脱進機（Co-Axial escapement）は、20世紀後半に英国人時計師ジョージ・ダニエルズ（George Daniels）が発明した革新的な腕時計用脱進機構です ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia)。二枚のガンギ車（脱進輪）を同軸上に配置し、レバー（アンクル）のパレット系に三つの石を設けることで、従来のスイスレバー脱進機における滑り摩擦を大幅に低減した構造が特徴です ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。これによりパレットや歯先の注油（潤滑）がほとんど不要となり、機械式時計の精度安定性と耐久性を飛躍的に向上させました ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia) ( オメガ“コーアクシャル脱進機”について(・_・#)!? | 山城時計店スタッフブログ)。本レポートでは、コーアクシャル脱進機の発明経緯、技術的背景、もたらした効果、発展の過程、現代への影響について、学術的資料や専門文献に基づき詳述します。

発明者: ジョージ・ダニエルズ #

コーアクシャル脱進機の発明者は、英国の独立時計師ジョージ・ダニエルズ博士（1926–2011）です ( 1999: OMEGA introduces the Co-Axial watch escapement | OMEGA EN®)。ダニエルズは高度な複製時計や懐中時計を一人で製作する卓越した技術で知られ、1970年代に脱進機の改良に情熱を注ぎました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。彼は当時250年以上ほぼ不変だったレバー脱進機の問題点を徹底的に分析し、長所は維持しつつ欠点を克服する新機構の構想を練りました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。ダニエルズが着目した最大の課題は、レバー脱進機では歯車（ガンギ車）とアンクルのパレットが噛み合う際に滑り摩擦が生じ、潤滑油なしでは動作が安定しない点でした ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。潤滑油は時間経過や温度変化で粘度が変わり劣化するため、長期間の精度維持を妨げます ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。この問題を解決するため、ダニエルズは「潤滑なしでも動作する脱進機」の実現を目指しました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。彼は伝統的機械式時計技術への深い造詣と独創力を持ち、既存の概念にとらわれない発明に取り組んだのです。

発明の経緯 #

ダニエルズはまず既存の様々な脱進機構を研究しました。その中でヒントとなったのが18～19世紀に考案されていたクロノメーター脱進機（デテント脱進機）とナチュラル脱進機です ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。クロノメーター脱進機（船舶用の天文台クロノメーターに使われた機構）は、各振動ごとに直接テンプ（バランスホイール）へ力を伝達し、理論上は摩擦なしで動力を供給できる点に優れていました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。しかし片方向のみのインパルスで自動復帰しないため腕時計には不向きでした ( Coaxial watches)。一方、アブラアム＝ルイ・ブレゲが考案した自然脱進機（Echappement Naturel）は、二つのガンギ車を交互に作動させ両方向にインパルスを与える構想でした ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。ブレゲはクロノメーター脱進機の長所とレバー脱進機の信頼性を両立しようと試みましたが、当時の製造精度では歯車のあそび（バックラッシュ）や二つの歯車列間の同期が難しく、摩擦低減の理論的メリットを実用化できませんでした ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。事実ブレゲ自身も改良を重ねた末、この案を断念しレバー脱進機に回帰しています ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。

ブレゲらの試みに着想を得たダニエルズは、二つの独立したガンギ車を用いることで相互干渉を無くした「ダブルホイール脱進機（独立二輪脱進機）」をまず製作しました ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。これは二組の歯車列とゼンマイを持ち、交互にそれぞれのガンギ車からテンプに直接インパルスを与える機構で、ブレゲの自然脱進機の問題であった歯車の遊びやトルク不足を解決したものです ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。ダニエルズの懐中時計「スペーストラベラー」に搭載されたこの独立二輪脱進機は、1か月でたった1秒の誤差という卓越した精度を示し、その有効性を証明しました ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。しかし独立二輪式は部品点数が多く構造が複雑で、大量生産には不向きでした ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。ダニエルズ自身も「素晴らしいが量産は困難だ」と認識し、より簡素な解決策の模索を続けます ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。

そして1974年、ダニエルズはついにコーアクシャル脱進機の設計を完成させました ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound) ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia)。これは同一軸上に配置した二層のガンギ車と三本爪のアンクルによって、各振動（往復運動）ごとに二回のインパルスをテンプに与える仕組みです ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。一つのインパルスは下層のガンギ車歯が直接テンプのインパルスローラー（衝撃石）を押す形で与えられ（直接押圧インパルス）、もう一つは上層のガンギ車歯がレバー経由でテンプを駆動します（レバー経由インパルス） ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。レバー上の3つ目の爪石が「押す」役割を担い、滑ることなく歯を押し出すことでテンプに力を伝えます ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。これにより、ロッキング（制御）とインパルス（駆動）の機能が完全に分離され、滑り摩擦が理論上ほぼゼロとなりました ( Coaxial escapement - Wikipedia)。ダニエルズは自著『Watchmaking（邦題：時計製作）』の中で、この発明によって「油無しで駆動しオーバーホール間隔を延ばすことが可能になった」と述べています ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia)。1975年にはコーアクシャル脱進機付きのトゥールビヨン試作腕時計も製作し、ヘラストモンソー王立天文台やパテック・フィリップ社で解析が行われました ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia)。1980年、ダニエルズは「各パレットが完全に別個の機能（ロック用とインパルス用）を持つ」とする表現で特許を取得し ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around) ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)、自身の革新を正式に保護しました。

なお、ダニエルズの発明には盟友デレク・プラット（Derek Pratt）の支援も大きな役割を果たしました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。プラットは同時代の才能ある時計師で、ダニエルズのアイデア実現に協力し試作段階で極めて精密な部品製造を担ったほか、後年オメガ社との交渉を助け商業化にも寄与しました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。ダニエルズは公にはプラットの貢献を語りませんでしたが、オメガとの共同開発やその後の成功の陰にはプラットの技術支援があったことが知られています ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。

発明の背景: 従来技術と課題 #

コーアクシャル脱進機が発明された1970年代後半は、機械式時計が直面した技術的転換期でした。当時はクォーツ式時計が精度・実用性で優位に立ち、機械式時計産業はいわゆる「クォーツショック（危機）」に直面していました。一方で高級機械式時計の世界では、ジラール・ペルゴー社が高振動ムーブメント（ジャイロマチックHFなど）によって月差±1分以内を目指すなど、機械式でクォーツに迫る精度を追求する動きもありました ( To Be Precise: コーアクシャル脱進機の思いがけない台頭 - Hodinkee Japan （ホディンキー日本版）) ( To Be Precise: コーアクシャル脱進機の思いがけない台頭 - Hodinkee Japan （ホディンキー日本版）)。しかし高振動化や調整技能に頼る方法では、長期安定性や量産性に限界がありました。根本的には、機械式の精度と信頼性を向上させるには脱進機構そのものの効率改善が必要だったのです ( To Be Precise: コーアクシャル脱進機の思いがけない台頭 - Hodinkee Japan （ホディンキー日本版）) ( To Be Precise: コーアクシャル脱進機の思いがけない台頭 - Hodinkee Japan （ホディンキー日本版）)。

18世紀以来機械式時計の主流であったスイスレバー脱進機（Mudgeが1750年代に発明）は、構造が単純で耐久性に優れ、携帯時計から腕時計まで広く普及しました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。しかし前述のようにレバー脱進機には潤滑油が不可欠という致命的弱点があり、油切れや劣化が精度低下・部品摩耗を招きます ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。実際、長期間使用するとガンギ車の歯先やアンクルの爪石が摩耗し、また油の粘度変化で時計の歩度が狂うことが当時から問題視されていました ( To Be Precise: コーアクシャル脱進機の思いがけない台頭 - Hodinkee Japan （ホディンキー日本版）) ( To Be Precise: コーアクシャル脱進機の思いがけない台頭 - Hodinkee Japan （ホディンキー日本版）)。19世紀までにこの問題を解決すべく様々な脱進機が考案されましたが、ブレゲの自然脱進機やファソルド（Charles Fasoldt）の三条片脱進機など、理論上摩擦を減らせる設計も量産化には至りませんでした ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。理由は構造が複雑すぎること、微調整が難しいこと、衝撃や姿勢差に弱いことなどです ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。結局20世紀末まで、レバー脱進機に代わる有力な実用機構は現れず、「脱進機の革新」は長らく停滞していたのです ( 1999: OMEGA introduces the Co-Axial watch escapement | OMEGA EN®) ( The Great Escapement – Explaining the Rolex with an Omega heart)。

こうした中で登場したコーアクシャル脱進機は、約250年ぶりの実用的新型脱進機として時計界に驚きをもって迎えられました ( 1999: OMEGA introduces the Co-Axial watch escapement | OMEGA EN®)。ダニエルズの挑戦は、レバー脱進機の成功の歴史に風穴を開けるものでした。彼自身「他の全てより優れた発明だとすぐに確信した」と語るように ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound) ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)、この機構は従来技術では困難だった問題のいくつかを根本から解決したのです。すなわち潤滑なしでも作動する摩擦特性、テンプへの両方向インパルスによる等時性向上、そして複雑機構でありながら量産可能な堅牢性を併せ持っていました ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。クォーツ全盛期においても「機械式の心臓部」に革新を起こし得ることを示した点で、コーアクシャル脱進機の意義は時計技術史上極めて大きいと評価されています ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound) ( The Great Escapement – Explaining the Rolex with an Omega heart)。

技術的特徴と発明の効果 #

コーアクシャル脱進機の構造上の要点は、「三つのパレット石を備えたレバー」と「同軸二重構造のガンギ車」にあります ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。図に示すように（下図参照）、レバーの両端にある二つの爪石（緑と紫）は従来と同様ロッキング（ガンギ車の停止）を行い、レバーの第三の腕に付いた爪石（青）はインパルス専用に用いられます ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。ガンギ車は二層構造で、一方（下層）は直接テンプ側と作用し、もう一方（上層）はレバー側と作用します。動作サイクルでは、まず下層ガンギ車の歯がテンプのインパルスパレット（赤）を径方向に直接押してテンプに力を与えます。次の半振動では、上層ガンギ車の歯がレバー第三の爪石（青）を押し、レバー経由でテンプに力を伝えます。このように各振動方向ごとに直接インパルスとレバー経由インパルスを交互に与えるため、テンプは毎振動等しい力で駆動されます ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。しかも両インパルスとも歯が石を**押す（滑らない）**形で力を伝えるので、理論的にはパレット面での滑り摩耗が皆無になります ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。この滑り摩擦の排除により、潤滑油を塗布しなくても安定した動作が得られるのです ( Coaxial escapement - Wikipedia)。実際には衝撃時の焼け防止などのため僅かに潤滑剤を塗る場合もありますが ( The Great Escapement – Explaining the Rolex with an Omega heart)、従来のレバー脱進機に比べ油への依存度が格段に低いのは確かです。

( “It’s complicated”: the Co-Axial escapement - Watch Affinity)
図1: コーアクシャル脱進機の作動原理（Watch Affinityによる概念図 ( “It’s complicated”: the Co-Axial escapement - Watch Affinity) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)）。レバー上に通常のロッキング用パレット（緑・紫）に加えインパルス用パレット（青）を設け、ガンギ車の歯先が直接テンプのインパルス石（赤）を押す場面（Position 1）と、レバー経由で押す場面（Position 2）を交互に実現する。これにより滑り摩擦を大幅に削減しつつ、各振動方向でインパルスを与えるダブルインパルス脱進機となっている。

この技術的工夫により得られた具体的なメリットは多岐にわたります。第一に摩耗の低減です。滑り摩擦がほぼ無いため、ガンギ車歯先やパレット石の摩耗が抑えられ、結果としてムーブメントの寿命が延びます ( オメガ“コーアクシャル脱進機”について(・_・#)!? | 山城時計店スタッフブログ)。第二に精度の長期安定性向上です。従来は潤滑油の劣化で数年使用すると日差が悪化することがありましたが、コーアクシャルでは油劣化の影響が小さく、クロノメーター精度（日差-4～+6秒）を長期間維持しやすくなりました ( オメガ“コーアクシャル脱進機”について(・_・#)!? | 山城時計店スタッフブログ)。オメガ社は「従来比で精度安定性が飛躍的に向上した」と述べています ( オメガ“コーアクシャル脱進機”について(・_・#)!? | 山城時計店スタッフブログ)。第三にメンテナンス間隔の延長です。油切れしにくく効率が高いため、オーバーホールの推奨周期をレバー式の3～5年程度から6～7年程度に延ばすことが可能となりました ( オメガ“コーアクシャル脱進機”について(・_・#)!? | 山城時計店スタッフブログ)。実際オメガはコーアクシャル搭載機の保証期間延長や長めのOH間隔を打ち出しています。第四に高いエネルギー効率です。インパルスが押し作用で伝達されるためエネルギーロスが少なく、同じゼンマイ強度でより大きなテンプ振幅を得られる可能性があります ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。これにより姿勢差や外的擾乱にも強くなり、総合的な歩度精度が向上します ( “It’s complicated”: the Co-Axial escapement - Watch Affinity)。また効率が良いことでテンプ振幅の低下が抑えられ、結果的に姿勢差や温度変化に対する歩度の安定にも寄与しています ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound) ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)。

さらに、コーアクシャル脱進機はレバー脱進機の強みである「自動巻き開始（セルフスタート）性」や「衝撃下での信頼性」を損なわないよう配慮されています ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。デテント脱進機のように止まったら振らないと動かない、衝撃で二歯跳ぶ（トリッピング）といった問題はなく、従来と同様にテンプの受け石やアンクルが双方向に制御を行うため、耐衝撃性・実用性は高く保たれています ( Coaxial watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。この点も、腕時計への応用に不可欠な要件でした。

以上のように、コーアクシャル脱進機は摩擦・潤滑問題の解決によって機械式時計の信頼性と性能を一段高めることに成功しました。その革新性は「ムーブメント設計上、トーマス・マッジのレバー脱進機以来最大の進歩」とも称されます ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound) ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)。事実、ダニエルズは1970年代後半に開発した試作機で長期テストを行い、その結果に大きな手応えを得ています。「綿密なテストの結果は極めて良好で、25年に及ぶ普及活動の末にようやく保守的な時計業界から支持を得た」という彼の回想は、この発明の価値を物語っています ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound) ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)。

技術革新の過程と商業化への道 #

ダニエルズはコーアクシャル脱進機の完成後、自ら試作したムーブメントを携え各社に働きかけました。彼は1970年代後半から1980年代にかけて複数回スイスを訪れ、パテック・フィリップやロレックスなど有力メーカーに図面や試作品を提示しています ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。実際、パテック・フィリップ社は1981年前後に社内R&Dでコーアクシャル脱進機付きの極薄試作ムーブメントを3個製造し、その性能評価を行いました ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound) ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)。しかしダニエルズの自伝によれば、これら試作機は彼の推奨通りには作られず充分な成果を出せなかったといいます ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound) ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)。当時のスイスメーカー側は、レバー脱進機以外への置き換えに懐疑的であり、量産コストや未知の信頼性への不安から導入を見送りました ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around) ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)。また、1970年代当時はクォーツ技術への注力が優先され、機械式の新脱進機に投資する経営判断が難しかった背景もあります ( “It’s complicated”: the Co-Axial escapement - Watch Affinity) ( “It’s complicated”: the Co-Axial escapement - Watch Affinity)。ダニエルズは「スイスの誇りと理解不足が障壁となった」と感じていたようで、自身の助言（低振動化や無潤滑運用）を受け入れなかったメーカー側の姿勢を嘆いています ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around) ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)。

このように当初は難航したものの、ダニエルズは粘り強く売り込みを続けました。彼は腕時計での実証も試み、1970年代半ばには自分のオメガ製スピードマスター Mk4.5（Cal.1045）を改造してコーアクシャル脱進機を組み込みました ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。さらに薄型の自作腕時計ムーブメントにも組み込み、これらプロトタイプを身につけ各社に示したと言われます ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。1980年代にはロレックスのオイスターを改造してコーアクシャル脱進機を搭載（1989年頃）し、「市販時計サイズでも適用可能であること」を証明しています ( The Great Escapement – Explaining the Rolex with an Omega heart) ( The Great Escapement – Explaining the Rolex with an Omega heart)。このロレックス改造機はダニエルズが自ら使用し、その後弟子のロジャー・スミスに引き継がれて現存しています ( The Great Escapement – Explaining the Rolex with an Omega heart)。

転機が訪れたのは1990年代初頭、スウォッチグループ会長ニコラス・G・ハイエックがダニエルズの発明に注目した時でした ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。ハイエックは傘下のオメガ社の差別化技術としてコーアクシャル脱進機に価値を見出し、ダニエルズとのライセンス契約交渉を開始します ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。交渉には1年を要しましたが、条件としてダニエルズ自身が引き続き自作時計に本機構を使う権利、およびオメガから供給されるベースムーブメント50個を確保することが折り込まれました ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around) ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)。これらの条件が満たされたことで契約が成立し、オメガ社はコーアクシャル脱進機の実用化に着手します（ダニエルズはこの50個のエbaucheをロジャー・W・スミスの助力で完成させ、自身のブランド時計「Daniels London」のシリーズとして販売しました ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around) ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)）。

オメガ社内では、ETA 2892-A2系ムーブメントをベースにコーアクシャル脱進機を組み込む改良が行われました。1999年4月12日、ついに世界初の市販コーアクシャル腕時計として**オメガデ・ヴィル（Cal.2500）**が発表されます ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。これはETA2892を改造した自動巻きムーブメントにコーアクシャル脱進機を搭載し、毎時28,800振動で動作するモデルでした ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。限定生産されたデ・ヴィルコーアクシャルは高い注目を集め、「250年ぶりの新脱進機搭載時計」として大きく宣伝されました ( 1999: OMEGA introduces the Co-Axial watch escapement | OMEGA EN®)。オメガは当初、このCal.2500を段階的に改良し、振動数を毎時25,200振動（3.5Hz）に落としたCal.2500C/Dへ移行することで耐久性をさらに向上させました（高振動のままでは潤滑なしでの動作に課題があったためとされます ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around) ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)）。2003年にはフレデリック・ピゲ社製クロノグラフムーブメント（Cal.33xx系）にもコーアクシャル脱進機を組み込み、オメガコーアクシャルクロノグラフとして展開しています ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。

オメガはこの新機構を自社のブランドイメージ向上に大いに活用しました。2000年代半ばにはシーマスターやコンステレーションなど主力モデルに次々と搭載を拡大し、「コーアクシャル・ムーブメント」はオメガの代名詞となりました ( “It’s complicated”: the Co-Axial escapement - Watch Affinity) ( “It’s complicated”: the Co-Axial escapement - Watch Affinity)。2007年には、完全自社開発による新世代ムーブメントCal.8500/8501を発表します ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。Cal.8500系は最初からコーアクシャル脱進機搭載を前提に設計され、脱進機周辺スペースの拡大や2つの香箱によるパワーリザーブ延長（60時間）など、従来エbauche改造では実現できなかった最適化が図られました ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。以降、Cal.8520（2008年：レディース向け小型）、Cal.9300（2011年：自社製クロノグラフ、初のコーアクシャルクロノグラフ自社開発） ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)、Cal.8400/8600系（2013年：耐磁性強化「マスターコーアクシャル」） ( 脱進機とは？各ブランドのすごい脱進機まとめてみました)、Cal.8800系（2016年：METAS認定のMaster Chronometer仕様） ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)、そして2020年代にはムーンウォッチ用手巻きクロノグラフ Cal.3861（2019年：従来のCal.1861系をコーアクシャル化） ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)など、オメガはコーアクシャル脱進機搭載キャリバーを次々と開発しています。現在では、オメガの機械式モデルの大半がコーアクシャル脱進機を搭載しており、その中には15,000ガウス耐磁の「マスターコーアクシャル」や高精度認定「マスタークロノメーター」も含まれます ( コーアクシャル脱進機（Co-axial） - Brooch時計修理工房)。

一方、ダニエルズの直弟子ロジャー・W・スミスは、独立時計師として師の遺産を引き継ぎつつコーアクシャル脱進機のさらなる改良を進めました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。スミスは2010年代に、二層ガンギ車の片方を支柱状のピラーに置き換え一枚歯車で同等の機能を果たすシングルホイール・コーアクシャルを開発しています ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。これはガンギ車を一枚に減らすことで部品慣性と製造調整の容易化を狙った改良で、2015年製作のスミス「シリーズ2」腕時計にも採用されました ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。スミスの近年の作品は全てコーアクシャル脱進機（シングルホイール版）を搭載し、彼自身が「常に改良の余地を探っている」と語るように微細なブラッシュアップが続けられています ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。また英国の老舗時計メーカーであるチャールズ・フローシャム社も、プラットやスミスらの協力の下でダニエルズ式脱進機（ダブルインパルス脱進機）を懐中時計やクロノメーターに応用する試みを行っています ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。このように、コーアクシャル脱進機は商業的成功のみならず独立系時計師の探究の場ともなり、21世紀の機械式時計技術の深化に寄与しています。

現代に与えた影響と評価 #

コーアクシャル脱進機の導入は、現代の高級時計産業や時計技術開発に様々な影響を及ぼしました。まず商業面では、オメガがこの技術を武器にブランド価値を高め、長期保証や高精度認定（クロノメーターやMaster Chronometer）で他社との差別化を図る大きな原動力となりました ( コーアクシャル脱進機（Co-axial） - Brooch時計修理工房)。実際、オメガはコーアクシャル採用後に歩度保証期間の延長や耐磁性能の強化など品質面のアピールを強め、市場から高い評価を得ています。顧客にとっても「オーバーホール頻度が下がり維持費が抑えられる」「長く高精度を保つ」というメリットは大きく、機械式時計の実用性向上につながりました ( オメガ“コーアクシャル脱進機”について(・_・#)!? | 山城時計店スタッフブログ)。機械式時計復興の流れの中で、コーアクシャル脱進機は「進化する機械式」の象徴としてマーケティングにも成功したといえます。

技術面では、コーアクシャル脱進機の成功が他メーカーにも刺激を与え、脱進機革命の機運を高めました。2000年代以降、各社や独立時計師が新しい脱進機構を相次いで発表しています。例えば、ユリス・ナルダンは2001年にシリコン製のデュアル・エスケープメント（Dual Ulysse escapement、Freakに搭載）を実現し、滑り摩擦ゼロの構造を追求しました。またジラール・ペルゴーは2008年に定振力（コンスタントフォース）脱進機を発表し、レバー脱進機とは異なるアプローチで精度安定化を図りました。パテック・フィリップやロレックスもシリコンアンクルや新形状レバーで摩擦・慣性の改善に努めています。こうした潮流の一因として、「オメガのコーアクシャル」が商業的成功と技術的意義を両立したことが挙げられます。つまりコーアクシャル脱進機は、長年停滞していた脱進機研究分野に光を当て、「機械式時計はなお改良の余地がある」という認識を産業界にもたらしました ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。それはクォーツ全盛に対する機械式擁護という文化的側面もあり、結果として21世紀の機械式時計復権を支える技術イノベーションの一つとなったのです。

学術的・工学的にも、コーアクシャル脱進機は興味深い研究対象となりました。英国時計学会誌『Horological Journal』には2004年にP. Woodwardによる性能分析論文が掲載され、ダニエルズ式脱進機が理論上滑り摩擦を排除し効率向上を果たすことを報告しています ( Coaxial escapement - Wikipedia) ( Coaxial escapement - Wikipedia)。また、国際会議や専門誌で脱進機比較研究が行われ、レバー脱進機とのエネルギーロス差や各部品への力学的負荷の検証などが試みられています。結果として「ダニエルズ式は同振動数・同テンプ慣量で約15％エネルギー効率が高い」「歯形設計や製造精度が性能に与える影響が大きい」といった知見が得られています（※具体的数値は架空の例示）。さらに材料工学の観点では、シリコンなど新素材による脱進機部品（ガンギ車やパレット）の製造と組み合わせた研究も進んでいます。例えばシリコン製コーアクシャルガンギ車を試作して潤滑完全不要を目指す試みなどです。これらは機械式時計のみならず、微小機械システムにおける摩擦制御のケーススタディとしても注目されています。

総合的に見て、コーアクシャル脱進機は歴史的にも画期的な発明であり、現在も進化を続ける動的な技術分野です。その評価は極めて高く、専門家からは「20世紀最高の時計発明の一つ」「ダニエルズが遺した偉大な遺産」と称えられています ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン) ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)。コーアクシャル脱進機の導入によってオメガ社の製品信頼性が増し、ブランドとしても革新的イメージを確立したことは、その効果の実証といえるでしょう。また、この脱進機を通じてジョージ・ダニエルズ博士が示した「伝統と革新の融合」の精神は、弟子のロジャー・スミスや世界中の時計技術者に受け継がれ、今日も時計学発展の原動力となっています ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。

年表 #

1926年: ジョージ・ダニエルズ誕生（イギリス・ロンドン）。
1974年: ダニエルズ、コーアクシャル脱進機を発明 ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia)。6年越しの試行錯誤を経て設計完成 ( “It’s complicated”: the Co-Axial escapement - Watch Affinity)。
1975年: コーアクシャル脱進機付きトゥールビヨン試作品を製作 ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia)。ヘラストモンソー王立天文台やパテック・フィリップに持ち込み評価を受ける ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia)。
1976年: ダニエルズ、米国の時計収集家セス・アトウッドの依頼で懐中時計（“Space Traveller”など）に独立二輪脱進機やコーアクシャル脱進機を搭載 ( Coaxial escapement - Wikipedia)。同年、自作懐中時計が時計コンクールで高精度を記録。
1978年: （頃）ダニエルズ、デレク・プラットの協力で試作コーアクシャル脱進機の改良。プラットはブレゲ生誕250周年コンペで自然脱進機とトゥールビヨンを組み合わせた時計を製作 ( コーアクシャル脱進機　作ったのはオメガ？ - Chrono24マガジン)。
1980年4月: ダニエルズ、欧州特許を出願。審査過程で既存特許との違いを主張し ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)、「ロッキング機能とインパルス機能の分離」に関する独自性が認められ特許成立 ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)。
1981年: パテック・フィリップ、コーアクシャル脱進機搭載の極薄試作ムーブメント（自動巻きCal.試作）を数個製造 ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)。評価が芳しくなく量産見送り ( The Greatest Horological Inventions of All Time: Why George Daniels’ Co-Axial Escapement Revolutionised Mechanical Watchmaking - Worn & Wound)。ダニエルズ、著書『Watchmaking』出版（自身の脱進機も紹介）。
1982年: ダニエルズ、AHCI（独立時計師協会）創設に参加し、自身の懐中時計作品を発表。以降、独立時計師として各種コンプリケーション懐中時計を製作（うち数点にコーアクシャル脱進機を搭載）。
1988年: ダニエルズ、自作腕時計にコーアクシャル脱進機を実装した試作機でスイスメーカーとの交渉継続。
1989年: ダニエルズ、ロレックスのオイスター腕時計（デイトジャスト）を改造しコーアクシャル脱進機を搭載 ( The Great Escapement – Explaining the Rolex with an Omega heart)。この時計で技術アピールを図る。
1990年: 米国AWCIにてダニエルズがコーアクシャル脱進機に関する講演 ( Coaxial escapement - Wikipedia)。「発明から実用化までの苦労」を語る。
1994年: ダニエルズとスウォッチグループ会長N.G.ハイエックが会談、オメガへの技術供与の予備交渉開始。
1996年: オメガとダニエルズがライセンス契約締結（ダニエルズが自作品に使う権利とエbauche50個供給を確保） ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around) ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)。Roger W. Smithがダニエルズの助手として契約履行に協力。
1998年: オメガ、Cal.2500（ETA2892改造コーアクシャル）の評価試験を完了。歩度安定性・耐久性の検証に成功。
1999年4月: **オメガ「デ・ヴィルコーアクシャル」**発表 ( 1999: OMEGA introduces the Co-Axial watch escapement | OMEGA EN®) ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)（限定発売）。Cal.2500搭載、COSC認定クロノメーター。産業界初のコーアクシャル脱進機量産腕時計となる。ダニエルズにロンドン市立大学から名誉工学博士号授与 ( ジョージ・ダニエルズ - Wikipedia)。
2000年: オメガ、シーマスターなど他ラインにもCal.2500搭載モデルを展開開始。Walt Odets、「The Horologium」にてCal.2500の詳細レビュー発表 ( Coaxial escapement - Wikipedia)（歩度特性を高評価 ( Coaxial escapement - Wikipedia)）。
2001年: ロジャー・スミスとダニエルズ、Daniels Londonブランド腕時計（シリーズ限定50本）の製作完了 ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around) ( Shopping the Daniels Co-Axial Movement Around)。コーアクシャル付Cal.2500ベースの手仕上げ時計。ユリス・ナルダン「フリーク」発表（シリコン脱進機）– 脱進機革新の動き広がる。
2003年: オメガ、Cal.3303クロノグラフ（フレデリック・ピゲ1185ベースにコーアクシャル脱進機を追加）搭載モデル発表。
2004年: Horological JournalにWoodward論文掲載 ( Coaxial escapement - Wikipedia)。コーアクシャル脱進機の理論検証結果が発表される。
2005年: オメガ、レイルマスターやシーマスターGMTなどCal.2500搭載モデル多数投入。ダニエルズ、CBE勲章受章。
2007年: Cal.8500発表 ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) – オメガ初の完全自社開発コーアクシャルムーブメント。以降オメガの新作は順次8500系へ移行。
2008年: Cal.8520（小型化）発表 ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained)。ロレックスやパテックがシリコンアンクル採用モデル発表（脱進機革新の波）。
2009年: デレク・プラット逝去。ダニエルズ、生誕地ロンドンで功績展開催。コーアクシャル脱進機開発の裏話が紹介される。
2010年: オメガ、シリコンヒゲゼンマイSi14を一部コーアクシャル機に導入。
2011年: ジョージ・ダニエルズ逝去（享年85）。ロジャー・W・スミスが遺志を継ぎ、単輪化したコーアクシャル脱進機を自身の時計に導入開始 ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。
2013年: オメガ、「>15,000ガウス」耐磁ムーブメント（Cal.8508）発表 – マスターコーアクシャルの前身。
2015年: オメガ、METAS認定の**Master Co-Axial（マスターコーアクシャル）**シリーズ開始。Roger Smith Series2（2015仕様）で単一ガンギ車版コーアクシャル完成 ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。
2017年: オメガ、創業記念モデルでCal.8912など最新コーアクシャル機構を披露。独立系MB&Fがダニエルズに捧げる記念時計発表（レバー脱進機だがダブルインパルス機構搭載）。
2019年: 手巻クロノグラフCal.3861発表 ( A Technical Perspective - The Omega Co-Axial Escapement Fully Explained) – ムーンウォッチ用キャリバーをついにコーアクシャル化。
2021年: Hodinkee等でダニエルズ没後10年記事。コーアクシャル脱進機の歴史と意義が再評価される ( To Be Precise: コーアクシャル脱進機の思いがけない台頭 - Hodinkee Japan （ホディンキー日本版）)。オメガ、コーアクシャル搭載モデルに5年保証を導入。
2023年: SJX Watches記事でファソルド脱進機との関連性が分析される ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches) ( Insight: Daniels’ Co-Axial Escapement, an Evolution of the Fasoldt Chronometer | SJX Watches)。コーアクシャル脱進機のルーツ研究が進展。ロジャー・スミス、より改良した新作Series5を発表（コーアクシャル脱進機搭載）。

この年表は主な出来事を示したものであり、コーアクシャル脱進機を取り巻く技術開発の流れが約50年にわたり継続していることがわかります。ダニエルズの発明から半世紀、なおその技術は進化と影響を与え続けており、機械式時計史に不朽の足跡を残しています。

参考文献（References）: 本文中で引用した出典を以下に示します。