コットレルの二レバー脱進機

コットレルの二レバー脱進機

コットレルの二レバー脱進機#

時計の脱進機は、ぜんまいから輪列を通じて届く力を小分けにしてテンプへ渡し、その振動に合わせて歯車の進みを制御する。デイヴィッド・コットレルの「Double Lever Escapement」は、二つのレバーを使い、テンプの往復それぞれに力を与える試作機構である。ジョージ・ダニエルズのコーアクシャル脱進機を出発点に、小型化とがんぎ車の歯数を両立させようとした。1

この名称は二組のテンプを備える時計を意味せず、同じ英語名で呼ばれた歴史上の別構造とも区別する必要がある。英国時計学会(BHI)は2024年、コットレルの機構を試作品として紹介した。2

開発の背景#

コーアクシャル脱進機は、がんぎ車を止める働きと、テンプに力を与える働きを分ける。コットレルが検討した構成では、テンプの一方向にはがんぎ車から振り座の爪へ直接力を与え、反対方向にはレバーの爪を介して与える。直接の伝達に必要な部品の通り道が歯の配置を制約する。1

本人によれば、懐中時計向けの大きさでは12歯の車を使ったが、検討した腕時計寸法のコーアクシャルでは通常8歯が必要だった。歯数を増やせば、同じ輪列条件の下で車の回転を遅くできる。そこで振り座への直接伝達を取り除き、その代わりに二本目の小さなレバーを使って、15歯の車による両方向の力の伝達を目指した。これは特定の設計条件についての説明であり、すべてのコーアクシャル時計の歯数を定める法則ではない。1

着想の背景には、デレク・プラットがトゥールビヨンの回転枠をルモントワールでがんぎ車から切り離し、停止時の負担を減らそうとした仕事がある。コットレルは別の方法として、回転枠を毎分一回転より遅い4分一回転にする懐中時計を設計した。2022年のBHI南ロンドン支部の講演記録も、この二つの時計と低速の回転枠を説明している。1 3

二つのレバーの動き#

主レバーには、がんぎ車の外側の歯を交互に止める二つの爪と、内側の盛り上がった歯から力を受ける衝撃用の爪がある。小さな副レバーは外側の歯に接し、ピンを介して主レバーとつながる。主レバーは振り座の振り石を通してテンプと作用し、一つの受けピンで両側の位置を制限する。1

一往復の動きは、次のように整理できる。1

  1. 一方の止め爪が外側の歯を止めている間、副レバーは次に力を受ける位置にある。
  2. テンプが振り石を介して主レバーを動かすと止め爪が歯を解放する。外側の歯は副レバーを押し、連結ピンを通じて主レバーに力を渡す。
  3. 主レバーが動いて振り石を押し、テンプに力を与えた後、反対側の止め爪が次の歯を止める。
  4. テンプが反転すると、今度は解放された車の内側の歯が主レバーの衝撃爪を押す。主レバーが反対方向にテンプを押し、最初の側の止め爪が車を止めて周期を繰り返す。

副レバーは主レバーの往復に連動して次の動作位置へ戻される。両方向とも力は主レバーを経てテンプへ届くが、がんぎ車から主レバーに至る経路が異なる。二つの独立した輪列で二つのがんぎ車を回す方式ではない。1

歯数、摩擦と製作上の交換条件#

コットレルは、歯数が8から15になれば同じ輪列条件で車の回転速度がほぼ半分になり、回転による運動エネルギーの低減が期待できると説明する。回転体の運動エネルギーは、同じ慣性モーメントなら角速度の二乗に比例する。ただし、歯数だけで実際の摩耗や時計全体の精度が自動的に決まるわけではない。接触の形、負荷、振幅などを含めた検証が必要である。1

設計者は、接線方向の停止と半径方向の衝撃によって給油を不要にできる可能性を挙げる。直接衝撃用の振り座の爪を省くことで、互いに制約する寸法も減らせるという。一方、副レバーの追加は質量と軸受けの摩擦を増やす。試作では可動部を軽くするため二つの衝撃爪に宝石を使わず、停止爪には宝石を用いた。副レバーを内側の歯で動かす別配置も考えられるが、レバーが長く重くなるという交換条件がある。1

これらは設計者による狙いと評価である。無給油の耐久性、日差、他方式との摩耗や効率の差を示す独立比較試験の数値は、本人の2024年論文には示されていない。部品の角度やレバー比にも調整の余地がある。1

試作と関連する設計#

本人の報告では、15歯の試作機は改造したUnitasのムーブメントに組み込まれ、初期試験として数か月間動作した。これは試験台の稼働についての報告であり、製品への採用数や長期耐久性を示すものではない。本人は試作後に特許出願を行ったとも述べている。スイス公開公報CH721647A1は2024年3月11日出願、2025年9月15日公開で、交差する主・副レバーを記述する。請求項1は両者の協働を定め、従属請求項6は停止爪に対応する歯を13枚以上とする構成を含む。明細書は15歯を例示する。公報に記載された実施形態と試作台の実測結果は区別する必要がある。1 6

別の先行例として、ETAの米国特許US7553068B2は、主レバーに連動する補助部材と第二の衝撃爪を用いる脱進機を記述している。特許文献に記された構造は、製品への採用やコットレルの試作との同一性をそれだけで証明しない。二つの可動部を用いる発想自体を、コットレルが最初に考案したと断定することもできない。4

年表#

  • 2021年:BHIチェルトナム支部で、コットレルがコーアクシャル脱進機とトゥールビヨンを備える時計の製作を紹介した。5
  • 2022年:BHI南ロンドン支部で、4分一回転のトゥールビヨンを備える2作目の時計について講演した。3
  • 2024年3月11日:スイスに脱進機の出願がなされた。6
  • 2024年12月:本人が15歯の二レバー脱進機とUnitasを使った初期試験を『Horological Journal』で説明した。1
  • 2025年9月15日:出願がCH721647A1として公開された。6

参考文献#

1. David Cottrell, “Double Lever Escapement,” Horological Journal, December 2024, pp. 514–517. 英国時計学会公開PDF(2026年11月1日閲覧)。

2. British Horological Institute, “December 2024 Horological Journal,” 2024年11月29日。記事紹介(2026年11月1日閲覧)。

3. South London Branch of the BHI, “2022 December Meeting,” 2023年1月。講演記録(2026年11月1日閲覧)。

4. Andrés Cabezas Jurin and Thierry Conus, “Lever escapement for a timepiece,” US7553068B2, 2009年6月30日。特許文献(2026年11月1日閲覧)。

5. BHI Cheltenham Branch, “Previous Talks,” 2021年9月8日の記録。講演記録(2026年11月1日閲覧)。

6. David Cottrell, “Mécanisme d’échappement pour mouvement horloger,” CH721647A1, 2025年9月15日公開、段落[0011]–[0020]、[0025]–[0035]、請求項1・6。スイス公開公報(2026年11月1日閲覧、英語翻訳)。