デテント脱進機(Detent Escapement)

デテント脱進機(Detent Escapement)

デテント脱進機とは#

デテント脱進機は、ガンギ車を停止させる部品であるデテントと、テンプへ動力を伝える部品を分けた自由脱進機である。クロノメーター脱進機とも呼ばれ、英語では detent escapement、フランス語では échappement à détente という。一般的な形では、テンプが一往復する間に一度だけガンギ車の歯から直接給力を受け、それ以外の大部分を脱進機から離れて振動する。18世紀の航海時計の開発を通じて成立し、船舶用クロノメーター、精密懐中時計、現代の一部の腕時計に使われている。1 2

ここで自由とは、テンプと脱進機が振動中ずっと接触する機構ではないという意味である。テンプの軸受摩擦や空気抵抗がなくなることでも、ガンギ車を止める部品が無荷重になることでもない。ロック中のガンギ車には香箱からのトルクがかかり、その歯を停止石が受け止めている。一方、テンプは給力と解放の短い区間を除いて、その歯車から離れて運動できる。この区別が機構を理解する出発点となる。1 3

「クロノメーター」は歴史的には精密時計の製品名・用途名としても使われた語で、現在の検定資格とも関係する。デテントという機構を搭載するだけで一定の精度や検定合格が保証されるわけではない。クロード・ソーニエは19世紀の技術書で、脱進機の模倣だけで良い歩度は得られず、ひげゼンマイ、温度補償、部品の比例、加工と調整を一緒に成立させる必要があると繰り返し述べている。1

部品と一往復の動作#

主要部品と役割#

成熟したデテント脱進機の主要部品は次のように整理できる。停止石と給力石は別の場所にあり、同じ「パレット石」としてまとめると動作を取り違えやすい。1

部品役割
ガンギ車輪列から受けた動力を間欠的に進め、歯で給力石を押す
デテント停止石を支え、解放時だけその石を歯の進路から退ける
停止石ロック中にガンギ車の歯を受け止める。ソーニエの例では平面を持つルビー
給力ローラーと給力石テンプ軸と一緒に回り、ガンギ車から直接力を受ける
解放ローラーと解放石テンプの所定位置で補助ばねへ接触し、デテントを動かす
補助ばね・通過ばね一方向ではデテントを動かし、逆方向では自身だけが撓んで解放石を通す
戻しばねデテントをロック位置へ戻す。板ばね式ではデテント自身の細い部分が兼ねる
バンキングデテントの停止位置と運動範囲を決める当たり。ねじ等で調整する

補助ばねは英語で gold spring、unlocking spring、passing spring などと呼ばれる。「金ばね」は伝統的な材質にも由来するが、名称だけからすべての個体が同じ組成の金合金を使うとは判断できない。また、テンプを復元するひげゼンマイ、デテントを復元するばね、一方向の通過を許す補助ばねは、それぞれ別の仕事をする。1

ロック、解放、給力、再ロック#

通常の動作は、次の順序で一往復を構成する。1

  1. ロック。停止石がガンギ車の歯を受け止め、輪列の前進を止める。テンプはこの間、ひげゼンマイの復元力と慣性によって振動する。
  2. 解放。所定の方向で解放石が補助ばねの端に当たる。この方向ではばねがデテントの支えに押しつけられるので、デテント本体が動き、停止石が歯から離れる。
  3. 直接給力。解放されたガンギ車が前進し、その歯がテンプ軸上の給力石を押す。力はアンクルを介さずテンプへ伝わる。
  4. 再ロック。解放石が補助ばねを通過すると、デテントは戻しばねの力で復帰する。次の停止に使われる歯を停止石が受け止め、テンプは給力区間を抜けて自由な補足弧を進む。
  5. 逆方向の通過。テンプが戻ると、解放石は補助ばねへ反対側から当たる。今度は補助ばねだけが撓み、デテントはロック位置を保つ。ガンギ車の前進と新しい給力は起こらない。

「一往復一回の給力」という表現は、この第五段階を含む。逆方向にも補助ばねとの接触があるため、まったく無抵抗の往復ではない。また、一歯の進み方、ロックに使う歯と給力に使う歯の位置関係は設計によって異なる。18世紀の初期構造すべてを、現代の典型的な動作図だけで説明することはできない。1 3 4

スプリング式とピボット式#

項目スプリング・デテントピボット・デテント
支え方固定された根元と薄い弾性部分を持つ軸・ピボットを中心に小角度回転する
復帰デテントの弾性部分が復元する別の直線ばね・渦巻きばねが復元する
検討すべき点ばねの厚さ、硬化、撓み方向、捩れ動く質量、釣合い、軸受、戻しばね
歴史的用途英国系の船舶用クロノメーターに多いフランス系の精密時計や懐中時計にも用いられた

この二つは、古い方式が単純に新しい方式へ置き換わるという関係ではない。ソーニエは船舶用の毎時14,400振動ではスプリング式の製作上の利点を評価し、毎時18,000振動の懐中クロノメーターではピボット式にも利点があるとした。同時に、熟練した製作者ならどちらでも良い結果を得られると結論する。現代の腕時計にもピボット式を改良した例があり、用途、質量、戻りの速さ、安全装置を含めて比較する必要がある。1 3 10

航海時計の成立と発明者#

経度問題が求めたもの#

航海用時計には、出航後も基準地点の時刻を保つ役割があった。船上で観測した地方時と基準時の差を経度に換算するためである。地球が24時間で360度回転するという関係から、時刻差1時間は経度15度、1分は15分角、1秒は15秒角に相当する。ただし、時計の日差をそのまま船の位置誤差に置き換えることはできない。航海日数、既知の歩度の補正、観測誤差、緯度に応じた距離換算も関わる。2

時計の課題は、船体が動く環境で振動を維持すること、気温変化による歩度変化を抑えること、巻き上げ後から動力が弱くなるまで安定して運転することだった。自由脱進機はこのうちテンプへの干渉を減らす方法であり、温度補償やひげゼンマイの等時性の代わりにはならない。英国では1714年の経度法による奨励があり、フランスでも航海時計の設計、海上試験、科学機関での評価が進んだ。1 2 4

ピエール・ルロワの原理と1766年時計#

ピエール・ルロワは自由なデテントの原理の成立に関わる中心人物である。ソーニエは自由デテントの原理と最初の実作を彼に帰し、パリの国立工芸院の所蔵カタログは1748年の自由脱進機の計画、1754年の航海時計の計画、1766年8月5日のルイ15世への時計提示を区別している。1748年の構想と1766年の現存時計を、同じ完成状態の一作品として扱わないことが重要である。1 4

国立工芸院の時計番号1395の解説は、テンプへの直接給力、温度による慣性モーメントの調整、ひげゼンマイによる等時性という三つの課題をまとめて扱う。その実装は、後世の標準的なクロノメーターとはかなり異なる。4

1766年時計の要素所蔵カタログが説明する具体構造
ひげゼンマイ逆方向に巻かれた二本。各々の巻数は整数に四分の一回転を加えたもの
温度補償テンプに固定したアルコールと水銀を使う二つの温度計。温度上昇時に水銀を軸寄りへ移す
ガンギ車六本の細い枝を持つ星形
解放・停止複数の腕を持つ停止部品と、テンプの外周にある解放用ピン等を使う
給力両方向でガンギ車を進めるが、給力は一方の方向だけで行う
動力・支持フュゼを持たない香箱。テンプ軸を弦で吊り、ローラーで案内する

この温度補償は、鋼と真鍮の切り開いた輪が曲がる後世のバイメタル補償テンプとは別の構造である。二本の逆巻きひげも、一本の円筒形ひげゼンマイとは区別される。また、カタログは石の軸受等の硬石を使わない構成、後から加えられた大きなジンバル枠を記述する。現在の展示状態を、そのまま1766年の箱と支持装置と考えることもできない。4

同カタログは1767年、1768年、1771~1772年の海上試験を挙げ、最後の航海で一方の時計が使用不能になり、もう一方も損傷したと説明する。原理の先進性と、航海での扱いやすさ・継続生産は別の評価軸である。ルロワの時計が示した考え方は重要である一方、その固有の構造が後の標準機へ丸ごと継承されたわけではない。4

ベルトゥー、アーノルド、アーンショー、ブレゲ#

ソーニエの説明では、フェルディナント・ベルトゥーがデテントの軸を弾性を持つ薄片に置き換え、軽い解放ばねをテンプ側のローラーに付けた。後にジョン・アーノルドとルイ・ベルトゥーは補助ばねの形を変えてデテント側へ移した。ここでフェルディナントとルイは別人であり、フランスのピボット式を高度に製作したルイ・ベルトゥーとその後継モーテルの仕事も、スプリング式の歴史に吸収してしまうべきではない。1

アーノルドのガンギ車では歯が車の平面から立ち上がり、ロック中の圧力はデテントを長手方向に引くように働いた。アーンショーは斜めの尖った歯を持つ平らなガンギ車を使い、回転方向とロック時の力の向きを変えた。アーンショー式ではロック時にデテントを根元側へ押す力が働く。したがって変更点は、単に「ばねを付けた」ことや「歯を平らにした」ことにとどまらず、停止と解放で負担する力の関係に及ぶ。1

ブレゲの改良も具体的に区別できる。ソーニエは、停止部と補助ばねを押す点の配置を通じてデテントの捩れを抑えること、デテントに平行な腕にバンキングを設けることを説明する。一方で、テンプと給力ローラーを軸の両端に離して置いた構成については批判的である。著名時計師の形式であっても、そのすべてが無条件に優れたものとは評価していない。1

これらの記述は、19世紀の技術者が整理した開発史である。ソーニエ自身も成熟したデテント脱進機を集合的な発明と結論し、一人だけの発明に帰す名称を批判する。自由脱進機の原理、板ばねによる支持、補助ばねの移設、ガンギ車の形状、停止位置の改良を分けると、複数の時計師の役割が理解しやすい。1

特許と優先権をどう読むか#

アーノルドの1782年特許と、アーンショーの設計に関係するトーマス・ライト名義の1783年特許は、英国の発明競争を理解する重要な記録である。アーンショーが自分のばね式を1781年の発明と主張したこと、ライトが特許費用を負担し製作時計ごとに費用を回収する取り決めがあったことは、現物を扱うサザビーズのカタログでも説明されている。特許取得者、設計者、時計に署名する人物は必ずしも同一ではない。5 12

ライトの特許番号は1354である。その設計に沿う1784年の時計No.2228には、後の典型的な二つのばねを分けた構成とは異なり、ロックと解放の両方を担う一本のばねがあるとカタログは記す。特許の成立年を知るだけでは、後に一般化した成熟形のすべてがその時点で備わっていたとはいえない。5

アーノルドの1782年5月2日の特許No.1328は、サザビーズのNo.99解説に記載される。18世紀の両特許の原明細書・原図は探索したが未取得であり、全頁に基づく請求範囲の比較は、ここでは示せない。そのため、細かな構造の説明は実読したソーニエの技術書と現物解説に基づく。一次特許未取得を特許の不存在とは扱わず、アーノルド対アーンショーの優先権を独自に裁定することも避ける。1 5 12

性能を決める幾何、加工、材料#

給力角とガンギ車#

給力角はガンギ車が給力石を押している間にテンプが回る角度であり、テンプの振幅全体とは異なる。ソーニエは古い構造で60度が広く使われ、彼の時代の良く調整された構造では平均45度程度に縮まったと記す。この短縮は接触の方向や摩擦、油の変質による影響を考えるうえで意味があるが、すべてのデテント機に同じ角度を適用する規格ではない。1

ガンギ車の歯数も一定ではない。同書はアーノルドとアーンショーの12歯、他の製作者の15歯を挙げる。15歯なら歯の角度間隔は24度、12歯なら30度である。テンプ軸とガンギ車軸の距離、ローラー半径、給力石の面の向き、解放から給力までの空走であるドロップを合わせて設計しなければならない。「15歯前後」という数だけでは、給力や安全性は説明できない。1

ソーニエは、平らな尖り歯と給力石との接触にも滑りと歯面の摩耗がありうると論じ、給力石の傾斜を増せば歯面の傾斜も増す関係を説明する。また、歯車を軽くするため両面または片面に凹みを設け、必要な作用面を残す加工を記す。軽いガンギ車は停止と再発進の慣性を抑えられる一方、作用面まで小さくし過ぎれば別の問題を生む。直接給力は摩擦ゼロの同義語ではない。1

ロックの深さ、引き込み、ドロップ#

停止石は、歯を確実に保持できる深さで入り、解放時には必要な量だけ外れる。ロックを浅くすれば解放に必要な運動を減らせるが、衝撃や軸受の遊びに対する余裕を失う。深くし過ぎればテンプが解放のために行う仕事が増える。この調整は、「小さい摩擦」と「確実な停止」を両立させる問題である。1

歯の力がデテントをバンキングへ寄せるように停止石の面を傾けることを、引き込み、英語で draw という。ソーニエは引き込みの採否をめぐる議論を紹介したうえで、停止部が当たりから浮いたり、揺れて不確実になったりする現象を説明する。同書の約12度という停止面の傾斜も経験上の目安であり、船舶用と懐中用、歯と石の深さによって変更すべき値として扱われる。1

ドロップは、歯が停止から離れて給力に入るまで、または給力を終えて停止するまでの空走である。短縮すれば空走で消費するエネルギーを抑えられるが、歯と石の位置が不確実なら接触し損なう。解放後にデテントが戻り始める時機も重要で、先ほど解放した歯を再び捕まえず、次の停止には間に合う必要がある。部品の位置だけでなく、戻りの速さまで含めた動的な調整となる。1

デテントの長さとバンキング#

デテントを長くすると作用が必ず軽くなるわけではない。ソーニエは、解放石が押す点までの腕と、停止石までの腕の両方を考えなければならないと示す。長い腕による緩やかな弾性変化には利点がありうるが、動く質量、停止石の移動量、必要な復帰速度も増す。短くし過ぎた場合にも深い係合や急な撓みが必要になり、解放の負担が大きくなる。1

例えば同書の幾何比較では、力を加える腕4・抵抗側の腕2の配置と、力の腕8・抵抗側6の配置を比べる。長さの単位を一定とすれば、抵抗側を同じ力で動かすための力の比は単純なレバー模型でそれぞれ2/4と6/8になる。腕を長くしても、後者の方が解放に必要な力は大きい。この計算は比較模型であり、実機のばね力、質量、摩擦を含む完全な設計値ではない。1

バンキングは、単に動き過ぎを止める硬い壁ではない。戻ったデテントがそこへ衝突して再び揺れると、ロックの確実性が変わる。ソーニエは打撃中心に近い位置への配置と、適度な弾性を持つ当たりを重視し、水平・垂直など複数の姿勢で拡大観察する検査を勧める。細すぎる支えが毎回振動することも、過度に剛性の高い接触が摩耗することも避ける必要がある。1

鋼、金合金、ルビーと潤滑#

19世紀のスプリング・デテント製作では、鋼の選択、焼鈍、鍛打、形状の削り出し、硬化と最終研磨が結果を左右した。ソーニエは薄いばねを片側へ偏って削ることで歪ませないこと、厚さを徐々に変えること、硬化時の変形や過熱を防ぐことを説明する。中央に穴のあるばねでは両側の弾性や硬化状態が揃わない問題を挙げており、形を似せるだけで同じ復帰特性になるわけではない。1

停止石も既製品を入れれば完成するという扱いではない。同書では仮の鋼製停止部で位置と面の傾斜を調整し、その形を宝石加工職人へ渡して石を作る工程を説明する。歯先を鋭い角のままにせず、小さな丸い面に仕上げることも記す。部品精度は寸法の一致だけでなく、角、表面、接触の方向と時機に現れる。1

補助ばねには金合金が推奨される。ソーニエは鋼製補助ばねの接触が摩耗を生む問題を挙げ、金合金のばねを鋼の支えへ当てる構成を比較する。停止石にはルビーを使うことによって接触の耐久性を高められる。一方、ピボット式の軸受は油の状態、付着、毛細管作用の影響を受けうる。金ばねや宝石の採用を、時計全体が注油不要という意味に広げてはいけない。1

伝統的なデテントでは、ガンギ車と停止・給力部の接触を乾いた状態で使えることが利点として挙げられる。それでもテンプ軸、輪列、香箱などの潤滑と保守は別に必要である。ソーニエは古いフランス式の補助ばねとピンの接触には注油が必要だった例も記す。「デテントは油を使わない」は、時代と接触箇所を指定して初めて意味を持つ説明である。1 2

等時性、振動数、限界#

理想的な振動と脱進機誤差#

テンプとひげゼンマイを理想的なねじり振動子として考えると、周期は T = 2π√(I/k) となる。ここで T は一往復の時間〔秒〕、I はテンプの慣性モーメント〔kg·m²〕、k はひげゼンマイの角度に対する復元トルク係数〔N·m/rad〕である。復元トルクが角度に比例し、係数が一定で、摩擦や脱進機の接触を無視した説明模型である。この条件では周期は振幅に依存しない。

実機では、解放に使う仕事、給力を受ける角度、摩擦、ひげの変形、姿勢などが周期へ影響する。直接給力によって伝達経路を短くすることと、給力が周期に与える影響をなくすことは同じではない。セイコーインスツルの特許US8807827B2は、振動中心の前後で給力と抵抗がどのように作用するかを分け、振幅変化に伴う脱進機誤差を小さくする配置を検討している。11

同特許は静的な脱進機誤差を SEE = Rd − Rn と定義する。Rd は一定の振幅・トルク条件で脱進機を駆動したときの歩度、Rn はテンプが自由振動するときの歩度で、単位はいずれも秒/日である。この比較は脱進機による干渉を見分けるもので、温度や姿勢を変えた製品試験全体の成績ではない。特許中の設計目標や説明を、そのまま市販時計の測定済み性能値として扱うこともできない。11

給力は有限の角度区間で行われる。したがって「瞬間的なインパルス」という説明は、他の区間と比較して短いという意味であり、実際の接触時間がゼロであることを意味しない。デテントを動かす抵抗とガンギ車からの給力を一つの点だけの衝撃へまとめる模型では、石とばねの接触、ドロップ、戻りの遅れを別に検討する必要がある。1 3

振動数、秒針、音#

時計仕様の毎時振動数は、通常は片道の振動を数える。一往復の周波数 f〔Hz〕との関係は 毎時振動数 = 2 × f × 3600 である。したがって14,400振動/時は2Hz、18,000振動/時は2.5Hz、21,600振動/時は3Hzとなる。

ソーニエはアーンショーとブレゲの船舶用で14,400振動/時、ルイ・ベルトゥーとモーテルで18,000振動/時またはそれ以上を挙げる。高い振動数が一方的に優れるという評価ではなく、解放抵抗、デテントの質量、戻りの時機を考慮した比較である。1

典型的な一往復一給力の形では、ガンギ車の進む回数は一往復の周波数に対応する。2Hzなら一秒に二回、3Hzなら三回となる。GPHGに掲載されたUrban Jürgensenの2014年Central Secondは21,600振動/時で、秒針が三分の一秒刻みで進むと説明される。同じテンプ周波数のレバー式の時計と比べたとき、秒針の刻み方を見分ける一例となる。8

音については、ソーニエは給力を行わない戻りの半振動を dumb vibration と呼ぶ。ただし、その区間にも解放石と補助ばねの接触はある。給力回数から音の強さ、すべての可聴クリック数、周波数スペクトルまで一意に決めることはできない。秒針の前進回数、テンプの片道振動数、耳や測定器で検出する音の事象を分けて考える必要がある。1

温度、姿勢、起動、衝撃#

ひげゼンマイの復元係数とテンプの慣性モーメントが温度で変化すれば、脱進機が自由式でも周期は変わる。歴史的な温度補償はこの問題に対処するものであり、ルロワの液体を使う質量移動と、後のバイメタルの切りテンプは異なる実装である。デテントの戻しばねの性質や軸受の油も、温度と時間の影響を受ける。1 4

ピボット式ではデテント自身の釣合いが重要で、位置や加速度によって意図せず回転しないよう、重心と軸の関係を整える必要がある。ソーニエはカウンターウェイトを含む動く質量、復帰後の跳ね返り、複数姿勢での検査を扱う。ジンバルは船体の傾斜が時計の姿勢へ及ぼす影響を抑えるために使われるが、衝撃そのものをすべて取り除く装置ではない。1 2

通常のデテント脱進機には、巻き上げるだけでは停止状態から始動しない配置がある。ガンギ車が停止石に留まり、テンプが解放位置まで動かないためで、外から初期運動を与える必要がある。ソーニエはこの停止を setting として説明し、ひげゼンマイの静止位置と解放石の配置にも注意を促す。自動巻きか手巻きかという巻き上げ方式と、脱進機が自力で始動するかという問題は別である。1

衝撃による事故も一種類ではない。デテントが予定外に動いてロックが外れる場合、テンプの振幅が増えて一往復中に余計な解放が起こる場合、復帰が遅れて歯を止め損なう場合、動作を失って停止する場合を区別する必要がある。現代特許でいう anti-tripping も、具体的に何を防ぐ部品かを読むことが重要であり、安全装置が一つあればあらゆる故障を防ぐという意味ではない。1 3

具体作品と利用の広がり#

船舶用と精密懐中時計#

ルロワの1766年時計、アーノルドのNo.1/36、ライトとアーンショーに関係するNo.2228は、同じ目的を異なる構造で追求した例として比較できる。4 5 6

作品確認できる年代・資料意義と扱い上の注意
ルロワ、時計番号13951766年。国立工芸院カタログ自由脱進、ひげ、温度補償を一体で研究した現存例。後世の成熟型と構造が異なる
アーノルド、No.1/36、RMG ZBA1227金ケースのロンドン検定印1778年グリニッジの試験と1780年の公表に結びつく精密懐中時計。ケース年代と各部品の製作・改造年代を同一視しない
ライト/アーンショー、No.2228金ケースの検定印1784年、サザビーズ2016年lot 39ライト特許に沿う初期のばね式。一つのばねで停止と解放を行う特殊性が記述される

Royal Museums GreenwichのNo.1/36の解説は、1778年製作、22カラット金ケース、グリニッジでの試験、1780年の冊子での「クロノメーター」という名称の使用を説明する。この時計を取り上げる理由は、特定の試験と製品名称を追えることである。「最初の量産時計」や「すべてのクロノメーターの日差」をこの一個体から導くことはできない。6

No.2228は時計に関わる人物を分ける例でもある。文字盤のトーマス・ライト、ムーブメントのジョン・ライトの署名、アーンショーに帰される脱進機、1784年のケース検定印が記録されている。同カタログは製作者名に加え、フュゼ、切り開いたバイメタルの輪、給力ローラー、ダイヤル下の仕上げ職人の記号と日付も記す。作品の同定は有名時計師一人の署名だけで完結しない。5

デテントが使われた精密時計の利用者は、船員だけではない。ソーニエは天文学者や科学観測者の時計を挙げ、ピボット式とスプリング式の双方の歩度を評価した。他方、歩行や乗馬のような動きの多い日常使用には注意を促している。「海上で使えた」ことと「手首で同じように使える」ことの間には、支持姿勢と衝撃条件の違いがある。1

具体的な利用の長さを示すのが、ベルヴィル家の「Mr. Arnold」である。Science Museum Groupの資料番号L2015-3341、工房番号485/786のムーブメントは1794年頃とされ、現在の銀ケースの検定印は1840年である。所蔵館は脱進機が後からアーンショー式スプリング・デテントへ変更され、補償テンプも後代の形になったと説明する。ジョン・ヘンリー・ベルヴィル、未亡人、娘ルースが1834~1940年にグリニッジの時刻をロンドンの時計業者へ運ぶため使った時計で、機構の寿命を語るときにも改造と修理を区別すべき現存例となる。13

Urban JürgensenのP8と安全機構#

Urban Jürgensenが2011年5月に発表したP8は、腕時計用デテントの現代的な実装例である。当時の同社発表は、ムーブメントの開発を2003年から進め、衝撃への対策を特に課題としたと説明する。「腕時計初」という表現や他製品より優れた性能という数字は同社の主張であり、全試作品の比較や独立した試験成績の公開に代わるものではない。7

技術内容はピーター・バウムバーガーとジャン=フランソワ・モジョンの特許US7458717B2で詳しく読める。優先日は2005年9月30日、米国での登録公報は2008年12月2日で、2011年の製品発表とは別の日時である。本文の図2a~2dでは、停止石21が歯200を止め、解放石9とばね23がデテント11を動かし、隣の歯201が給力石7へ力を与え、その歯201が次の停止に使われる動作を説明する。この歯の配置は当該特許の実施例として読むべきである。3

同特許の大きな円板は、デテントの運動を制限する安全円板も兼ねる。通常のロック位置では、停止石と円板の外周の隙間を、歯に対する停止石の入り込み量より小さくする。衝撃でデテントが動こうとしても、停止石が円板に当たり、歯から抜ける前に止まる。正規の解放時だけ、円板の切り欠きが停止石へ向き、必要な運動を許す。3

小さい円板とデテント上の指状部26も、衝撃時の不用意な解放を制限する仕組みである。指状部と円板の隙間を停止石の入り込み量より小さくし、正規の解放時には円板の平らな切り欠きが運動を許す。公報は、大円板側の制限とこの制限の一方または両方を使う構成を説明する。3

過大振幅への対策は、図3の別のアンチ・トリッピング機構である。二つの位置で安定するレバー40とフォーク41が解放石9の通過によって切り替わり、必要なときにはテンプ側の円板を受け止めて、テンプが一回転を超えて余計な解放を起こすことを抑える。衝撃でデテントが動く問題と、テンプが過大に振れる問題は、説明上も区別される。3

特許の発明者欄はバウムバーガーとモジョンを挙げる。開発チームや協力者の歴史は別の資料から論じるべきで、発明者欄をそのまま参加者全員の名簿と解釈することも、欄にない人物へこの公報の発明者としての地位を与えることもできない。2014年のCentral Secondの製品説明は、P8の別の実装として21,600振動/時、72時間のパワーリザーブ、中央秒表示を記載している。3 8

MaestosoとRP1#

クリストフ・クラーレのMaestosoは、伝統的な長いピボット・デテントを腕時計へ組み込む別の方向を示す。メーカー資料ではDTC07、14,400振動/時=2Hz、円筒形ひげゼンマイ、グレード5チタンのデテント、定力機構が説明される。安全指とカム、ばねを使う衝撃吸収、過大な振幅を抑える仕組み、時刻合わせ時にテンプを止める仕組みを複合させている。これらはメーカーによる構造と仕様の説明で、独立した耐衝撃試験の結果ではない。9

定力機構を併用する意味は、デテントの直接給力と区別できる。直接給力はガンギ車からテンプまでの伝達の方法であり、香箱のトルクが巻き上げの残量に応じて変わることをそれだけでは補正しない。クラーレの説明では、別のばねを周期的に巻き直して脱進機への供給を均す。自由脱進と定力は同じ機能の別名ではない。9

ラウル・パゲスのRégulateur à détente RP1は、2022年のメーカー資料で詳しく説明される。ピボット・デテントに金のカウンターウェイトを設け、テンプ軸上の第三のローラーとデテントの嘴状部を組み合わせて、衝撃時の不用意な解放を抑える。四番車を文字盤側へ置き、裏面から脱進機の動作を見やすくする配置も特徴である。仕様は18,000振動/時=2.5Hz、テンプ直径13.30mm、47時間のパワーリザーブである。10

RP1のメーカー資料は安全装置を特許取得済みと表現するが、探索した範囲では当該特許の原公報を特定できていない。そのため仕組みと寸法は実読したメーカー資料の範囲に限り、他社の特許と同じ権利範囲であるとは推測しない。現代の採用例を比較すると、直接給力という共通原理を保ちながら、衝撃、過大振幅、釣合い、動力供給にそれぞれ異なる対策を加えていることが分かる。3 9 10

成立から現代までの年表#

構想、現物、特許、製品発表は区別して記載する。完成した一つの標準形が1748年から変わらず使われ続けたという年表ではない。

年月出来事と意味根拠
1714年英国の経度法による奨励。航海用の基準時保持をめぐる開発の背景2
1748年ルロワの自由脱進機の計画を国立工芸院カタログが記述4
1754年同カタログがルロワの航海時計計画の提出を記述4
1766年8月5日ルロワの時計をルイ15世へ提示。現存作品1395に結びつく4
1767年、1768年ルロワ時計の海上試験。1768年の航海記は1770年に刊行4
1771~1772年フロール号の航海でルロワ時計とベルトゥーNo.8を比較。時計の損傷も記録される4
1778年アーノルドNo.1/36の金ケースの検定年。グリニッジ試験に関わる現存例6
1780年No.1/36の試験成果を公表する冊子でクロノメーターの名称を使用6
1781年アーンショーがばね式の発明年として主張した年。現物カタログがその主張を紹介5
1782年、1783年アーノルドの特許、ライト名義の特許という発明競争の節目5 12
1784年No.2228のケース検定年。初期のライト特許式を比較できる現物5
18世紀末~19世紀船舶用・精密懐中時計でばね式とピボット式が発展。ソーニエは製作者別の幾何と加工を比較1
1834~1940年ベルヴィル家が時刻の運搬にNo.485/786を使用。現物は脱進機・ケース・補償テンプの変更を含む13
1887年ソーニエ英訳技術書刊行。成熟した機構、比例、製造、故障を体系的に説明1
20世紀機械式航海時計の用途は電子計時の発展とともに変化。一律の世界共通の終了年で表すことはできない2
2003年Urban Jürgensenの2011年発表が自社ムーブメント開発の開始年として記載7
2005年9月30日バウムバーガー/モジョンのデテント改良特許の優先日3
2008年12月2日US7458717B2の登録公報刊行。製品発売日とは異なる3
2010年3月10日セイコーインスツルの脱進機誤差低減に関する特許ファミリーの優先日11
2011年5月Urban Jürgensenが腕時計用P8を発表7
2014年Central Secondの製品説明が3Hz、三分の一秒刻みを記載。Maestosoにもデテントと定力の実装例8 9
2014年8月19日セイコーインスツルのUS8807827B2登録公報刊行。製品採用の証明とは区別11
2022年パゲスのRP1公式資料。ピボット式、金のカウンターウェイト、第三ローラーによる安全装置を説明10
2026年10月時点パゲスの公式サイトはRP1をピボット・デテント搭載作品として紹介している。歴史機構の現代的な製作例10

技術史上の位置と資料の限界#

デテントの意義は、テンプを長く自由に振動させながら、必要な時だけ直接給力する原理を実用時計へ組み込んだ点にある。高い歩度安定性を目指す航海時計と、衝撃を受ける携帯時計とでは設計上の条件が異なる。19世紀の技術書が使い方を限定した機構に、現代のメーカーが小型化と安全装置を加えたという連続と違いの両方を見る必要がある。1 3 9 10

性能については、同じ脱進機名を持つ時計全体へ一律の日差、耐久年数、効率、耐磁性を割り当てることはできない。補償テンプ、ひげ、動力供給、支持姿勢、加工、潤滑と調整に左右される。メーカーの「高効率」「腕時計初」などの表現、特許が掲げる目的、所蔵館の現物記述、歴史書の評価はそれぞれ性質の異なる根拠である。

18世紀の特許原図、当初の海上試験日誌の全記録、各現代製品の独立した長期性能試験までを一括して示す資料は限られる。ここでは原刊技術書、所蔵品の構造解説、現代特許の本文、メーカーの設計説明で裏付けられる範囲を扱う。原理の成立を一人の発明でまとめず、また一つの特許を製品採用の証明としないことが、この機構の歴史と実力を理解するために必要である。

参考文献#

以下の閲覧日はすべて2026年10月12日。

  1. Claudius Saunier, A Treatise on Modern Horology in Theory and Practice, 英訳第2版1887年、Tripplin / Rigg訳、pp.474–514「Detent or Chronometer Escapement」、§§800–880。原刊本の抜粋PDF。歴史的帰属は19世紀の技術史記述、構造と製作は当時の技術解説として使用。本文PDF、第2版の書誌と目次

2. THE SEIKO MUSEUM GINZA, “Escapement for the Marine Chronometer”。経度問題、航海時計、自由脱進と潤滑の概要。メーカー系博物館による解説。公式解説

3. Peter Baumberger / Jean-François Mojon, “Detent escapement for timepiece”, US7458717B2、2008年12月2日。優先日2005年9月30日。Description、図1・2a~2d・3・4a/4b、Claims。特許の設計と製品性能を区別。公報本文

4. Conservatoire national des arts et métiers, Catalogue du musée. Section JB, Horlogerie, 1949年、pp.247–250、時計1395「Chronomètre de Pierre Le Roy (1766)」。フランス語の所蔵品構造と来歴説明。Cnum本文

5. Sotheby’s, “Thomas Wright and Thomas Earnshaw, London”, John Harrison’s Enduring Discovery, 2016年、lot 39、No.2228。DescriptionとCatalogue Note。現物記述と歴史的解釈を区別。作品カタログ

6. Royal Museums Greenwich, “36”, ZBA1227、1778年、および “John Arnold’s pocket chronometer no. 1/36”, 画像番号D8566。ケース、試験、1780年公表の説明。所蔵品、所蔵館の作品解説

7. Urban Jürgensen & Sønner, “First wristwatch with « detent escapement »”, 2011年5月。Europa Star掲載、Source欄にメーカー名。開発開始年と発表時期の当事者資料。メーカー発表転載

8. GPHG, “Urban Jürgensen & Sonner, Central Second”, 2014年、Ref 11 C SC R。応募製品の仕様・説明。製品記録

9. Christophe Claret SA, “Maestoso — Traditional pivoted detent escapement with constant force”, 2014年、pp.1–4。メーカー原資料をNew Atlasが収蔵。DTC07の構造と仕様の当事者説明。メーカー資料PDF

10. Raúl Pagès, “Régulateur à détente RP1”, 2022年、pp.3–4、技術仕様欄。構造・配置・寸法・性能仕様はメーカーの説明。公式資料PDF、現在の公式作品紹介

11. Masayuki Koda / Hiroki Uchiyama / Takashi Niwa, Seiko Instruments Inc., “Detent escapement and mechanical timepiece”, US8807827B2、2014年8月19日、優先日2010年3月10日。Summary of Invention、脱進機誤差の定義、図20~22。設計目的と測定条件の説明に使用。公報本文

12. Sotheby’s, Important Watches Part I, 2023年、印刷p.112(PDF第58頁)、lot 79、John Arnold & Son No.99解説。1782年5月2日の特許No.1328と、1786年検定印の時計を記載。特許原明細書そのものではない。作品カタログPDF

13. Science Museum Group, “Spring detent watch by John Arnold, used by Ruth Bellville and family to distribute GMT c.1834–1940”, L2015-3341 / Clockmakers’ Museum No.429。No.485/786の現物構成、改造、時刻運搬の利用記録。所蔵品解説