ディプレイドスコープ#
ディプレイドスコープ(dipleidoscope)は、太陽などの天体が観測地の子午線を通る瞬間を、二つの反射像が重なることで知らせる光学器械である。19世紀の時計師や時計の使用者は、その瞬間の時計の表示を記録し、天文表と比べて時計の進み遅れを調べた。時計そのものを動かす機構ではなく、時計を外部の天体運動と比較するための道具である。1
なぜ太陽を見るのか#
機械時計は運転を続けるうちに基準時刻からずれる。天体の子午線通過を観測すれば、外部の基準と時計を比較できる。子午線は観測地の南北と天頂を通る面であり、太陽の通過はその場所の視太陽時の正午にあたる。ただし、毎日の正午を一定の長さの一日で刻む平均太陽時の12時とは限らない。両者の差は季節によって変わり、均時差の表を使って換算する。1
時計師エドワード・ジョン・デントは1845年の説明書で、天文台から離れた時計師や地方の利用者にも観測を容易にする器械として紹介した。太陽だけでなく恒星の子午線通過にも使えると述べたが、同書の具体的な操作説明は太陽に限られる。1
二つの像が重なる仕組み#
典型的な器械は、透明な平面ガラスと、その内側で角度をなす二枚の平面鏡を組み合わせる。太陽光の一部は前面ガラスで一度反射し、別の一部はガラスを通って二枚の鏡で続けて反射して戻る。観測者には同じ太陽の像が二つ見える。太陽が空を移動すると、一度反射した像と二度反射した像は互いに近づき、重なった後、再び離れる。子午線に正しく設置されていれば、その一致が通過を示す。12

図:デントの1845年の説明書にある反射光路。図の作成者は記載なし、著書はエドワード・J・デント。出典:Wellcome Collection、パブリックドメインの根拠:Commons。原資料の該当図を切り出した。
1846年のカール・アウグスト・フォン・シュタインハイルによる説明では、二枚の鏡のなす角は60度で、前面ガラスと合わせて三角形の配置を作る。反射像の一致は器械の向きに依存するため、単に二つの像が重なっただけでは正午の証明にならない。子午線と鉛直を正しく合わせたことが前提になる。2
設置と観測#
デントは安定した水平な台に器械を置き、正しく合わせたクロノメーターとその日の均時差を用いて、太陽像が子午線通過時に重なるよう向きを調整する方法を説明した。さらに前方につるした下げ振りの二重像を使って傾きを点検し、必要なら薄い金属片を台の下に入れて修正する。傾いたままでは、季節によって太陽の高度が変化したときに時刻の指示も変わってしまう。1
設置後の観測では、二つの太陽像の縁が初めて接する時、像全体が重なる時、通過後に縁が離れる時の三つを時計で記録する。説明書の例では1843年10月2日の接触と離脱が11時48分25.5秒と11時50分34.7秒で、その平均は11時49分30.1秒となり、中央の一致時刻と合う。雲で一方しか観測できなければ、太陽の半径が通過する時間の表を使って一致時刻を推定する。デント自身は、完全な重なりの瞬間よりも縁の接触と離脱を判定しやすいと述べている。1
太陽を直接見たり、望遠鏡で見たりしてはいけない。 当時の説明書にあるすすを付けたガラスは歴史的な方法であり、現代の安全な観測方法として採用できることを示すものではない。
時刻への換算と限界#
器械が直接示すのは、その場所で太陽が子午線を通る瞬間である。例えばある時計が地方の平均時を表示するなら、その日に現地の視太陽時の正午が平均時の何時何分になるかを均時差表で求め、観測時の時計表示と比較する。標準時と比較する場合は経度差や採用する時刻系も考慮する。デントは、グリニッジより東のドーバーの地方時が約5分16秒進む例を挙げた。1
シュタインハイルは、一回反射の像が暗いため暗い恒星には不向きで、初心者には像を見つけることも難しいと指摘した。2 天候で太陽が隠れれば観測できず、設置の向きや水平、観測者による像の判定、時計の読み取りにも誤差が入る。デントは説明書で1秒未満まで求められると主張したが、それは製作者の主張であって、すべての個体と環境で保証された精度ではない。ケンブリッジ大学ウィップル科学史博物館は所蔵器について10秒以内という説明を付けているが、これも個別の校正試験結果とは区別して読む必要がある。13
発明と実物#
デントの後書きによれば、彼は1840年に影を使う子午線観測器を考え、ジェームズ・マッケンジー・ブロクサムに話した。ブロクサムは単反射と二重反射を利用する別の構想を既に持っていた。デントはその光学的な方法を採用して製作を引き受け、約2年の開発を経て販売したという。デントの記述では、特許はブロクサム名義で取得され、権利はデントに移された。特許明細書の一次資料は探索したが確認できず、この経緯はデントの説明と後年の解説に基づく。15
ウィップル博物館の約1845年の所蔵品は、酸化処理された真鍮とガラスででき、三本の水平調整ねじを備える。光学部を地軸に平行な軸の周りに回し、歯車を介して文字盤を動かす構造もある。現存品は針が失われ、ガラスに亀裂がある。これは単純な固定式だけでなく、時計形の指示部を組み合わせた実物が作られたことを示す。3
ロンドンのサイエンス・ミュージアム・グループにも、1870~1890年製とされる時計形文字盤付きのデント社製器械が残る。真鍮とガラスで作られ、機械時計を点検するための正午の決定に用いられたと記録される。4
年表#
- 1840年:デントは自身の影を用いる構想をブロクサムに伝えたと回想する。1
- 1843年:ブロクサム名義で特許が取得されたと後年の解説に記される。デントの器械はこの頃に販売された。15
- 1845年:デントの説明書第4版が刊行され、設置・観測・均時差表が示された。1
- 1846年:シュタインハイルがドイツ語で光学的な構成と調整方法を説明した。2
- 1870~1890年頃:デント社製の文字盤付き器械が作られたと博物館は記録している。4
- 1928年:C. V. Boysは中空の器械を踏まえた固体プリズムの利用を報告し、光学測定や天文器械への応用を論じた。6
参考文献#
1. Edward J. Dent, A Description of the Dipleidoscope, 第4版、1845年、pp. 6–19、24。Wellcome Collection(閲覧日:2026年10月28日)。
2. C. A. Steinheil, “Ueber Beobachtungsmittel zur Erkennung des Ganges der Uhren, insbesondere über das Passage-Prisma”, Polytechnisches Journal, 1846年。本文(閲覧日:2026年10月28日)。
3. Whipple Museum of the History of Science, “Dipleidoscope meridian instrument”, accession no. 1314。所蔵記録(閲覧日:2026年10月28日)。
4. Science Museum Group, “Dipleidoscope with mechanical clock dial, British 1870–1890”, object no. 1917-98。所蔵記録(閲覧日:2026年10月28日)。
5. Orwell Astronomical Society, “The Dipleidoscope: A Solid State Transit Instrument”, Newsletter, 2012年4月。PDF(閲覧日:2026年10月28日)。
6. “Societies and Academies”, Nature, vol. 121, pp. 1040–1044, 1928年6月30日。記事(閲覧日:2026年10月28日)。