フュジー機構

フュジー機構

フュジー機構とは何か#

フュジー(英語 fusee、フランス語 fusée、ドイツ語 Schnecke)は、主ゼンマイがほどけるにつれて変わる駆動トルクを、作用半径の変化で補償する時計の動力伝達装置です。螺旋溝を持つ円錐状の部品と主ゼンマイを収めた香箱を、紐または鎖でつなぎます。日本語では鎖引き装置とも呼ばれますが、ガット紐を使う歴史的な形式もフュジーに含まれます。輪列を駆動する大歯車はフュジー側にあり、歯付き香箱から輪列を直接駆動するゴーイング・バレルとは構成が異なります。12

主ゼンマイの強さが変わると、脱進機へ届く力とテンプの振幅が変わり、調速系の性質によって歩度も変わります。フュジーの役割はその入力条件を揃えることです。テンプとひげゼンマイの等時性、温度変化、姿勢差、脱進機の摩擦をすべて解消する装置ではありません。特にひげゼンマイを持たない初期のヴァージ時計では、駆動力の変化が振動周期に強く影響し、動力を均す意義が大きかったことが時計史の研究で説明されています。3

原理、巻上げ、維持装置#

変わる半径と変わらない出力#

通常の作動中、香箱の軸は固定され、主ゼンマイの外端が香箱を回します。香箱が鎖を巻き取り、鎖に引かれたフュジーが大歯車と輪列を駆動します。巻上げ直後、鎖がフュジーから離れる位置は細い側です。ほどけるにつれて接触位置が太い側へ進み、弱くなる鎖の張力に対して腕の長さが増します。巻上げではこの移動を逆にし、フュジーを回して香箱から鎖を引き出し、主ゼンマイを締めます。鎖が全巻き時にフュジーへ、作動中に香箱へ移ることと、鎖の離れる位置が細い側から太い側へ移ることを区別すると、動作を追いやすくなります。12

力学的には、鎖が各部へ接線方向に作用し、摩擦と鎖の慣性を無視する準静的な模型で、次の関係になります。\( M_b \) は香箱から出るトルク、\( R_b \) は香箱での鎖の有効半径、\( F \) は張力、\( r \) はフュジー側の有効半径、\( M_f \) はフュジーの出力トルクです。トルクの単位は N·m、力は N、長さは m です。フュジーの回転に対する張力と腕の積という原理は、1757年の『百科全書』と現代の解析で共通しています。24

\[ F=\frac{M_b}{R_b},\qquad M_f=Fr=M_b\frac{r}{R_b}. \]

したがって目標出力 \( M_0 \) に対し、

\[ r=\frac{M_0R_b}{M_b} \]

となるよう半径を変えれば、模型上の出力を一定にできます。例えば香箱のトルクが半分に下がり、香箱の有効半径が同じなら、フュジーの作用半径を2倍にする必要があります。この比率は説明のための模型であり、特定の時計の実測値ではありません。実物では鎖の厚さ、張力の方向、軸受の摩擦などが関わり、香箱の有効半径や損失を一定とみなせる範囲に限ってこの式を用います。14

半径を大きくしても、ゼンマイに蓄えたエネルギーは増えません。理想的な伝達では、鎖の移動速度を介して両軸の角速度も変わり、トルクと角速度の積である動力は保存されます。フュジーは歯車列の固定した歯数比を変えるのではなく、鎖が作用する半径によって香箱とフュジーの間の伝達比を連続的に変えます。輪列で生じる摩擦変動はその下流に残るため、フュジーの出力が安定しても脱進機に届く力が完全に一定になるとは限りません。13

形状は主ゼンマイの特性に合わせる#

フュジーは円錐状ですが、その側面を必ず直線、あるいは必ず双曲線にすればよいわけではありません。必要な形状は主ゼンマイの出力特性、使用する巻数、溝の配置に依存します。David Glasgowは1885年の技術書で、やや凹んだ円錐と調整可能な寸法例を示しつつ、溝の回数や主ゼンマイのテーパーが変わるので、すべてに有用な一つの規則は立てられないと述べています。1

Richard Palmaccioの2018年の解析は、張力が時間に対して直線的に減り、鎖の接触高さも時間に対して直線的に移ると仮定し、トルクを一定にする断面が双曲線になることを導いています。これは指定した高さ、張力、運転時間による数理例です。実在するフュジーを測定して全製品の形を実証した研究ではありません。張力と高さの関係が変われば、同じ \( Fr=M_0 \) から得られる曲線も変わります。4

理論と実作の違いは古くから認識されていました。『百科全書』は、Varignonが1702年の王立科学アカデミー紀要で形状を論じたことを紹介する一方、鋼の性質と加工のばらつきがあるため、実際のばねと重りを使うレバーで各位置の力を比較する方が確かだと説明しています。フュジーは幾何学的な部品であると同時に、特定の主ゼンマイと組み合わせて仕上げる調整部品でした。2

巻上げ中の維持装置#

フュジーを逆向きに回して巻き上げると、そのままでは輪列への駆動が途切れます。ラチェットと爪で大歯車を逆回転させないようにすることと、巻上げ中も輪列を動かすことは別の問題です。後者を担うのがメンテイニング・パワー、すなわち巻上げ中の維持装置です。12

ハリソン式では、通常作動中に主ゼンマイからの力で補助ばねを締め、そのばねを介して大歯車を駆動します。巻上げに入るとラチェットと固定爪がばねの支持側を逆転から守り、補助ばねが解けて大歯車を進めます。巻上げが終わると、主ゼンマイからの駆動で補助ばねを再び締めます。Rupert T. GouldはH1の機構を図13でこのように説明しており、Harrison以前にもThackerによる別形式の維持装置があったことを記しています。維持装置一般の発明とハリソン式の構造を同一視できません。3

Glasgowの懐中時計用の分解図では、大歯車の溝に維持ばねを収め、ばね端のピンの移動量を長穴で制限します。補助ばねは主ゼンマイより弱く、巻上げ中に輪列を動かす時間はこの可動範囲に依存します。現代のA.ランゲ&ゾーネはフュジー内の遊星歯車で巻上げ中も動力を伝えると説明しています。したがって、古典的なラチェット・補助ばね式と、現代の遊星歯車式を一つの構造として説明することはできません。15

過巻き防止と使用範囲#

フュジーの止め装置は、鎖が細い端へ巻かれる最終段階で巻上げを止め、鎖の過大な張力や溝からの脱落を防ぎます。Glasgowが示す形式では、最後の鎖の一巻きが鋼の止め片を押し、フュジー上端の鉤と係合します。止め片の長さ、接触方向、ばねの動きが不適切だと鉤がすり抜け、鎖を切る原因になるという、具体的な製作上の注意も記されています。1

主ゼンマイの巻き始めとほどけ切る直前は、補償しやすい中間域と同じ挙動を示すとは限りません。古典の『百科全書』も、ばねの両端の巻数を避けて使用することを説明しており、フュジーと使用巻数の制限は両立する工夫です。止め装置は定力を作る曲面とは別の役割を持ちます。また両方向に鍵を回して巻ける特殊な形式は、同書に montre à l’ivrogne の名で記載されていますが、通常の片方向巻上げと区別されます。2

成立と普及#

発明者不明の機構と現存例#

フュジーの発明者は確定していません。1757年の『百科全書』にも、古い発明であるが作者は知られていないと書かれています。図面に描かれた原理、現存する時計、年銘のある部品、ある時計師の最初の作品は、それぞれ異なる種類の証拠です。2

ニュルンベルクのGermanisches Nationalmuseumが所蔵する、フィリップ善良公の紋章を持つブルゴーニュの置時計HG9771は、15世紀前半のばね動力時計の重要な現存例です。博物館の来歴記録は1430年頃とし、19世紀初頭以前の所有履歴に空白があること、かつて真贋論争が起きたこと、1960~70年代の調査を経てその疑義が退けられたことを説明しています。Dietrich Matthesによる2015年の現物・史料研究は、そのムーブメントをフュジーと香箱を持つ例として図示しています。推定年代の時計を、1430年という発明年の証明にすることはできません。67

年銘についてはMatthesが、ミュンヘンのBayerisches Nationalmuseumにある「G.M.C.S. 1509」の銘を持つフュジー時計のムーブメント断片を紹介しています。Jacob Zechの1525年の置時計は、製作者・年銘を持つ別の重要例であり、Society of Antiquaries of Londonの収蔵方針書に、鍍金した真鍮の天文・占星術時計として記載されています。ポーランド王Sigismund IとBona王妃などの紋章があり、王妃への贈物であった可能性が示されています。同書の「最古」という評価は、より早い現物や断片の研究と対象範囲が一致しないため、Zechを1525年の発明者、またはその作品を無条件の最古とする根拠にはできません。78

15世紀には図像資料にもばねとフュジーが現れます。Matthesは1477年頃のAlmanus写本や、15世紀後半の『Horologium Sapientiae』の挿絵を挙げています。Lynn Whiteは1962年の技術史で、1405年頃のKonrad Kyeser『Bellifortis』のクロスボウ巻上げ用円錐軸を先行する発想として論じています。これは軍事機械の説明であり、同年に時計用フュジーが発明されたことや、時計師へ直接伝わった経路を確定するものではありません。79

スタックフリード、紐、鎖#

16世紀のドイツ時計には、カムへばねを押し当てて動力の不均一を補うスタックフリードも使われました。フュジーに比べて高さを抑えられる点は、小さな時計の設計上の利点です。Matthesは1533年の置時計の上部にあるアラーム機構の例を調査し、その置時計の走時輪列はフュジーであると説明しています。二つの方式は同時代に存在し、一つの時計の別の輪列に使われることもあったため、単純に「劣った方式が直ちに消えた」と整理することはできません。7

動力を伝える紐には動物の腸を加工したガットが使われ、金属の鎖は小さなリンクとピンを結んで、曲がることと張力に耐えることを両立させます。金属鎖への移行を理解する際には、製作時の状態と後世の交換を区別する必要があります。例えば1525年のZech時計について、19世紀の調査記録は、もとはガットであったと推定し、後の鎖がフュジーを擦ったという観察を残しています。現存時計の鎖だけから、製作年に金属鎖が使われたと結論することはできません。10

Pierre Duboisの1858年の時計史は、湿度で状態が変わるガットの代替となった鋼の鎖を、ジュネーブの時計師Gruetに帰しています。ただしこの箇所には製作年や同時代の特許・工房記録が示されていません。後世の歴史家による帰属として扱い、鋼鎖の全作品の初使用を一人の発明年で断定することは避けられます。25

調速系の進歩と直動香箱#

振り子とひげゼンマイの導入は、駆動力の変化と時計の歩度の関係を変えました。ただし駆動力への感度は脱進機、振幅、ばねの調整に左右されます。1757年の『百科全書』は、イギリスではばね駆動の振り子時計にフュジーを用いる一方、フランスでは長い主ゼンマイの比較的均一な巻数と脱進機の設計を利用して省くと説明しています。振り子の登場後に、すべての定置時計から一斉に消えたわけではありません。23

ゴーイング・バレルは、香箱の歯を輪列へ直接つなぐことでフュジーと鎖を省く方式です。長い主ゼンマイの中間部分を利用する方法と組み合わせれば、出力変化を小さくできます。薄型化、部品点数、価格、巻上げ中の駆動に関わる利点があり、懐中時計で広まりました。GouldはHenry Sullyの18世紀前半の海上時計にもこの方式があったことを示しており、その原理全体を1760年のLépineの単独発明として扱うことはできません。3

一方で19世紀後半にも、Glasgowの教科書がフュジー、止め装置、鍵なし巻上げの構成を詳しく教え、1893年のSaunierの手引きは高級時計と航海クロノメーターで保持された利点を述べています。地域・用途・価格帯によって採否が違い、移行を一つの年で区切るのは適切ではありません。主ゼンマイの利用範囲を制限することも19世紀以前から説明されており、20世紀に初めてフュジーの代替として現れた工夫ではありません。1211

製作、調整、性能の限界#

溝を切る工具と組立#

フュジーの製作では、側面の形を旋削し、鎖を収める螺旋溝を切り、軸、歯車、止め装置と組み合わせます。Glasgowが示す19世紀の形式では本体は真鍮、軸や爪、維持装置の一部は鋼です。材料と構造は時代や作品で異なるため、この形式を15世紀から現代までの共通仕様にはできません。1

専用のフュジー切削機は、部品の回転と刃物の送りを結び付け、溝のピッチを作ります。アメリカのDominy家の工房に残る目録で1760~1835年に位置づけられる工具は、フュジーや巻上げ香箱の溝と金属ねじの加工を兼ねるものです。Winterthur Museumの解説によれば、鉄の枠を万力に固定し、送りねじに沿って刃物を自動的に移動させ、歯数比で切るピッチを変えます。力の補償曲線を作ることと、鎖を整列して収める溝を切ることは、関連する別の加工課題です。12

現在の小型鎖にも、機械加工と手組立の両方が必要です。A.ランゲ&ゾーネが2017年に公表したTourbograph Perpetual「Pour le Mérite」の鎖は、長さ15cm、幅0.5mm、質量0.12gで、636個のピン、リンク、鉤から成ります。これは636個の完成リンクという意味ではありません。メーカーは放電加工機と自動旋盤で千分の一mm単位の公差へ加工し、職人が手で組み立てると説明しています。重なるリンクをリベットでつなぎ、両端の鉤を香箱とフュジーへ掛け、引張試験後に組み込みます。2kgの荷重を持ち上げられるという値も同社の説明であり、すべての鎖の強度規格ではありません。5

この鎖では表面の直線状の仕上げにも、ピンとリンクの結合を安定させる技術的な役割があると説明されています。また鎖の途中の止めリベットが、主ゼンマイを完全に締める前に巻上げを止めます。表面装飾、節の可動性、端部の接続、張力制限を別々に検査する必要があることを示す、具体的な現代の製作例です。5

主ゼンマイとの適合#

Saunierの1893年の手引きは、香箱とフュジーを実際の枠へ組み、フュジー軸の角に重り付きレバーを取り付けて出力を比較する方法を説明します。巻上げた状態で重りを動かして釣り合わせ、半回転ずつ戻した各位置でも平衡を保つかを調べます。偏りがあれば曲面の適合を確認しますが、僅かな差なら主ゼンマイの予備巻きや交換ばねの選択で改善でき、必ずフュジーを削り直すわけではないと注意しています。11

したがって主ゼンマイ交換時の要点は、長さや厚さが収まることだけでなく、使用範囲の出力がフュジーと合うかを確認することです。古典の調整方法は、実ばねの特性を測る意味を示しています。理論上の形状が適切でも、ばねの個体差、接続、溝と鎖の関係が変われば、装置全体の結果は変わります。111

鎖の節は自由に曲がり、しかも横に傾いて溝から外れないことが必要です。Saunierは鎖の柔軟性、錆、清掃、鉤のリベット端を直角に仕上げることを独立した作業項目にしています。リベットが曲がると鎖が香箱上に正しく収まらず、固定も不十分になるという説明です。これらは当時の整備記録として、単に「細い鎖を作る」という説明より具体的に、組立と動力伝達の関係を示しています。11

摩擦、摩耗、精度#

鎖の張力はフュジー軸受にも横荷重を与えます。Glasgowは、香箱とフュジーの配置によって、鎖の引張力と歯車の噛合い力が同じ側へ作用して軸受の負担を増す問題を論じています。反対配置では力の作用を変えられる一方、鎖と止め装置の組立が難しくなると指摘します。軸穴の長さ、鍵穴から入る埃と湿気、油の保持も摩耗に関わります。これは1885年の英国懐中時計をめぐる具体的な設計・整備上の論点です。1

フュジーは大きさ、鎖の細さ、回転部品、維持装置という追加の負担を伴います。止め装置の失敗や鎖の切断は停止や損傷につながり得ます。また定力化の効果を評価するには、同じ時計について巻きほどきに伴うトルク、テンプ振幅、歩度を測る必要があります。異なる時代の時計の日差を並べ、改善量をフュジー一つの効果に帰することはできません。Gouldもフュジーと直動香箱を、調整、空間、費用、維持装置の必要性という複数の観点で比較しています。13

航海時計と現代作品#

航海クロノメーター#

航海では基準地点の時刻を運ぶことで、天体観測から得た現地時刻との比較が可能になります。この時計には、長期間の歩度の安定、温度補償、船の動揺への対策が必要で、フュジーは動力の変動を減らす一つの要素でした。ハリソンのH1は二つの主ゼンマイから中央のフュジーを駆動し、維持装置を持ちます。H2はRoyal Museums Greenwichの現物記録で1737~1739年の製作とされ、さらに動力を均すレムントワールを備えます。H4でもフュジーにハリソン式維持装置が収められました。313

H4の主ゼンマイは、一般的な回る香箱の説明とは異なる「固定香箱(resting barrel)」に収められています。外端を固定容器へ取り付け、内端の軸が鎖を巻く別の香箱を回します。固定容器の位置を変えて予備張力を調整し、ラチェットと爪で保持する構造です。Gouldは鎖の横荷重に対して回転部を支持しやすい点を説明しています。フュジーという共通名称を使っていても、主ゼンマイのどちらの端を通じて動力を取り出すかまで同一とは限りません。3

フュジーが海上時計の唯一の方式であったわけではありません。GouldはPierre Le Roy、Ferdinand Berthoud、Breguetらの直動香箱式を記述し、Breguetによる複数香箱の例も示しています。同書刊行時の1923年には、箱型クロノメーターではフュジーがなお有力である一方、空間の制約が大きい時計では直動香箱が優位だったと説明しています。3

20世紀の量産・軍用の具体例としてHamilton Model 21があります。The Mariners’ Museumの1946年頃の部品展示板CL3290には、メーカーが提供した香箱とフュジー、テンプ、ひげゼンマイ、デテントが残り、説明札には鎖が細い径から太い径へ移って主ゼンマイの力を補償する原理が記されています。ここでもフュジー、温度に対応する調速系、脱進機を組み合わせた時計として理解する必要があります。14

腕時計での小型化#

1994年のA.ランゲ&ゾーネTourbillon「Pour le Mérite」は、メーカーが腕時計で初めてトゥールビヨンとフュジー&チェーンを組み合わせたと説明する作品です。歴史的な箱型時計の構成を、そのまま縮尺変更するだけではなく、鎖、停止装置、巻上げ中の伝達を小さなムーブメントへ収める設計課題がありました。2017年の同社製作資料は、鎖の寸法と加工、遊星歯車、組立検査を具体的に示しています。515

Breguet Tradition Tourbillon 7047は、文字盤側にトゥールビヨン、香箱、フュジーと鎖を見せる手巻き時計です。現行メーカー資料はcalibre 569、ケース径41mm、輪列へ伝わるトルクを均す狙いを記し、10時位置の動力残量表示については香箱上の表示を可能にする減速差動機構の出願と説明しています。この表示の特許に関する記述を、フュジーの原理全体の特許と取り違えてはいけません。16

Zenithは2015年のAcademy Georges Favre-Jacotに手巻きのEl Primero 4810とフュジー&チェーンを採用しました。2019年のDefy Fusée Tourbillonの公式仕様には、575部品の鎖、5Hzのcalibre 4805 SK、約50時間の動力持続時間が記されています。これらの数字は個別製品の仕様です。高振動数と定力伝達を同じ時計に実装した例であることと、他方式に対する精度の優位が測定されたことは別です。1718

Logical Oneの平面カムと特許#

2013年のRomain Gauthier Logical Oneは、背の高い円錐フュジーの代わりに、ゆっくり回る平面のスネイル・カムを用います。メーカーの発表資料は、鎖を同じ高さで短くつなぎ、節を大きくできる構成、合成ルビーを用いた鎖、9時位置の押しボタン巻上げを説明しています。香箱内のサファイア板は主ゼンマイと接する面の摩擦を抑えるためであり、鎖が曲がる場所の摩擦対策とは別です。資料の性能向上は開発者の説明として読む必要があります。19

Romain Gauthierを発明者とするCH706209B1は2012年3月7日出願、2016年6月30日公開の公報です。本文と請求項1は、香箱の後に減速系、可変半径のカムと一回転未満で巻き付く柔軟な伝達要素、その後に増速系を置く構成を示します。鎖のCH706205A2は同じ2012年3月7日の別出願で、2013年9月13日に公開されています。請求項1は軸端の圧入キャップによる連結部の横滑り制限、従属請求項4~5は軸上のローラーとルビー・セラミック・サファイアを扱います。公報上の実施形態と、Logical Oneの製品資料で確認できる採用内容は分けて捉えられます。2021

懸架構造とレムントワールとの併用#

現代のFerdinand Berthoud FB 1.2は、逆向きに配置したフュジーと香箱を懸架する構成を採ります。メーカーは3Hz、53時間の動力持続時間、285mmの鎖とCOSC認証を仕様として示します。関連するWO2015063337A2は2013年11月4日優先、2014年11月4日出願、2015年5月7日公開の出願公報で、片端を枠へ固定する支持軸と、その軸の周りで回るフュジーを請求項1に記述します。本文には巻上げ中の伝達を保つ差動機構もありますが、公報だけから製品内部の全寸法やすべての実施形態の採用は判断できません。2223

フュジーとレムントワール・デガリテは、相互排他的な選択肢ではありません。フュジーは主ゼンマイの出力変化を半径で補償し、レムントワールは輪列の下流で少量のエネルギーを周期的に蓄え直します。2020年のFB 2REと2024年のFB RESは両方を組み合わせたメーカーの実装例です。FB RESの説明では、補助ばねの充放出周期は1秒で、秒針の一秒刻みとも結び付いています。これを巻上げ中だけ作動する維持装置と混同すると、三つの機構の役割が見えなくなります。24

現在のフュジーは、歴史的機構の保存と再現、鎖の加工、組立、表示を含む設計の実例として重要です。メーカーが述べる定力化の狙いと、認証や個別測定で確認できる時計全体の性能を分けて評価することで、古い原理が現代にどう実装されているかを具体的に理解できます。52224

年表#

年代資料で確認できる出来事
1405年頃Whiteの技術史が『Bellifortis』のクロスボウ用円錐軸を先行例として論じる。時計への直接の伝播を示す記録とは区別。9
1430年頃ブルゴーニュの置時計HG9771。推定年代のばね時計で、フュジーを持つ現存例。67
1477年頃MatthesがAlmanus写本のばね・フュジー図を紹介。7
1509年「G.M.C.S. 1509」の年銘を持つフュジー時計のムーブメント断片。7
1525年Jacob Zechの年銘付き置時計。発明年とは区別。810
1533年置時計のアラームにスタックフリード、走時輪列にフュジーを用いる現存例。7
1702年『百科全書』がVarignonによるフュジー形状の研究を同年紀要p.198に遡って紹介。2
18世紀前半Sullyが直動香箱とレムントワールを海上時計に試す。3
1730年代HarrisonのH1がフュジーと維持装置を使用。H2は1737~1739年製作。313
1757年『百科全書』が原理、形状の実調整、巻数制限、止め装置、切削機を記述。2
1885年Glasgowが英国のフュジー時計の構造・摩耗・製作を教科書で説明。1
1893年Saunierの英語版手引きが、レバーによるばねとの適合調整と鎖の整備を掲載。11
1923年Gouldが航海時計史とフュジー・直動香箱の競合を整理。3
1946年頃Hamilton Model 21の部品展示板に香箱・フュジーと原理のメーカー説明が残る。14
1994年LangeがTourbillon「Pour le Mérite」を発表。15
2012年3月Gauthierのカム伝達と鎖構造の二つの出願。2021
2013年Logical One発表。鎖のCH706205A2公開。1921
2015年Zenith Academy Georges Favre-Jacot。Ferdinand Berthoudの懸架フュジー出願公報公開。1723
2016年6月CH706209B1公開。20
2017年12月Langeが636部品の鎖の寸法・加工・組立を公表。5
2019年Zenith Defy Fusée Tourbillonの公式仕様。18
2020年FB 2REがフュジーと一秒レムントワールを併用。24
2024年4月FB RESが同じ二段階の定力化を可視化する構成を発表。24

参考文献#

以下の資料の閲覧日は2026年10月13日です。古典の製作指示、現物保管者の記録、メーカーの製品・性能説明、公報の記述を区別しています。

  1. David Glasgow, Watch and Clock Making, 1885, 第VI章pp.63–70、図4~6。原本。フュジー、維持ばね、止め装置、配置と軸受の摩耗。

  2. 『L’Encyclopédie』第1版、1757年、「Fusée (Horlogerie)」「Fusée (Machine à tailler les)」。フランス語転写。当時の技術記述。同書の発明国に関する説明は推測を含む。

  3. Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, 1923, pp.23、37–38、43–44、50–53、212–213。原本。歴史研究と構造図。

  4. Richard Palmaccio, The Fusee Mechanism, 2018年12月7日掲載、Problem、Solution、式1~7。著者公開本文。仮定を置いた数理例。

  5. A. Lange & Söhne, “Chain production”, 2017年12月20日。公式製作資料。Tourbograph Perpetualの鎖と組立。

  6. Germanisches Nationalmuseum, “Standuhr mit Wappen Philipps des Guten von Burgund, um 1430 (HG 9771)”。来歴研究記録。推定年代、所有履歴、真贋研究史。

  7. Dietrich Matthes, “A watch by Peter Henlein in London?”, Antiquarian Horology 36(2), 2015年6月、pp.183–185、図1~5と注3~9。公開論文PDF。現物と史料の調査。レオナルドの図の実用化は確定しない。

  8. Society of Antiquaries of London, Development Policy for Museum Collections at Burlington House and Kelmscott Manor, 2023年12月14日承認、Appendix A、Horology。所蔵者資料PDF。Zech時計の同定。「最古」の範囲は他の研究と一致しない。

  9. Lynn White, Jr., Medieval Technology and Social Change, 1962, p.128、注3~4、p.175の注。原著PDF。軍事機械の先行例についての歴史家の解釈。

  10. William Henry Smyth, A Description of the Astrological Clock Belonging to the Society of Antiquaries, 1848、Peckettの書付と銘文の再録。原本。ガットから鎖への変更についての観察・推定。

  11. Claudius Saunier, The Watchmakers’ Hand Book, 英語版1893, §§528–532、pp.432–435、図246。全文。ばね選択、レバー調整、鎖とリベット。

  12. Winterthur Museum, Dominy Collections, “Cutter”。工具解説。Nathaniel Dominy IV(製作者または購入者)、Felix Dominy(使用者)、1760~1835年、資料番号1957.0026.410。

  13. Royal Museums Greenwich, “H2”, ZAA0035。現物記録。1737~1739年の製作とレムントワール。

  14. The Mariners’ Museum, “Panel of Marine Chronometer Parts”, CL3290、1946年頃。展示資料記録。Hamilton Model 21の部品と当時の説明札。

  15. A. Lange & Söhne, “71 Masterpieces”, 2023。公式回顧。1994年のTourbillon「Pour le Mérite」とメーカーによる初採用評価。

  16. Montres Breguet, “Tradition Tourbillon 7047”, 7047BR/R9/9ZU。現行公式製品資料。機構と動力残量表示。

  17. Fondation Haute Horlogerie, “Academy Georges Favre-Jacot”, Zenithの150周年製品記録。英語版、フランス語版。calibre 4810と鎖引き装置、150周年の文脈。

  18. Zenith, “Defy Fusee Tourbillon Limited Edition 10”, 2019、ref.40.9000.4805/75.R582。公式仕様PDF。鎖の部品数、振動数、動力持続時間。

  19. Montres Romain Gauthier, Logical One — Constant force for the 21st century, 2013年発表資料、pp.1–5、7–8。メーカー資料の販売店保存版PDF。カム、ルビー鎖、サファイア板、押しボタン巻上げ。

  20. Romain Gauthier / Montres Romain Gauthier SA, CH706209B1, 2016年6月30日公開、説明[0006]–[0026]、請求項1~5。公報・フランス語本文と英訳。出願2012年3月7日。

  21. Romain Gauthier / Montres Romain Gauthier SA, CH706205A2, 2013年9月13日公開、説明[0006]–[0016]、請求項1~12。出願公報。出願2012年3月7日、圧入キャップとローラーの鎖構造。

  22. Chronométrie Ferdinand Berthoud, “Chronomètre FB 1.2”。公式フランス語製品資料。懸架・逆配置、53時間、285mmの鎖、COSC。

  23. Chronométrie Ferdinand Berthoud SA, WO2015063337A2, 2015年5月7日公開。出願公報。優先日2013年11月4日、出願2014年11月4日、片端支持と差動機構。

  24. Chronométrie Ferdinand Berthoud, “The Chronomètre FB RES: A customisable version of the remontoire revealing its intricacies”, 2024年4月2日。公式発表。2020年FB 2REの導入と一秒レムントワール。

  25. Pierre Dubois, Collection archéologique du prince Pierre Soltykoff: Horlogerie, 1858, pp.72–73。原書。ガットと鋼鎖についての19世紀の歴史家の説明。Gruetへの帰属は同時代の発明記録とは区別。