五分リピーター(five-minute repeater、répétition à cinq minutes)は、ボタンやスライドを操作すると、その時刻を五分単位で音に置き換える報時機構である。五分ごとに自動で鳴る時計という意味ではない。暗闇で文字盤を見ずに時刻を知るための機構であり、毎正時などに自動で鳴る通過打ちとは、作動のきっかけが異なる。1 2
この名称が示すのは報時の細かさであって、打音の配列まで一つに固定するものではない。時を鳴らしたあと、その時の初めから経過した五分区間を数える方式がある一方、四半時を経由して五分を示す機構も記録されている。個々の時計を理解するには、音数だけでなく、カムと打刻部品が何を数えているかを確かめる必要がある。1 3 4
五分単位の音をどう読むか#
時と経過した五分区間#
時計実務家Henry G. Abbottの『American Watchmaker and Jeweler』は、五分リピーターの具体例として、3時9分なら時を3打、続いて五分区間を1打と説明する。3時10分なら後半が2打になり、次の正時直前には11打まで増える。4時に切り替わると時の4打だけになる。ここで3時9分と3時5分は同じ打数であり、九分という表示を一分単位で読み上げているわけではない。1
この方式の分の打数は、分針の示す整数分を五で割り、その整数部分を取った値と考えられる。例えば25分なら5回、49分なら9回、59分なら11回である。対応する表示範囲は次のようになる。秒や、切替え瞬間における各時計固有の安全機構はこの表に含まない。1
| 分針の表示 | 時のあとに鳴る五分区間の打数 | 音から分かる範囲 |
|---|---|---|
| 0〜4分 | 0 | 正時から五分未満 |
| 5〜9分 | 1 | 五分以上、十分未満 |
| 10〜14分 | 2 | 十分以上、十五分未満 |
| 25〜29分 | 5 | 二十五分以上、三十分未満 |
| 55〜59分 | 11 | 五十五分以上、次の正時まで |
したがって「五分精度」は時計自体の日差を意味しない。正確に進む時計でも、報時から分かる範囲は五分幅になる。反対に、表示が進んでいる時計は、進んだ表示に対応する音を出す。時計の歩度と、表示を音に変換する分解能は別の性能である。1
四半時、半刻、ミニッツリピーターとの違い#
クォーター・リピーターは時と十五分区間を、半刻リピーターは七分半という単位を扱う。五分と七分半は異なるため、half-quarter repeaterやrépétition à demi-quartを五分リピーターの同義語として使うことはできない。ミニッツリピーターでは、通常、時、経過した四半時、最後の四半時からの一分単位の残りを鳴らす。1 2 8
一方、五分リピーターをすべて「時と、毎時の初めから数えた五分区間」の二段階に限定することもできない。Charles Barbezat-Baillotの1890年米国特許は、時、四半時、五分の順序を明記し、時・四半時・五分用の読み取り部品を示している。これはAbbottが説明する、四半時用スネイルを五分用に置き換える方式とは構成が違う。3
Fondation Haute Horlogerieの用語解説とPatek Philippe Museumのカタログも、五分リピーターの説明に四半時を含めている。ただし、それらの短い分類説明だけから、あらゆる作品の音列や五分の起算点を決めることはできない。同じ機能名の下にある具体的な機構を区別して読むことが大切である。2 4
時刻を打数へ変換する部品#
スネイルが回数を設定する#
ラック・スネイル機構のスネイルは、外周の半径が段階的に変わるカムである。回転角度が時刻に対応し、探りレバーやラックの尾が外周に当たると、打刻部品の動ける距離が決まる。その距離を歯数へ変換して、ハンマーを何回働かせるかを設定する。1 3
Abbottが記す単純な五分方式は、星車に取り付けた通常の時スネイルを使い、中心軸の四半時スネイルに代えて、五分区間を読むカムを置く。本文はこのカムを十一の区分、対応するラックを十一歯と説明する。Abbottの記述は1〜11打を説明しており、ゼロ打となる位置のカム外形については記していない。1
同書は、初めてこの方式を扱う修理者が「四半時の部分だけ鳴らないミニッツリピーター」と誤認した例にも触れている。耳で聞いた打音が少ないから故障と決めることはできず、その時計が何を報時する設計かを先に同定する必要がある。1
1890年特許の動力と解放#
米国特許US433225は、ル・ロックルのCharles Barbezat-Baillotによる「Repeating-watch」である。米国出願日は1889年5月9日、特許日は1890年7月29日。公報は1889年1月8日付のスイス特許No.334にも言及する。これは一つの改良機構の記録であり、五分リピーターそのものが1890年に初めて発明されたことを示すものではない。3
この設計では、操作腕bを動かすと、扇形部品Bを介して報時用ぜんまいを巻く。歯付きレバーFとラックHは同じ軸Gにあり、両者の間にばねhが働く。この弾性結合により、操作側が動いても、読み取り側がスネイルで止まれる。操作量と、時刻によって違う打数設定を両立させる構成である。3
ロック用レバーRは、打刻部品を読み取り前に勝手に動かさないよう保持する。Fのピンfが解放レバーIを動かすと、時スネイルV、四半時スネイルT、五分用スネイルUに対応する部品が位置を取る。操作腕を十分動かして離したあと、ぜんまいの力で部品が戻る行程において報時する。原公報の図1・4・5・6は、操作、打数設定、ハンマー駆動が別の役割を持つことを示す。3
時の歯付き扇形Lには12個の作用歯があり、打刻部品Nを介してハンマーN′を働かせる。続いてレバーOの歯が四半時側Pと五分側Qに作用する。別のラックSと爪o′が、五分側に使う歯数の設定に関わる。二つの異なる長さの円弧状ゴングを、それぞれのハンマーが打つ構成である。3
音、速度、信頼性#
打数と打つ速さは別に制御する#
打数を決めるスネイルとは別に、報時輪列には速度調整が必要になる。Barbezat-Baillotの特許は、打刻系から歯車を通じて回す遠心調速器を備える。回転が速まると重り付きレバーが外へ開き、その踵が周囲の受けの内面に触れて摩擦を増す。速度が下がると、ばねがレバーを内側へ戻す。3
この調速器は時計の一日当たりの進み遅れを調整するものではなく、短時間の打刻のテンポを制御する部品である。発明者は従来の脱進式調速器の音を避けることを利点に挙げているが、公報には音圧や打撃間隔の測定結果は示されていない。「無音」「高精度」という発明者の表現を、実機の定量的な性能保証へ読み替えることはできない。3
音色と保守の条件#
特許の円弧状ゴングは長さが異なる二つの発音体であり、時刻の異なる部分を音で区別するために使われる。五分という名称だけからゴングの材質、音程、音量、ケースへの取り付け方が決まるわけではない。メーカーのミニッツリピーター資料で説明される音響上の工夫も、そのまま全五分リピーターの仕様にはできない。3
Abbottはリピーター一般の整備で、報時ぜんまいの力、滑らかに動く巻上げ部品、ケースのスライド溝、星車の確実な切替え、スネイルとラックの接触を重視する。巻上げ抵抗や汚れが増えれば、終わりの打刻が遅くなる要因になる。これらは五分方式に専用の問題というより、微小な部品で時刻を読み、限られたエネルギーで複数回打つ機構に共通する条件である。1
同書は五分方式を実用的で、ミニッツリピーターより簡単に作れると評価する。ただし、これは当時の実務家の比較評価であり、現代の製造原価、部品点数、耐久性を同じ比率で示すものではない。報時の細かさが低いだけで、個々の時計の音質や品質も低いと判断することはできない。1
成立と時計作品への展開#
発明者の帰属と現存作品#
Fondation Haute Horlogerieの年表は、1710年にSamuel Watsonが五分リピーターを発明したとする。この帰属は時計史の専門機関による後世の整理であり、1890年の改良特許と十九世紀末の実務書が記録するのは、それより後の具体的な構成と利用である。5
Patek Philippe Museumの所蔵品P-1707は、1891〜1893年製作の24時間表示懐中時計である。ムーブメントNo.97443、ケースNo.212850を持ち、五分・四半時リピーターに、クロノグラフと永久カレンダーを組み合わせる。カタログは、報時の時数も1〜24で数え、真夜中には24打すると記録する。五分リピーターが必ず12時間式の時打ちを使うわけではないことを示す具体例である。4
同社は、1916年のプラチナケースと一体型チェーン・ブレスレットを持つ女性用五分リピーターを、自社最初の報時腕時計として紹介している。これは同社の報時腕時計の歴史を代表する初期作品である。6
現代の機械式腕時計にも残る機能#
Eposの2024年版Master Catalogueには、Artistryコレクションの3373 5-MIN LE、Ref.3373.808.20.15.25が掲載されている。自動巻きETA 2892を基礎とし、ステンレスケース径42.5mm、厚さ12.9mm、200本限定の五分リピーターとして記載される。十九世紀の懐中時計だけに閉じた機構ではなく、現代の機械式腕時計にも採用される機能である。ただし、このカタログから現在の在庫や生産継続までは判断できない。7
| 時期 | 確認できる展開 | 根拠の性質 |
|---|---|---|
| 1710年 | Samuel Watsonへの発明帰属 | FHHの後世の年表。原製作記録の直接確認とは区別 |
| 1889年5月 | Barbezat-Baillotの米国出願 | US433225原公報 |
| 1890年7月 | 同特許成立。四半時と五分を扱う機構、遠心調速器を記述 | 同原公報 |
| 1891〜1893年 | 24時間報時のPatek Philippe P-1707 | 所蔵館の個別作品記録 |
| 十九世紀末 | Abbottが毎時の初めから五分区間を数える方式を実務書で説明 | 実務書の原紙面pp.298〜299 |
| 1916年 | Patek Philippeの自社最初の報時腕時計 | メーカーによる所蔵作品の説明 |
| 2024年 | Epos 3373をメーカー・カタログに掲載 | 製品原資料。現在の販売状況を示すものではない |
五分リピーターの特徴は、表示時刻を細かく鳴らすことだけにはない。五分という区切りをカムと歯数へ写し、人が数えられる音列に変換する点にある。用途を理解するには、何分まで聞き分けられるか、どこから五分を数えるか、打数をどう読み取るか、どの作品にどう実装されたかを結び付けて考える必要がある。1 3
参考文献#
- Henry G. Abbott, Abbott’s American Watchmaker and Jeweler, 第7版、著作権表示1898年、印刷pp.298–299「Repeater」。Internet Archive原本。閲覧日2026年10月19日。
2. Fondation Haute Horlogerie, « Répétition »。五分方式と半刻方式の分類。閲覧日2026年10月19日。
3. Charles Barbezat-Baillot, Repeating-watch, US433225、1889年5月9日出願、1890年7月29日特許。説明書pp.1–3、図1–6、請求項1–2。原公報PDF。閲覧日2026年10月19日。
4. Patek Philippe Museum, The Patek Philippe Collection, Vol.I, カタログ抜粋、「Repeating, 1839–1926」およびP-1707。閲覧日2026年10月19日。
5. Fondation Haute Horlogerie, « Histoire »、1710年項。閲覧日2026年10月19日。
6. Patek Philippe, Grande Sonnerie Ref.6301P、2020年、p.2。1916年の女性用五分リピーターの記述。閲覧日2026年10月19日。
7. Epos, Master Catalogue 2024、p.28、3373 5-MIN LE。メーカー作成、ポーランド向けサイト配信。閲覧日2026年10月19日。
8. Fondation Haute Horlogerie, “Minute repeater”、Technical description。閲覧日2026年10月19日。