フュジー切削機

フュジー切削機#

フュジー切削機(fusee engine、フランス語では machine à tailler les fusées)は、時計の動力を均す部品フュジーに、鎖や腸線を収めるらせん溝を切るための小型工作機械である。工作物の回転と刃物の送りを連動させ、隣り合う溝の間隔を揃える。機械の形には複数の系統があり、時計用の歯車を切る歯切り機とも、時計に組み込まれるフュジー自体とも異なる。1 2

なぜ溝を切るのか#

ぜんまいはほどけるにつれて駆動力が変化する。フュジーは香箱と鎖または線で結ばれた、細い側から太い側へ半径が変わる滑車である。強く巻かれたぜんまいが細い側を引き、弱まるにつれ太い側を引くことで、回転軸に作用する力の腕が変わり、駆動トルクの変動を抑える。半径の変化はぜんまいの特性に合わせる必要があり、単純な円錐を使えば常に完全に一定になるわけではない。3 4

鎖を重ねず所定の位置に導くため、フュジーの表面には連続した溝を設ける。溝の間隔が乱れると鎖の収まりに影響する。切削機の役割はその溝を制御して作ることであり、表面の輪郭やぜんまいの性質を決める作業とは区別する必要がある。溝の間隔が一定でも、それだけで時計の精度が保証されるわけではない。1 5

回転を刃物の送りに変える#

ロンドンのサイエンス・ミュージアムにある18世紀の機械(所蔵番号1946-167)では、ハンドルを回すとチャックに固定した素材が回る。同じ軸に設けた送りねじの上をナットが進み、その動きが穴の並ぶ二本のレバーと連結棒を介して刃物へ伝わる。連結棒の位置を差し替えると、素材一回転あたりの刃物の移動量、すなわち溝のピッチを変えられる。博物館はこの型が1741年のアントワーヌ・ティウーの著書に図示され、レニョー・ド・シャロンに帰されていると説明する。1

別の方式では、素材を回す軸と送りねじを交換可能な歯車で結ぶ。19世紀の工作技術書でチャールズ・ホルツァプフェルが紹介したティウーの図では、送りねじ上を動くナットに刃物を持つレバーが取り付けられ、職人が手で刃を押し付ける。歯車の組合せを変えると送りの比率が変わる。これは上の連結棒の位置による調整とは別の構成である。6

同館の別の実機(1963-120、1750〜1800年頃)は、歯車で素材を回しつつ、軸上のねじと移動するブロックでレバーを動かし、刃物台を送る。刃物台へのレバーの接続位置が送り量の調整点となる。万力に固定して使用する機械で、現在のハンドルは後補である。こうした個々の実機を比較すると、回転と送りを結ぶという共通の課題に、歯車比やレバー比を使う異なる解決があったことがわかる。2

輪郭と加工の調整#

素材を固定し、溝のピッチを選び、回転と送りを連動させながら刃を当てる。溝が深すぎれば材料を弱め、浅すぎれば鎖を十分に案内できないため、刃の形や押し込みを対象に合わせて調整する必要がある。これらは加工上の考え方であり、すべての機械が同じ自動送りや同じ輪郭案内を持つという意味ではない。5 6

フランス国立工芸院の旧所蔵目録は、斜めの案内によって輪郭を自動的に与えるファルドワールの機械や、刃物が二種類の運動をする別の機械、ねじとフュジーの両方を切る機械を区別して列挙する。したがって、送り機構の説明だけから、あらゆる機械がフュジーの輪郭も自動的に仕上げたとはいえない。7

ぜんまいの出力とフュジーの輪郭の対応は、溝を等間隔にすることとは別の問題である。修復家アーチー・パーキンスは1988年の製作記事で、ぜんまいの力の曲線からフュジーの曲線を定めた後、専用機またはねじ切り装置付き旋盤への追加装置で溝を切る方法を説明した。専用機が利用できない修復現場では、同じ仕事を別の治具で行う選択肢がある。5

現存する道具とその後#

ウィンタースール美術館が所蔵するドミニー家の工具は、1760〜1800年頃にナサニエル・ドミニー4世が作ったとされる。フュジーだけでなく時計の巻上げ胴や金属ねじの加工にも用いる複合工具で、博物館の説明では、歯車比によって送りねじとは異なるピッチを作り、刃への押し付け方で切込み深さを調整する。専用の目的と、工房内での道具の兼用を同時に示す例である。8

グリニッジの国立海事博物館は、Hollands製、1820年頃のクロノメーター用フュジー切削機を所蔵する。個々の機械の製作年や作り手は、フュジー切削機一般の発明年や発明者を意味しない。9

時計製造の専門化に伴い、フュジーを切る職人と小物部品用の工具が発達した。1988年の修復記事は、古い専用機が博物館に収蔵される一方で、修復用の旋盤に装置を作って対応する実例を伝えている。機械の存在自体は特定の時計に使われた証拠ではなく、現存品から機構と工房の技術を読み解くための資料である。4 5

年表#

  • 1741年:ティウーがフュジー切削機の複数の構成を著書に図示する。1 6
  • 18世紀後半:サイエンス・ミュージアム所蔵の小型機が製作される。ドミニー家の複合工具も1760〜1800年頃のものとされる。2 8
  • 1820年頃:Hollands製のクロノメーター用切削機が作られる。9
  • 1988年:パーキンスが修復用旋盤の追加装置によるフュジー製作を紹介する。5

参考文献#

1. Science Museum Group, “Early watchmaker’s lathe or fusee engine,” 所蔵番号1946-167, 所蔵品解説, 2026年11月4日閲覧。

2. Science Museum Group, “Watch fusee cutting engine,” 所蔵番号1963-120, 所蔵品解説, 2026年11月4日閲覧。

3. H. Alan Lloyd, “The Origin of the Fusee,” The Antiquaries Journal, 31, 1951, pp. 188–191, 冒頭, 2026年11月4日閲覧。

4. Musée des arts et métiers, La mécanique, 展示資料, 「La fusée」ほか, PDF, 2026年11月4日閲覧。

5. Archie B. Perkins, “Antique Watch Restoration, Part XXIX: Making a Fusee,” Horological Times, 1988年5月, PDF, 2026年11月4日閲覧。

6. Charles Holtzapffel, Turning and Mechanical Manipulation, vol. II, p. 618, PDF, 2026年11月4日閲覧。ティウーの1741年の図と説明を紹介。

7. Conservatoire national des arts et métiers, 所蔵目録「Chronométrie」G-d 79, 項目47–57, PDF, 2026年11月4日閲覧。

8. Winterthur Museum, “Cutter,” Dominy Collections, 所蔵番号1957.0026.410, 所蔵品解説, 2026年11月4日閲覧。

9. Royal Museums Greenwich, “Fusee Engine,” 所蔵番号ZBA4010, 所蔵品解説, 2026年11月4日閲覧。