グリニッジの時報サービス ― 観測から電信網へ

グリニッジの時報サービス ― 観測から電信網へ

グリニッジの時報サービスは、王立天文台で天体観測から時刻を求め、時計を調整し、その時刻を船舶、時計職人、鉄道などに伝える仕組みである。天文台の時計が正確に動くだけでは、離れた場所の時計を合わせることはできない。時球、人が運ぶクロノメーター、電信、無線放送という異なる手段が、その距離を埋めた。1 2

見える信号と運ばれる時計#

グリニッジ王立天文台の赤い時球

グリニッジ王立天文台の時球。撮影:Mike Peel(www.mikepeel.net)、出典:Wikimedia Commons、CC BY-SA 4.0。加工なし。

船舶は港で航海用クロノメーターを基準時と比べ、その誤差を知る必要があった。1833年にグリニッジ天文台の建物に設けられた時球は、午後1時に落下する瞬間を見せることで、テムズ川の船などに時刻を知らせた。時刻を連続表示する時計とは違い、落下の瞬間を見ていなければ使えず、見通しや天候にも左右される。2 3

時球が見えない利用者には別の方法があった。天文台の助手ジョン・ヘンリー・ベルヴィルは、天文台で合わせた携帯クロノメーターをロンドンの時計職人らのもとへ運び、各自の時計と比較する有料サービスを行った。電信による時報が始まった後も需要は残り、死後は妻マリア、娘ルースが引き継いだ。携帯時計自身の進み遅れもあるため、運搬は単に「正しい時刻を持ち歩く」だけではなく、基準との比較を繰り返す仕事だった。2 4

天体観測から標準時計へ#

天文台では、星が子午線を通過する瞬間を通過儀で観測し、恒星時を示す通過時計の誤差を求めた。その時計と平均太陽時を示す標準時計を比較し、両者の関係から標準時計の誤差を算出する。恒星時は星の見かけの運動を基準にし、平均太陽時は日常の時刻に用いる平均的な太陽の運動を基準にするため、両者は同じ速さで進まない。5

1852年に導入されたチャールズ・シェパード製の電気親時計は、振子を備え、電流を通じて天文台内外の子時計や時報装置を動かした。後年の構成では、助手は計算室で時計を比較し、切換器を操作して親時計の振子を一時的に速めたり遅くしたりして表示を補正した。子時計はそれぞれ独立に天体を観測しているのではなく、共通の親時計に従う。天文観測、比較、補正が配信時刻の根拠である。1 5

電信で時刻を分ける#

天文台長ジョージ・ビドル・エアリーは、南東鉄道の電信技師チャールズ・ウォーカーや電信会社と協力し、観測所をロンドン・ブリッジ方面の電線につないだ。1853年の年次報告によれば、天文台の門の文字盤、館内の時計、鉄道駅の子時計、ロンドンへの信号が使用され、グリニッジとストランドの時球も電気的に落とされた。ストランドの時球が動いたことを知らせる応答も設けられた。1

親時計の接点からの信号は、電磁石を用いるリレーで別の回路を閉じ、外部に電流を送る。こうして一つの時計の信号を複数の回線へ分けられる。1861〜62年に設置された毎時信号用リレーは、天文台内部や時球の回路から外部向けを分離し、最大6系統の接続を可能にした。ただし1862年の記録に記述があるのは電信会社、南東鉄道、ロンドン地区電信会社への3系統であり、6系統すべてが使われたとは確認されていない。5 6

1862年の説明では、南東鉄道への回路がディールの時球にもつながった。後年、ロンドン地区電信会社への毎時信号は時計職人にも利用された。7電流を送った事実と、遠方の受信装置が実際に動いた事実は同じではない。時球や調整時計からの応答は、この区別を確認するために重要だった。電線の損傷などがあれば、基準時計が正しくても配信は失敗する。5 7

郵便局網と放送への発展#

電信網を通じた配信は、天文台だけで完結しない。1876年の『Nature』は、郵便局の中央局でクロノファーと呼ばれる切換・中継装置がグリニッジからの一つの信号を複数回線に再送したと説明する。ロンドン市内と距離の異なる地方線を4群に分け、各群の電池とリレーを用いた。受け取った弱い信号で別の電源を制御することで、複数の線路へ同時に信号を配れた。8

20世紀には配信媒体が無線に広がった。BBCの6点時報は1924年2月5日に始まり、6つの音の最後が正時などを示した。1927年には航海用の無線時報も始まった。後者は1分に61信号を送る方式で、クロノメーターの刻みとの一致を観測して誤差を求める。1936年には電話の音声時報も導入された。標準時計の精度を高める研究も進み、1939年には水晶時計が振子時計との性能比較のため天文台に設置された。9

時報を受ける方法が変わっても、基準を作り、その誤差を確かめ、信号を配り、受信側で時計と比較するという一連の仕事は共通する。時球は見える場所にしか届かず、電信は回線と中継器を必要とした。放送は多くの人に同時に届くが、利用者がどの瞬間を基準とするかを知る必要がある。

年表#

年出来事
1833グリニッジに時球を設置。3
1836ベルヴィルによる携帯時計を使った配時サービスが始まる。2
1852–1853シェパードの親時計と子時計、時球、鉄道・電信への接続が稼働。1 5
1861–1862外部向け毎時信号のリレーを設置。5 6
1870年代郵便局の電信網による配信が拡大。8 9
1924BBCの6点時報開始。9
1927ラグビー送信所を通じた航海用無線時報開始。9
1936–1939電話の音声時報開始、天文台に水晶時計設置。9

参考文献#

1. George B. Airy, 1853年6月4日天文台年次報告、XIII節などの転記, Royal Observatory Greenwich, 閲覧2026-11-02。

2. Graham Dolan, The Greenwich Time Service, 閲覧2026-11-02。

3. Royal Museums Greenwich, The Greenwich Time Ball and one time for all, 閲覧2026-11-02。

4. Graham Dolan, Distribution of time by the Belvilles, 閲覧2026-11-02。

5. Science Museum Group Journal, Revealing observatory networks through object stories: Instrumental networks, 2023, 閲覧2026-11-02。

6. Royal Museums Greenwich, Time signal relay, 所蔵品記録, 閲覧2026-11-02。

7. George B. Airy, 天文台年次報告の転記、1860年代の信号・応答の記録, Royal Observatory Greenwich, 閲覧2026-11-02。

8. “The Greenwich Time Signal System,” Nature 14, 110–113, 1876, 公開プレビュー閲覧2026-11-02。

9. Royal Greenwich Observatory, A brief history of the Time Department from 1923 to 1948, 年次報告の転記, 閲覧2026-11-02。