水銀補償振子

水銀補償振子

水銀補償振子#

水銀補償振子は、温度が上がると振り子棒が伸びる作用を、水銀が膨張して重い部分の中心が上がる作用によって打ち消す振り子である。英語では mercurial pendulum、mercury pendulum、フランス語では balancier compensé au mercure、ドイツ語では Quecksilberpendel と呼ばれる。時計を動かすエネルギー源や脱進機ではなく、時計が一定の間隔を刻むための調速部に属する技術である。1379

ジョージ・グラハムは1721年末に水銀を用いた試作を始め、1722~1725年の恒星観測を伴う比較試験を経て、その結果を1726年に公表した。この機構の意義は、精密な時計を作っても残る季節による歩度の変化を、振り子自身の構成で小さくした点にある。ただし、補償量の調整、容器と棒の温度の違い、摩擦や気圧などの影響は残る。温度補償があることと、時計全体が環境に左右されないことは同じではない。13

なぜ時計は夏と冬で歩度を変えるのか#

普通の金属棒に錘を付けた振り子は、暖まると棒が伸び、一般にゆっくり振れる。冷えるとその逆になる。重力加速度を一定とし、振幅が小さい理想的な単振り子の周期を \( P \)、長さを \( L \) とすると、

\[ P=2\pi\sqrt{\frac{L}{g}},\qquad \frac{\delta P}{P}\simeq\frac{1}{2}\frac{\delta L}{L} \]

となる。\( g \) は重力加速度、\( \delta \) は小さな変化を表す。周期が延びれば、一定の振動回数を一秒として進む時計は遅れる。これは温度の作用を説明する一般的な小振幅モデルであり、グラハムの時計の実測式ではない。周期は秒、長さはm、重力加速度はm/s²を用いる。10

実際には棒にも錘にも大きさと質量がある。小振幅の剛体複合振子として扱えば、有効長は \( L_{\mathrm{eff}}=I/(Md) \) で与えられる。\( I \) は支点まわりの慣性モーメント、\( M \) は総質量、\( d \) は支点から全体の重心までの距離である。温度によって質量の配置が変わると、重心の位置だけでなく慣性モーメントも変わる。したがって、水銀の表面を一定の高さに保つことが目的ではなく、全体の振動を決める有効長を安定させることが目的になる。慣性モーメントの単位はkg m²、総質量はkg、重心距離はmである。液体の内部運動や実際の支持ばねまで含む精密計算には、この剛体近似を越える検討が必要である。310

グラハムの実験を年代順に読む#

異種金属の試みから水銀へ#

グラハムの1726年論文によると、1715年頃、真鍮・鋼・鉄・銅・銀などを同じ程度に暖め、膨張量に十分な差があるかを調べていた。異なる金属を組み合わせれば温度変化を相殺できると考えたが、その時の実験では差を十分に利用できず、中断したという。これは水銀振子の完成を1715年に置く記録ではない。1

水銀を使う着想は、本人の説明では1721年12月初めに生じた。水準器に使う材料を試す過程で水銀を火の近くに置き、その大きな膨張に注目したのである。数日後には振り子へ応用したが、水銀柱を長くしすぎたため、寒くなると通常の振り子とは逆に時計が遅れた。補償が働かなかったのではなく、棒の収縮を打ち消す作用が強すぎる過補償であった。1

1721年12月18日に試験を始め、翌年1月3日には柱が長すぎることを確認した。1月8日からは短いガラス容器を使ったが、今度は水銀柱が不足気味だった。6月にはその中間に近い容器を用意し、他の部分もより丁寧に仕上げて連続観測へ進んだ。完成年を一つだけ記すと、着想、試作、調整、発表のどこを指すのかが曖昧になる。1

恒星と別の時計による比較#

試験場所は、冬に暖房がなく、夏には南からの日射と上部の屋根によって暑くなる部屋だった。横には温度計を置き、ケース同士が触れない近い位置に別の時計を据え、両方を壁へ固定した。比較時計は約60ポンドの重い振り子を持ち、垂直から片側1.5度以下で振れていた。グラハムが記す30秒/日という季節差は、この比較時計を厳しい温度環境に置いた時の値であり、水銀時計の誤差値ではない。1

水銀時計は1722年6月9日から1725年10月14日まで、針や振り子を調整せずに動かされた。グラハムは望遠鏡を子午線の面内で動かして恒星の通過を観測し、時計の進みを確かめた。最初の年には二時計の差と温度計の読みを毎日記録したという。恒星観測の時刻を2秒以内で捉えられるとする本人の説明は、時計が毎日2秒だけずれたという意味ではない。1

本人の報告では、水銀時計の不規則性は最大でも通常振り子時計の6分の1、多くの期間は8分の1から9分の1だった。水銀柱はなお少し長く、暖まると進み、冷えると遅れる傾向が残ったが、観測を中断しないため変更しなかった。この比率は特定の二時計と設置環境による比較結果であり、すべての水銀振子が同じ割合で精度を高めるという仕様ではない。1

王立協会の原稿目録は原稿の日付を1726年4月18日、朗読を同月28日とする。グラハムの水銀振子に関する技術特許の一次資料は探索で発見できていない。ここで成立と試験内容の根拠になるのは、本人の公刊論文と所蔵目録である。特許が見つからないことは、特許が存在しなかった証明にはならない。12

棒の伸びと水銀柱の上昇を釣り合わせる#

基本構成#

後世の典型的な構成では、鋼の振り子棒の下に支持枠を設け、その底で水銀を入れたガラス容器を支える。温度が上がると棒と支持枠は伸び、容器を下げる。一方、水銀の体積は増え、容器の中で柱が高くなるため、水銀自身の重心は容器の底から見て上がる。両者の作用を適切に合わせ、振動中心の移動を小さくする。34

水銀の表面の移動と、その質量中心の移動は異なる。断面が一様な柱を単純化して考えると、柱の高さが増えた時、水銀の重心が底から上がる量は高さ増加のおよそ半分である。このため、表面の上昇が棒の伸びと同じだけあれば十分、とはいえない。ロッキャーの1878年の説明も、この違いに注意を促している。ただし同書の一定比率を、容器や棒の重さが異なる全製品に共通する設計寸法として用いることはできない。4

容器も膨張する#

水銀の膨張は、単なる細い金属棒の線膨張とは違い、体積の変化である。容器の断面積も温度によって増えるため、柱が高くなる割合は水銀の体膨張率だけで決まらない。容器の線膨張係数を \( \alpha_c \)、水銀の体膨張係数を \( \beta_m \) とすれば、一様な円筒容器が同じ温度になる近似では、柱の高さの相対変化はおよそ \( (\beta_m-2\alpha_c)\Delta\theta \) となる。\( \Delta\theta \) は温度差である。3

これは、柱の高さを体積÷断面積として一次まで展開した説明用の式である。実際の補償には容器、枠、棒の質量と形状、支持ばね、空気の影響も関わる。『ブリタニカ百科事典』1911年版が示す、秒振り子のガラス容器で水銀柱を約6¾~7インチにするという例も、その時代の材料と形状に基づく目安であり、最後は実験で水銀量を調整するとされている。理論上の柱の高さを、そのまま異なる時計の注入量へ読み替えることはできない。3

容器と構造の変種#

水銀補償振子は、ガラス瓶の錘だけを指す名称ではない。水銀をどこへ置き、棒とどのように熱をやり取りさせるかによって構造は異なる。

構成資料で確認できる特徴補償・製作上の論点
グラハムのガラス容器1721~1722年の試作と調整、1722~1725年の連続試験柱の高さを変えて不足・過補償を調整。原論文は完成寸法を示していない
グラハムの真鍮容器1723年7月初めに比較時計も水銀振子へ変更。水銀による侵食を防ぐため内面をニスで保護したと記すガラス以外の容器でも試験。これは歴史的製作法の記録である
デントの鋳鉄容器容器上部へ鋼棒をねじ込み、その端を水銀の中へ入れる棒・容器・水銀の温度変化を近づける。ガラス容器と同じ水銀高さにはならない
複数の容器グッドリッチは2・3・4本への分割や薄い鋼管容器を紹介水銀を空気や容器との接触面に近づけ、温度応答の遅れを減らそうとした
リーフラーの中空棒密閉した管状の振り子棒の内部へ水銀を入れ、通常の錘を組み合わせる下端の大きな瓶だけに水銀を集めず、棒に沿って分布させる

最初の二例はグラハム本人、デントの構成は1911年版の専門項目、複数容器は1905年の製作・修理書、リーフラーの構成は1893年の特許明細書に基づく。それぞれを同一の完成設計として重ね合わせない。1356

リーフラーの米国特許US508530は1891年8月28日出願、1893年11月14日付で成立している。明細書と図は、水銀を棒に近接させて広く分布させることにより、急な温度変化や棒の上下の温度差に対応しようとする設計を示す。請求項は、両端を閉じ水銀を部分充填した管状棒、およびそれと通常の錘との組合せを記載する。水銀を減らせることや補償の正確さは発明者が述べた利点であり、この公報だけで個々の市販時計の試験成績や採用数が分かるわけではない。6

効果を左右する調整と限界#

同じ室温でも、同じ温度になるとは限らない#

静的な補償量が合っていても、薄い棒が先に冷え、大きな水銀の塊が後から冷えれば、一時的には棒の短縮だけが強く現れる。暖まる時にも応答のずれが起こりうる。さらに、ケース上部と下部の空気の温度が異なれば、棒全体と下端の水銀が同じ熱履歴を受けるとは限らない。45

グラハム自身も1726年論文の末尾で、容器の直径や棒の厚さを変え、熱を受けたり保ったりする性質を近づける必要に触れている。気泡が残ると急激な膨張・収縮による乱れを招くことも指摘していた。後世の複数容器や棒内充填は、膨張率の釣合いだけでなく、この温度応答の問題にも向けられた工夫として理解できる。156

歩度調整と温度補償は別の作業#

ある温度で時計の進みを合わせる歩度調整と、温度が変わってもその進みが変化しにくくする補償調整は、目的が異なる。水銀量や柱の高さを変えると補償の強さだけでなく質量の配置も変わるため、一つの温度で合っただけでは補償完了と判断できない。異なる温度で、十分に落ち着いた状態の歩度を比較する必要がある。歴史的には恒星の通過が、その比較の基準になった。134

また、水銀補償は脱進機の摩擦、油の状態、振幅変化、空気の密度や浮力、支持ばねの性質をすべて取り除くものではない。グラハムも、振り子の有効長が変わらなくても、摩擦などの変化で時計へ与えられる力が一定でなければ小さな不規則が残ると述べている。後世の専門書も空気と支持ばねを別の補正項として扱っている。13

実物資料から見る用途と継承#

フランス文化省の文化財記録にあるマルセイユ天文台の「グラハムの天文時計」CM29は、鋼棒の下に水銀入りガラス円筒を備える。記録は製作を18世紀第2四半期とし、ラプラスが1822年に旧マルセイユ天文台へ寄贈、1860年頃にロンシャンの天文台へ移されたとする。調査で確認された構造と、時計の銘文・来歴が結び付く具体例である。この記録だけから、水銀容器が製作当初から一度も交換されていないとは判断できない。7

ケンブリッジ大学ホイップル科学史博物館の資料番号2800は、ウィリアム・ハーディ製、1824年頃の8日巻天文時計で、水銀補償振子、目盛付き歩度調整部、振幅目盛、ハーディの定力脱進機を備える。水銀補償は周期の温度変化を抑える役目、脱進機は駆動力と振動を結び付ける役目、目盛類は調整・観測のための装備であり、それぞれを分けて見ると天文用時計の精密さが理解しやすい。8

19世紀後半のロッキャーは、水銀式とグリッドアイアン式を精密時計の代表的な補償方式として説明している。固体金属の方式は、水銀の代わりに異なる金属棒の膨張差で錘を持ち上げる。同じ目的でも、構造、調整のしやすさ、温度応答は異なる。20世紀初頭には熱膨張の小さいインバーを振り子棒に使う方法も専門書で大きく扱われるようになった。これは棒そのものの伸びを小さくする方向への発展であって、温度・気圧・支持条件の検討が不要になったことを意味しない。349

今日、水銀補償振子は博物館や天文台の収蔵資料を通じて、その構造と運用を調べることができる。時計史上の意義は「正確な錘」という一部品に尽きない。温度を測り、恒星で歩度を確かめ、容器と棒の応答を比較し、なお残る誤差を切り分けるという、精密計時の実験的な方法を示している。178

年表#

年・月日出来事と記録上の範囲
1715年頃グラハムが異種金属の膨張差を実験。本人の1726年の回顧による。1
1721年12月初め水準器材料の実験から水銀の膨張に着目し、数日後に振り子へ応用。1
1721年12月18日水銀振子の最初の比較試験を開始。1
1722年1月3日・8日過補償を確認し、8日から短いガラス容器を使用。1
1722年6月9日~1725年10月14日改めた水銀振子時計を無調整で連続運転し、恒星通過と比較。1
1723年7月初め隣の比較時計にも水銀振子を付け、真鍮容器と内面の保護処理を試す。1
1726年4月18日・28日王立協会所蔵原稿の日付と朗読日。公刊論文は試作と観測を詳述する。12
18世紀第2四半期マルセイユ天文台に伝わるグラハム時計CM29の推定製作期。7
1822年ラプラスがCM29を旧マルセイユ天文台へ寄贈。7
1824年頃ハーディの天文時計、現ホイップル博物館2800の製作期。8
1860年頃CM29がロンシャンの天文台へ移される。7
1878年ロッキャーが水銀式の構造、補償調整、温度応答の問題を説明。4
1891年8月28日リーフラーの米国水銀補償振子特許の出願日。6
1893年11月14日US508530成立。棒内に水銀を置く構成を記載。6
1905年グッドリッチの製作・修理書が複数容器、薄肉容器、温度分布の議論を収録。5
1911年『ブリタニカ百科事典』がガラス・鋳鉄容器の構成と調整を解説し、インバーによる方式も扱う。3
2026年10月確認フランス文化財記録、ホイップル博物館等で個別時計の構造・来歴を参照できる。78

参考文献#

  1. George Graham, “A Contrivance to Avoid the Irregularities in a Clock’s Motion, Occasion’d by the Action of Heat and Cold upon the Rod of the Pendulum”, Philosophical Transactions, 34, no.392, pp.40–44, 1726年の論文。公刊原本PDF、DOI。本文全5頁を確認。閲覧2026-10-27。

2. The Royal Society, 原稿CLP/3ii/20の所蔵目録。原稿1726-04-18、朗読1726-04-28。原稿画像そのものと公刊本文は区別。閲覧2026-10-27。

3. Encyclopædia Britannica, 11th ed., vol.6, “Clock”, 1911, pp.538–541中心、振子と温度・気圧補償。Project Gutenberg公開本文。歴史的専門解説。閲覧2026-10-27。

4. J. Norman Lockyer, Stargazing: Past and Present, Macmillan, 1878, pp.186–193、fig.90。公開本文。本文の1715年という水銀振子発明年は、グラハム本人の試作経過と分けて扱う。閲覧2026-10-27。

5. Ward L. Goodrich, The Modern Clock: A Study of Time Keeping Mechanism; Its Construction, Regulation and Repair, Hazlitt & Walker, 1905, ch.IV, pp.61–66中心。公開本文。温度応答と複数容器の歴史的技術解説。閲覧2026-10-27。

6. Sigmund Riefler, Mercurial Compensation-Pendulum, US508530, 出願1891-08-28、特許1893-11-14。明細書・請求項・原図。発明者の性能主張を独立試験と区別。閲覧2026-10-27。

7. Jean Davoigneau/フランス文化省、“Horloge astronomique dite horloge de Graham (CM 29)”, Palissy IM13000028。調査1996年、調書執筆1997年、公開目録作成2001年、更新2011年。構造、銘文、寄贈・移転の記録。閲覧2026-10-27。

8. Whipple Museum of the History of Science, University of Cambridge, 資料番号2800、William Hardyの天文時計。所蔵記録とJoshua Nallによる2014年の解説。閲覧2026-10-27。関連する個別記事:ハーディのケンブリッジ天文台時計。

9. Uhrenmuseum Saar, “Kompensation”。水銀、グリッドアイアン、リーフラーの補償方式の展示解説。閲覧2026-10-27。

10. William Moebs, Samuel J. Ling, Jeff Sanny, University Physics Volume 1, OpenStax, 2016, 15.4 “Pendulums”、式15.19・15.21。単振子・物理振子の一般力学。閲覧2026-10-27。