分離式クロノグラフ・モジュール#
分離式クロノグラフ・モジュールは、時刻を刻む基礎ムーブメントに、経過時間を計る機構を別の組立体として重ねる構成である。英語では modular chronograph と呼ぶ。通常の時刻表示は基礎側が担い、追加した機構が計時の開始、停止、ゼロ復帰と積算表示を担う。時計全体を二つに分けるのではなく、両者を歯車や軸で結び、基礎側から動力を受け取る。12
この構成は、既存の時刻用ムーブメントを出発点に複雑機構を設計できる一方、重ねた層の厚さや軸の位置合わせが必要になる。1969年の自動巻きクロノグラフ、キャリバー11はよく知られた早い実用例であり、後のデュボア・デプラ(Dubois Dépraz)の2000系モジュールは異なる基礎機への展開を広げた。23
分離式と一体式#
一体式では、クロノグラフの車やレバーを基礎ムーブメントの地板・受けの設計に組み込む。分離式では追加機構に独自の地板や受けを設け、基礎機に取り付ける。文字盤側に重ねる例が多いが、単に部品が上下にあることだけでは分類できない。どこまでを独立した組立体として作り、どのように基礎機と結合するかが区別の要点である。中間的な半一体式もある。1
「モジュール」は部品の配置を表す言葉で、操作を指揮するコラムホイールかカムか、動力をつなぐクラッチが水平式か垂直式かをそれだけで決めない。分離式と垂直クラッチ、一体式と水平クラッチはそれぞれ組み合わせの一例である。同じメーカーでも2019年の一体式キャリバー540には水平クラッチが使われた。2
動力と操作の流れ#
機械式では、ぜんまいの力が基礎側の輪列を動かす。モジュールはその運動を取り出し、計時秒車や積算車へ伝える。時刻表示の秒針と計時秒針は役割が違う。前者は時計が動く限り時刻を示し、後者は計測を開始したときに進み、停止後は測定値を保持する。分や時間の積算車を備えれば、中央の計時秒針が一周しても長い時間を読める。1
開始操作は、計時輪列を駆動源に接続し、停止を保持する部品を解除する。停止操作は計時輪列を止め、指針の位置を読み取れるようにする。ゼロ復帰では、ハンマーが各車の軸に付いたハート形カムを押し、その形状によって針を基準位置へ戻す。これらの動作順序はレバーとカムなどによって制御される。操作方式や具体的な連結の仕方は設計ごとに異なる。14
1960年代の着脱式の例#
ジェラール・デュボアとフランソワ・ベルトゥーの米国特許 US3568432A は、計時機構の大部分を独立した枠に組み、基礎時計に着脱する構造を示す。スイスの優先日は1967年9月22日、米国登録は1971年3月9日である。記載された実施例では、基礎側の秒車から二つの小歯車を介して運動を伝え、そのうち一つを揺動させてクロノグラフ車に噛み合わせる。停止時には噛み合いを外し、ブレーキで計時車を保持し、復帰用のハンマーとハートカムで針を戻す。4
この特許では連結軸の一端を基礎側の受けが支える。したがって「独立した枠」は、動力源や支持まで完全に独立していることを意味しない。また特許は提案された構造と請求範囲を示す資料であり、すべての製品がそのまま同じ部品配置で作られた証拠ではない。4
後のモジュールとクラッチ#
後年のデュボア・デプラ2000系では、垂直方向に働くクラッチを用いた構造が知られる。米国の時計師団体 AWCI は、ETA 2890を基礎とするDD2000を教材とし、基礎機への着脱、垂直クラッチ、分解・給油・調整を学習項目に挙げている。5
実際の駆動取り出し方には違いがある。時計専門誌『クロノス日本版』の解説は2000を分車から動力を取る例として説明する一方、時計師の別の解説は秒車の軸から駆動を取るデュボア・デプラのモジュールを示している。両記述から、すべての分離式が同じ軸から駆動されるとは結論できない。品番と基礎機を特定して読む必要がある。16
歴史と具体例#
1950年代、デュボア・デプラは技術開発部門を設け、1960年代に自動巻きクロノグラフの共同開発に参加した。同社の沿革は1969年のキャリバー11をモジュール式の自動巻きとして記し、後に12、15へ発展したとしている。3
この共同事業ではビューレン(Büren)の薄いマイクロローター式自動巻き基礎機にデュボア・デプラの計時機構を組み合わせ、ホイヤーやブライトリングなどの時計に使った。1969年にはゼニスやセイコーも自動巻きクロノグラフを発表しており、発表・販売・量産のどの時点を比較するかによって「最初」の意味が変わる。キャリバー11を、同時期に現れた初期の実用自動巻きクロノグラフの一つと見るのが適切である。27
1980年代初めのDD2000は、既存の基礎機に追加する計時機構として展開された。専門誌は1983年の例を取り上げ、機械式とクォーツ式の双方に使う目的、分車からの動力取り出しと垂直クラッチを説明する。別の取材記事は、2000がETA製や時計メーカー自身の基礎機と組み合わせられたと記す。ただし「さまざまな基礎機に使える」ことは、どの基礎機にも寸法・駆動・表示位置の調整なしに装着できることを意味しない。26
時計メーカーの製品例として、オーデマ ピゲのロイヤル オーク オフショアにデュボア・デプラのクロノグラフ・モジュールを重ねたものがある。外観だけで基礎機とモジュールの組合せを断定せず、製造時期と各キャリバーを確認する必要がある。2
設計上の利点と制約#
既存の基礎機と追加機構を別々に設計・組立できれば、複数の製品に共通の計時機構を使う道が開ける。修理でも基礎側と計時側を分けて扱える場面があるが、故障箇所の特定、基礎機との接続、モジュール内部の分解・調整はそれぞれ必要である。AWCIが専門の整備教育を設けているように、分離式だから簡単に整備できると一律には言えない。15
重ねた層は厚さに影響し、リューズと計時ボタンの高さがずれたり、基礎側の日付表示が文字盤の奥に見えたりする場合がある。計時機構が力を取り出すと輪列への負荷と摩擦が変化し、歩度やテンプの振り幅に影響しうる。ただし、その大きさや耐久性はクラッチ、歯車、潤滑、調整と個々の設計に左右されるため、分離式か一体式かだけで精度や品質の優劣を断定できない。12
年表#
- 1956年:デュボア・デプラに技術開発部門が設けられる。3
- 1967年:着脱式クロノグラフ構造の特許に関するスイス優先日。4
- 1969年:自動巻き基礎機に計時モジュールを組み合わせたキャリバー11が登場。23
- 1971年:上記の米国特許 US3568432A が登録される。4
- 1983年:『クロノス日本版』がDD2000の年として挙げる。6
- 2019年:デュボア・デプラの一体式キャリバー540が紹介され、モジュール式とは別の構造例を示す。2
参考文献#
1. Henrik Korpola / Fratello, Understanding the Mechanical Chronograph, 2019-01-25、時計師による構造解説、閲覧日 2026-10-28。
2. Xavier Markl, Inside Dubois-Depraz, Module Specialist, And Their New Integrated Chronograph, Monochrome, 2019-07-26、閲覧日 2026-10-28。
3. Dubois Dépraz, Société, 企業沿革、閲覧日 2026-10-28。
4. Gérald Dubois, François Berthoud, Chronograph-watch with independently mounted chronograph mechanism, US3568432A、1971-03-09、明細書・請求項、閲覧日 2026-10-28。
5. American Watchmakers & Clockmakers Institute, The repair and servicing of a Modular Chronograph Featuring the Vertical Clutch System, 講座資料、1頁、閲覧日 2026-10-28。
6. 広田雅将、鈴木裕也、汎用ムーブメント改造大百科 Part 2, クロノス日本版、2010年掲載記事の2019年公開版、閲覧日 2026-10-28。
7. TAG Heuer, L’histoire du Calibre 11 et de la TAG Heuer Monaco Chronomatic, 2024-12-16、閲覧日 2026-10-28。