ラック・レバー脱進機(rack lever escapement)は、ガンギ車とテンプの間にあるレバーの端に歯を刻み、テンプ軸の小歯車と噛み合わせる時計の脱進機である。テンプの往復運動がレバーを動かして輪列を小刻みに解放し、輪列からの力は同じ連結を通ってテンプの振動を維持する。18世紀に提案され、特に19世紀初めのイギリス、リヴァプールの懐中時計で用いられた。1 2
名前が似ていても、現代の時計によく使われる自由アンクル脱進機とは区別が必要である。ラック型では歯の噛み合いが続くため、テンプはレバーから離れて自由に振れるわけではない。自由アンクル型では、振動の中央付近でだけテンプ側のピンとアンクルが関わり、残りの振動では離れる。3
仕組み#
主ゼンマイが輪列を介してガンギ車を回そうとすると、レバーの二つの爪が交互に歯を受け止める。レバーは支点を中心に揺れ、その先端の扇形に並ぶ歯、すなわちラックが、テンプ軸上のピニオンを動かす。逆にテンプが往復するとピニオンからラックへ動きが伝わり、爪がガンギ車の歯を解放する。解放された歯が爪に力を与え、その力がレバーと歯の噛み合いを介してテンプに伝わる。ひげゼンマイとテンプが振動の周期を作り、脱進機はその振動を維持しながら輪列の進みを区切る。3 4
1946年の時計技術誌が図示した一例では、30歯のガンギ車と、テンプについた6枚歯のピニオンを用いる。この例ではレバーに取り付けた直線状のひげゼンマイがレバーを中央へ戻し、歯を通じてテンプに復元力を与える。これは一つの具体例であり、すべてのラック・レバー時計の歯数やばねの配置を表すものではない。4
爪が歯を止めている間も、テンプの動きはラックとピニオンを通してレバーに伝わる。そのため、止まったガンギ車の歯と爪の接触による摩擦に加え、ラックとピニオンの摩擦も考慮する必要がある。19世紀の時計技術書は、テンプが大きく振れるほどレバーと爪も大きく動くこと、偶然中央位置でテンプが止まると摩擦によって再始動しにくいことを欠点として挙げた。これは構造上の説明であり、個々の時計の実測日差を示す数値ではない。3
自由アンクル型では、テンプの振りが増えても、その大部分でレバーを引きずらずに済む。もっとも「自由」は常に無接触という意味ではない。解除と力の受け渡しの短い区間では接触する。脱進機の方式だけで時計全体の精度が決まるわけではなく、調整、摩耗、振動子なども関係する。3
考案から製造へ#
メトロポリタン美術館は、フランスのジャン・ド・オートフイユが1722年にラック・レバーの着想を発表したと説明する。これは18世紀半ば頃にトーマス・マッジが考案した自由アンクル脱進機と同一ではない。オートフイユの著作そのものと、後の時計の細部が完全に一致すると決めつけず、二つの方式の接続方法の違いを見ることが大切である。1
リヴァプールのピーター・リザーランドは1791年と1792年に関連する特許を取得した。1946年の専門誌は1791年の特許日を10月14日とし、翌年の特許を秒を刻む時計に関するものとして紹介する。同誌が引用する収集家ポール・チェンバレンは、1792年の仕様書は記録されていないと述べ、所持する秒打ち時計がその特許を表すと推定した。現存する時計を直ちにその特許の実施例と断定することはできない。1 4
時計史研究者マイケル・エディディンは1791年の特許文言を引用し、陸上・海上で使う時計と経度測定への有用性を発明者が主張したことを紹介する。一方、論文は航海に十分な精度だったという主張に懐疑的である。特許文言は発明者の主張であり、実際の航海精度や採用の証明ではない。特許の一次資料は確認できず、この説明は論文の引用による。2
エディディンは現存時計の比較から、特許期間中は他社への製造許諾よりも、リザーランド側が完成機械などを他の署名者向けに供給したと論じる。特許満了後にはリヴァプールやロンドンの他の製造者にも広がったとするが、これは残存標本に基づく研究上の解釈で、全製造数の直接記録ではない。2
現存する時計とその後#

図:ラック・レバー脱進機を備えるロスケルの懐中時計29664。時計製作者:Robert Roskell、撮影者不詳(Met提供)。出典:Wikimedia Commons。ライセンス:CC0 1.0。加工なし。
グリニッジ王立博物館が所蔵するロバート・ロスケルの番号9892は、約1813年の銀製二重ケース入り懐中時計である。フュジーを持つフルプレート機械にラック・レバーを備え、白いエナメル文字盤には小秒針がある。同館は、この種の時計が19世紀前半に多数作られ、米国を中心とする輸出向けも多かったと説明する。5
メトロポリタン美術館のロスケル時計、番号29664にもラック・レバーがあり、ケースの刻印は1820〜21年を示す。同館はロスケルがラック型と自由アンクル型の両方を使ったと記す。同じ時計師の署名があっても、方式が同じとは限らない。こうした時計ではフュジーや地板の構造と脱進機を区別して読む必要がある。1
ラック型はランカシャーで19世紀に入っても長く使われたと美術館は説明する。一方、自由アンクル型などの競合方式が普及し、19世紀の技術書ではラック型を既に使われなくなった方式として扱っている。評価の時期や地域が異なるため、この二つの記述を一つの消滅年に置き換えることはできない。1 3
年表#
- 1722年:オートフイユがラック・レバーの着想を発表したとされる。1
- 1750年頃:マッジによる自由アンクル脱進機の考案。ラック型とは異なる連結である。1
- 1791・1792年:リザーランドが関連特許を取得する。1 4
- 1813年頃:ロスケルの番号9892にラック型を採用した現存例がある。5
- 1820〜21年:メトロポリタン美術館所蔵のロスケル時計のケース刻印。1
- 19世紀:リヴァプールを含む地域で使われる一方、自由アンクル型などが広まる。1 2
参考文献#
1. Metropolitan Museum of Art, “Pocket watch” (Robert Roskell, no. 29664), 解説・所蔵品記録、本文(2026年11月4日閲覧)。
2. Michael Edidin, “Peter Litherland’s patent watches and their successors”, Antiquarian Horology, June 2023, pp. 223–230, 本文(2026年11月4日閲覧)。
3. Edmund Beckett Denison, A Rudimentary Treatise on Clock and Watch Making, §116–117, pp. 147–148, 本文(2026年11月4日閲覧)。
4. “The ‘Rack’ and ‘Pinion’ Escapement”, H. I. A. Journal, November 1946, pp. 7–8, 本文(2026年11月4日閲覧)。
5. Royal Museums Greenwich, “9892”, object ZAA0407, 所蔵品記録(2026年11月4日閲覧)。