出テンプ:プレートの上に置く振動体#
出テンプは、時計のテンプを輪列を支えるプレートやブリッジより高い位置に置く構成を指す呼び方である。テンプは往復回転し、ひげぜんまいとともに時を刻む基準を作る。懐中時計では輪列を覆う全板の外側にテンプが見え、現代の腕時計では、部品の上方の空間を利用して大きなテンプを収めた例がある。1 2
これは脱進機の種類や特定の素材を意味する名称ではなく、部品の配置を説明する言葉である。日本の愛好家の解説は、全板式の懐中時計を「出テンプ」と呼び、浅岡肇の腕時計 TSUNAMI を扱う時計専門誌は、ブリッジより一段高いテンプの配置を同じ言葉で説明している。両者に共通するのは、輪列の支持面に対してテンプが上方にあることだが、全板式と出テンプをあらゆる時計で同義と決めることはできない。1 2
どの部品がどこにあるのか#
古典的な全板式では、文字盤に近い地板と、その反対側の上板が支柱で隔てられ、香箱や歯車などの輪列をその間に収める。上板の外側にテンプを置き、上板に取り付けたテンプ受けが天真の上側の軸受を保持する。テンプ受けは、薄いテンプの上をまたぎ、軸を正しい位置に保つ部品である。上板の下にある輪列とは、脱進機を介して結び付く。古い全板式の一例では上板の裏側に取り付けた支え(ポタンス)が天真の下端を支える。3 10
動力の流れをたどると、巻き上げたぜんまいが香箱と輪列を回し、脱進機が歯車の進みを区切りながらテンプへ力を渡す。ひげぜんまいは回ったテンプを戻し、テンプは逆向きに振れる。振動体を上に置いても、この動力の関係そのものが変わるわけではない。テンプが外から見えることと、文字盤側に開口を設けて見せるオープンハートも別の話である。
テンプ受けの形は個々の設計で異なる。片端を固定した受けも、両端を支持する橋もあり、「出ている」ことだけで支持方法を判定できない。天真の上下の軸受の位置、ひげぜんまいの固定と緩急調整の位置を合わせる必要がある。実際の修理事例では、テンプ受けの足が削られ、ねじを締めるたびに上側の石の位置が変わる状態が報告されている。外から見える形だけでなく、支持面と軸の整合が機能にかかわる。4
全板と四分の三板#
全板式は広い上板で輪列を覆い、テンプをその外に配置する。一方、四分の三板式では上板の一部を切り欠き、テンプを地板に近い位置に置ける。さらに上板を複数の受けや橋に分ける構成もある。後者では個々の輪列に近づきやすく、テンプの高さを抑えられる場合があるが、各部の支持位置を正しく合わせる設計と加工が必要となる。3 5
高い配置は、同じ平面上で輪列や香箱と競合していた空間を別の高さで利用できる。そのため大きなテンプを選べる場合がある一方、厚み方向に余裕が必要になり、ケースや裏蓋との間隔も設計上の制約となる。全板式は分解時に複数の輪の軸を一枚の板へ同時に合わせる必要がある。配置の選択だけで完成した時計の厚さや整備の難しさが一律に決まるわけではない。
懐中時計から現代の腕時計へ#
二枚の板で輪列を支え、上板の外に振動体を置く方式はアメリカだけの発明ではない。メトロポリタン美術館のニコラス・ヴァラン作の時計は、後板にテンプとそれを支える受けを備えた初期の例として説明されている。この時計はひげぜんまい導入以前の例である。後の懐中時計では、板から外に出たテンプの構成が様々なメーカーに受け継がれた。6
18世紀後半には、ジャン=アントワーヌ・レピーヌが全板を次第に個別の受けへ分ける構成を発展させた。輪列と脱進機を一枚の広い上板で一括して支える方法に対し、個別の橋を用いる設計は、部品へのアクセスを変えた。これは全板式の時計が一斉に姿を消したことを意味しない。5
19世紀の米国製懐中時計にも全板式が見られる。スミソニアン国立アメリカ歴史博物館が所蔵する1869年頃の Newark Watch Company の機械は、18サイズ、全板式、15石、鍵巻き・鍵合わせの実例である。11ウォルサムのモデル1857の初期例では、ひげぜんまいがテンプの下側にあり、緩急針はテンプ受けではなく上板に載っていた。時計史研究者ネイサン・ムーアの説明によると、1860年初めにはテンプの上側にひげぜんまいを置く型も導入され、調整のための余地が広がった。上板の外にテンプを置く共通点があっても、ひげぜんまいの配置と調整方法まで同一ではない。7
浅岡肇の TSUNAMI は、懐中時計に通じる配置を腕時計で用いた具体例である。時計専門誌は、輪列のブリッジよりテンプを高く置いて空間を利用し、通常製作例の直径15 mmのテンプを収めたと説明する。時計の紹介サイト Independents も、この時計を全板式のムーブメントを持つ作品として紹介する。2 8
2013年のバーゼル出展品である TSUNAMI 16 の番号001は16 mmのテンプを持ち、後の通常例は15 mmである。Phillips の記事は、この初期個体に緩急針がなく、外周の調整重りによる空気抵抗にも配慮した設計だと説明している。これは個体に即した設計上の説明であり、すべての出テンプに共通する仕様ではない。9
大きさと精度の関係#
大きいテンプは、質量の分布次第で回転の慣性を大きくできる。ひげぜんまいと組み合わせた振動の性質は、直径だけでなく、重さがどこにあるか、ばねの性質、摩擦、姿勢、振幅、調整にも左右される。径の大きさや上方配置だけを見て、日差や耐衝撃性が優れると断定することはできない。
全板の上にテンプを置く配置は、支持板の外側に振動体を設けるという古い構造である。同時に、現代の設計では高さ方向を使って大きな振動体を見せる手段にもなる。配置、脱進機、ひげぜんまい、軸受、仕上げをそれぞれ分けて見ることで、その時計の設計意図を理解しやすくなる。
年表#
- 1600年頃:ヴァランの時計に、後板上のテンプと受けが見られる。6
- 1762〜1792年:レピーヌは、全板から個別の橋を用いる構成へ段階的に移行した。5
- 19世紀後半:米国製全板式懐中時計に、上板外のテンプが見られる。ウォルサムのモデル1857にはひげぜんまいの上下配置の違いがある。1 7
- 2013年:浅岡の TSUNAMI 16、番号001がバーゼルで展示される。後の通常製作例は15 mmテンプを用いる。9
参考文献#
- 「アメリカ製懐中時計に纏わるお話②」『ゼロからはじめる腕時計』、本文、2026年10月28日閲覧。
- 「クロノトウキョウの魅力に迫る」『クロノス日本版』、本文、2026年10月28日閲覧。
- David Boettcher, “Watch Movement Identification”, Movement Types、2026年10月28日閲覧。
- マサズパスタイム「テンプ受け製作」、2020年、修理記録、2026年10月28日閲覧。
- “The ‘Lépine caliber’ – the bridged watch movement, 1762–1792”, Antiquarian Horology、本文、2026年10月28日閲覧。
- The Metropolitan Museum of Art, “Watch in the form of a Lesser George”, 所蔵作品解説、2026年10月28日閲覧。
- Nathan Moore, “The Under-Sprung Balance and Hairspring on Waltham’s Model 1857”, 2021年、本文、2026年10月28日閲覧。
- Independents, “Hajime Asaoka”, 時計師紹介、2026年10月28日閲覧。
- Phillips, “The Indie Insider: It’s Hajime Asaoka’s World”, 本人への確認を含む記事、2026年10月28日閲覧。
- Archie B. Perkins, “Types and Styles of Pocket Watch Movements”, Horological Times, 1998年6月、pp.18–20、本文、2026年10月28日閲覧。
- Smithsonian National Museum of American History, “Watch movement, Newark Watch Works”, 所蔵番号 1984.0416.242、所蔵資料、2026年10月28日閲覧。