ルモントワール・デガリテ:定力装置の歴史と技術詳細

ルモントワール・デガリテ:定力装置の歴史と技術詳細

何を一定にする装置なのか#

ルモントワール・デガリテ(remontoir d’égalité、英語では remontoire、ドイツ語では Zwischenaufzug)は、時計の主動力と脱進機の間に小さなエネルギー蓄積部を設け、これを繰り返し補充する機構である。小重錘を持ち上げ直すものと、小ばねを巻き上げ直すものが代表的である。主ゼンマイや大きな駆動重錘は補充を受け持ち、脱進機はその小さな蓄積部から力を受ける。主動力から届く力の変化を、調速機へそのまま伝えないことが目的となる。1 18

この名称の「巻き上げ」は、所有者がりゅうずを回す操作とは区別する必要がある。時計は運転を続けながら、自身の内部にある副動力を自動的に巻き直す。腕の動きで主ゼンマイを巻く自動巻きとも、主ゼンマイを手で巻いている間だけ給力を補う巻上げ維持装置とも、目的と動作時間が異なる。1

「定力装置」や constant force は、常に同じ構造を指す名称ではない。たとえばフュジーは、円錐状の滑車と鎖などで有効半径を変え、主ゼンマイのトルク変化を補償する。ルモントワールは副動力に短い周期で蓄えて配る。定力脱進機は、脱進機の衝撃を直接均等化することを狙う。この三つは同じ課題に別の場所から取り組む。18

フランソワ=ポール・ジュルヌは、複数回の脱進機の衝撃の間に副ばねを巻き直す方式をルモントワール、各衝撃をそろえる方式を狭義のコンスタントフォースとして区別している。一方、メーカーが輪列中のルモントワールを「constant-force escapement」と呼ぶ例もある。したがって、商品名だけで脱進機自体の形式を判断せず、副ばね・重錘・ロック機構がどこにあるかを確認するのが確実である。17 23

エネルギーの経路と動作#

ばね式の基本サイクル#

ばね式の典型では、主動力側の車輪と脱進機側の車輪を、直接固定せず副ばねを介してつなぐ。上流側がロックされている間も、副ばねは下流側を回せる。下流側が所定角度進むとロックが解除され、主動力が上流側を短時間動かして副ばねを補充する。再びロックされると、次の補充まで副ばねが給力する。ストレーラーの公報に記された動作もこの順序である。20

段階主動力側脱進機側調整上の要点
給力ロックに止められている蓄えた副ばねで進むばねが完全に解ける前に解除位置へ達すること
解除下流側の動きが停止部を外す脱進機は動作を続ける解除に必要な力を過大にしないこと
補充主ゼンマイなどで所定量進む補充中も給力を維持する設計が必要巻上げ速度と衝撃を制御すること
再ロック次の爪・歯・停止面で止まる新しい給力区間へ入る止まり位置とばねの設定を再現すること

この表は個別の製品図を置き換えるものではなく、ロック、解除、補充の役割を整理した説明である。H4ではデテントとロック輪、ストレーラーでは星輪と停止部が働く。ファンで補充速度を抑えるものもあれば、別の構造で衝撃を扱うものもある。6 20

重要なのは、補充の瞬間だけ調速機に力を与えるという理解では不十分なことである。通常のばね式ルモントワールでは、蓄積部が補充間隔のあいだ脱進機を駆動し、脱進機はその給力を自身の周期で調速機へ渡す。「1秒ルモントワール」という名称も、テンプが1秒に一度しか振動しないという意味ではない。18 23

「一定」と短周期の関係#

普通の弾性ばねは解放につれてトルクが変わる。ルモントワールが小ばねを採用しただけで、瞬間的な出力が厳密に一定になるわけではない。狙いは、主ゼンマイが何時間もかけて変化する代わりに、副ばねの同じ短い解放区間を繰り返して使うことにある。ジュルヌが懐中時計向けの5秒周期から腕時計向けの1秒周期へ進めた理由として挙げるのも、この区間内の変化を小さくすることである。17

理解のため、摩擦のない線形ねじりばねを仮定すると、トルクは τ = kθ、蓄積エネルギー U(J)は U = kθ²/2 と書ける。ここで τ はトルクの大きさ(N·m)、k はねじり剛性(N·m/rad)、θ は自然状態からのねじり角の大きさ(rad、0以上)である。補充後から次の解除まで θ が小さくなる量を抑えれば、トルクの変動幅も抑えられる。これは動作を理解するための理想化した力学モデルであり、特定製品のばね曲線や精度を計算した結果ではない。復元トルクの符号付き表現は変位を戻す向きとなる。31

このモデルでは、同じ解放区間の繰り返しは再現性を高めるが、ばねの摩擦、コイル接触、材質の変化、ロック部の抵抗まで消すわけではない。周期を短くすると補充回数が増え、ロックや解除も頻繁になる。短周期化と低損失化は一緒に設計すべき課題であり、周期だけで優劣を決めることはできない。1 17

重力式と設置位置#

重力式では、一定質量の小重錘が下がることを利用する。質量 m(kg)が高さ h(m)だけ下がるとき、重力加速度を g(m/s²)として放出する位置エネルギーは mgh(J)となる。地表付近で重力加速度が一様、重錘が地球に比べて十分小さいという近似を用いた説明である。32ただし重錘の重さが同じでも、レバーの角度、歯車や軸の摩擦、重錘がどの経路で下がるかによって出力トルクは変わる。「重力が一定だから、機構から出るトルクも完全に一定」という結論にはならない。

副動力を輪列中に置く方式と、振り子などへ直接衝撃を与える方式も分けて考える必要がある。ベケットの原書は、輪列ルモントワールが脱進車を駆動するのに対し、脱進機側の定力方式はより直接に振り子へ働くという区別をしている。大型時計では表示用の大きな針や輪列の負荷を切り離すことが有効だが、下流に残る脱進機の摩擦は別の問題となる。1

16世紀の精密時計:ビュルギと観測用途#

ヨスト・ビュルギ(Jost Bürgi, 1552–1632)の時計は、ルモントワール史の早い実例として重要である。ただし、作品の帰属、推定製作年、機構の発明年は同一ではない。カッセルの博物館目録は、重力式を備える時計 APK U 37 をビュルギに「帰属」とし、1582年以後/1580年以後と記載する。解説では約3か月の長い運転期間を挙げるが、それだけから発明年を一つに確定することはできない。2

同館の APK U 43 は「クロスビート脱進機とばね式ルモントワールを備える精密時計」で、年代欄は1590年以前/1600年以前(疑問符付き)となっている。中間巻上げは毎時作動し、ばねが解ける同じ区間を繰り返し使うという説明である。これは、ばね式を18世紀のハリソンからだけ始まるものとして扱えない具体例となる。3

この時計のクロスビートは、歯で結び付けられた腕が逆方向に振れる構成であり、二本の振り子を意味しない。振り子時計以前の調速機と定力装置が組み合わされている。同館は、ロートマンらの観測記録にある「二重のフォリオ」という記述との対応を論じ、分の端数を耳で数えたことにも触れる。ただし、現物をビュルギへ結び付ける判断は、後世の技術比較と記録解釈を含む。3

ビュルギの例が示すのは、長く動くことと正しく時を刻むことが別の設計課題だという点である。長い主ゼンマイに多くのエネルギーを蓄えても、その力を調速機に直接伝えれば、給力条件が長期間に変わってしまう。小さな副動力を反復補充することで、この二つの課題を分けて扱える。発明の無条件の「世界初」よりも、現存する複数方式とその仕組みを比較する方が、技術の成立を正確に理解できる。2 3

18世紀:航海時計と据置き時計#

ハリソンのH2とH4#

ジョン・ハリソンの H2 は1737–1739年に製作され、Royal Museums Greenwich は、二つのテンプへの駆動を均等化するルモントワールを改良点として挙げる。テンプの設計上の欠陥を発見したため、H2は海上試験に出されなかった。機構を搭載したことと、航海用時計として実証されたことは分ける必要がある。4

H4は1759年に完成した。1761年に始まる航海試験の時期と製作年は異なる。大型時計から懐中時計に近い形式へ移行したH4は、速いテンプ、高い蓄積エネルギー、温度補償、独自の脱進機などを合わせた設計であり、精度をルモントワールだけの効果に帰すことはできない。5 6

H4の具体的な給力を理解するうえでは、デレク・プラットの復元を完成させたロジャー・スティーヴンソンの製作報告が有用である。四番車の軸を中心に、四番車、冠歯車、中央秒針を駆動する車輪が同軸に組まれる。四番車側から副ばねを介して冠歯車を駆動し、そこからガンギ車へ力を伝える。主輪列と脱進機を単に一緒に止めたり動かしたりする構成ではない。6

解除は五本の腕を持つデテント、ロック輪、巻上げ速度を抑えるファンで制御される。冠歯車の軸のピンがデテントを持ち上げると、ロック輪が一回転してばねを補充する。カムとローラーは補充中に爪をピンの経路から外し、冠歯車は回転を続ける。この機構は7.5秒ごとに再巻上げされる。6

この復元報告は、図面や部品を読むだけでは見えにくい組立・調整の情報も含む。復元用の副ばねは高さ1.45 mm、厚さ0.08 mm、長さ約160 mmの時計用ばねから作られ、真鍮のケージ内でコイルが開いた形になるよう整形された。これは復元品の製作寸法であり、18世紀の原品材料の分析値として読み替えるべきではない。6

マッジ:作品と脱進機を分けて見る#

トーマス・マッジは、携帯時計でも定力を試した。Science Museum Group の現物目録には、1755年の No.260 が、ヴァージ脱進機、ルモントワール、二本のひげぜんまいを持つものとして記録される。フュジーに巻上げ維持機構はないが、巻上げ中の逆転を防ぐデテントがある。スペイン国王フェルディナンドへ1755年8月22日に売却されたという来歴も記載され、具体的な顧客と作品を対応させられる。7

これとは別に、同館には1785年頃の定力脱進機部品があり、金製のらせんひげぜんまいを伴う大きなテンプと、二つのスパイラルばねを持つ脱進車が残る。元は海洋時計かクロックかという同定には留保がある。さらに1795年頃の No.7 は、父マッジの設計に基づき、息子の依頼で Howells & Pennington が製作した36時間の航海時計として目録化されている。これらを一つの「1755年に完成した機構」の説明へまとめてしまうと、実験と後続製作の違いが失われる。8 9

ロバン、レピーヌ、ブレゲ#

フランスの据置き時計には、主ばねで小重錘を持ち上げる方式が見られる。CNAMの1949年時計目録は、ロベール・ロバンに帰属する1785年の時計 No.8827 を詳しく説明する。重錘が下がると揺動レバーが解除され、主輪列が重錘を持ち上げ、十字形車輪が半回転して再び止まる。周期は12または13秒とされる。これは単に「高級置時計に採用された」という概説を、機構と現物に結び付ける例である。10

レピーヌ銘の逆Y形天文レギュレーターも、実物の説明資料が公開されている。1814年頃とする収蔵品資料では、二つの香箱によるルモントワール、約一か月の運転期間、半秒を刻む調速振り子、均時差、永久カレンダー、月齢、日の出・日の入りなどが記載される。長時間駆動と複数表示を備える時計の給力条件を、主ゼンマイの残量から切り離す試みとして読める。ただし「Lépine」という工房の署名と、全工程を一人で製作したという主張は区別する。11

ブレゲの定力脱進機は1798年3月9日の特許として、ルーヴルの展覧会年表にも記録される。ルモントワールの歴史と関係するが、フュジー、二香箱、定力脱進機はそれぞれ別の給力対策である。同年表は二香箱の航海時計の発展を1815年に置いており、18世紀の実験と後の構成を一度に扱わないことが大切になる。12

この1798年特許の原説明書・原図は、本稿で用いた資料の中では取得できていない。そのため特許の存在・日付は博物館の公刊年表に帰属させ、請求範囲や微細部品の構造まで推定しない。公刊記録で説明できることと、公報の全文から説明できることには違いがある。12

19世紀:塔時計、天文観測、電気巻上げ#

塔時計に必要だった隔離#

塔時計の主動力は重錘でも、調速機へ届く力は一定とは限らない。大きな針を回す輪列には、風、針の荷重、摩擦などが作用する。脱進機は軽い副動力で駆動し、重い表示系は上流側で扱うという分離が、ルモントワールの用途となった。1

ベケットの原書は、重力式でも副動力の歯車そのものに摩擦が残ること、同軸の二車をばねで結ぶだけの方式では車輪の受けに生じる摩擦が問題となることを説明する。彼自身のばね式では、脱進車を駆動する小歯車を独立した受けに置き、ばねを介して力を渡す。原書が1849年の考案とし、ロンドンの Royal Exchange の重力式を1854年にばね式へ置換したと記すものである。時代の議論は、エネルギー源の選択に加え、支承と摩擦をどう分離するかに及んでいた。1

塔時計には揺動枠、差動歯車、遊星歯車、無端鎖、ロッカーなどの構成がある。塔時計の収集・修復を行ったマーク・フランクの分類では、ワグナーは1850年頃の揺動枠式、ヴェリテは1840年頃のロッカー式として扱われる。遊星歯車式の図にはエアリー、1860年頃という別の帰属が付く。これらの分類と概略年代は、各発明者の全一次記録を確定した年表ではなく、現物と専門文献を整理した研究として読む必要がある。30

ベケットはまた、1851年の博覧会でパリのワグナー社が展示した連続運動式を記録している。望遠鏡の追尾や、秒より短い間隔で観測時刻を記録する回転胴には、通常の時計輪列の停止と急進が都合よくない。そこで振り子で時の基準を保ちつつ、ファンとそれを覆う筒の位置で連続輪列の速度を調整する構成が用いられた。ルモントワール周辺の工夫は、時計の文字盤だけでなく、観測装置の滑らかな運動にも関わる。1

重力脱進機は別の実装#

ウェストミンスターの大時計に用いられたデニソンの二重三本脚重力脱進機は、駆動輪列が持ち上げた腕の位置エネルギーで、振り子へ直接衝撃を与える方式である。輪列中の副動力がガンギ車を駆動する通常のルモントワールと、同じものとして説明するべきではない。給力の変動を振り子から隔離する目的には共通点がある。1 13

英国議会の説明は、大時計の製作完了を1854年、塔への設置を1859年とし、その間にもデニソンが改良を続けたとする。1854年という数字を、すべての部品がその年に一挙に発明され、そのまま運転開始した意味に取らない方がよい。塔時計では、設計、製作、設置、運転の各段階が別に存在する。13

電気を動力にしても、衝撃を一定にする課題は残る#

電磁石で小重錘を上げたり副ばねを巻いたりする方式では、補充の動力が電気になる。しかし電磁力を直接振り子へ与える方式と、重錘やばねを介して給力する方式は区別しなければならない。

チャールズ・シェパード・ジュニアの1853年講演は、その理由を電池の変動から説明する。電池の力が変われば電磁力も変わり、直接駆動された振り子の振幅、ひいては等時性が完全でない振り子の歩度が変わり得る。そこで電磁石は重錘を持ち上げるか、ばねを一定量曲げ、振り子には重力または弾性を介して衝撃を渡す。14

この講演で紹介されたグリニッジの装置については、講演者とデニソンの機構評価が一致していない。さらにシェパードは、目標が一台だけの完全な時計ではなく、他の時計へ時刻を同時に伝達することだったと応答した。定力化、時計一台の歩度、遠隔文字盤へ時刻を配る機能は、それぞれ評価すべき課題だったのである。14

リーフラーの天文台時計も、電気補充と振り子への衝撃を分けた重要例である。NISTの実物解説では、1889年に考案された方式で、振り子を吊る短い板ばねの上端を脱進車が毎秒わずかに動かし、そのばねから振り子に衝撃を与える。脱進車を駆動する小重錘は30秒ごとに約1 cm下がり、下端で回路を閉じると電磁石に持ち上げられる。30秒は振り子が衝撃を受ける間隔ではなく、駆動重錘の補充周期である。15

同館では、リーフラー時計が1904年から標準時計として使われ、1929年にショート時計に替わった後も、少なくとも1941年まで時計の試験に用いられたと記録する。精度を支える要素は、副動力だけでなく振り子の懸垂、脱進機、設置環境などを含む。15

20世紀後半から現代:小型化と作品#

ダニエルズとジュルヌ#

ジョージ・ダニエルズの1975年「エルソムII」は、一分トゥールビヨン、スプリングデテント脱進機、15秒ルモントワール、均時差、巻上げ量表示などを組み合わせる。作品目録は、同名顧客への1975年販売と、その年のホールマークを記録する。「グランド・コンプリケーション」や「スペース・トラベラー」は別の作品で、エルソムIIの別名ではない。16

ジュルヌは、ダニエルズのルモントワールを研究した経験を自身の文章で述べる。副ばねが完全に解けてしまうと再始動しにくくなる点を課題とし、副ばねに張力を残すよう再設計したという。これは本人が説明する設計意図と経験であり、すべてのダニエルズ時計に対する故障判定ではない。ジュルヌが1983年に完成した最初のトゥールビヨン懐中時計と、その後のルモントワール研究を、同一仕様の時計としてまとめないことも大切である。17 18

1999年の Tourbillon Souverain は、ルモントワールを組み込んだ腕時計として登場した。メーカーは腕時計での初採用を主張し、Cal.1498の生産期間を1999–2003年とする。この歴史的な先駆性と、本人がどこまでを「定力」と呼ぶかという機構分類は別の問題である。19

メーカーの図では、主輪列から直接トゥールビヨンを回すのではなく、ばねと副動力側の車輪がケージへ力を供給し、上流側の動きをレバーが止める。製品を理解するには、トゥールビヨンが姿勢に関係する誤差へ取り組む機構、ルモントワールが給力条件へ取り組む機構であることを区別するとよい。どちらを載せたというだけでも、あらゆる姿勢・温度・衝撃で同じ歩度を保証するわけではない。18 19

ストレーラー:公報と実製品#

アンドレアス・ストレーラーの Sauterelle は、秒の車輪に置く1秒ルモントワールを備える。メーカーの説明では、星形の遊星部と小ばねを用い、解除後に次の停止位置へ達する構成で、飛び秒も表示する。公称仕様は二香箱、約78時間、3 Hzである。これらはメーカーが示す製品仕様であり、独立した全個体の性能試験結果ではない。21

対応する出願公開公報 CH707938A2 は、2013年4月22日出願、2014年10月31日公開である。原ドイツ語の説明と図では、同軸の入力・出力部、連結するばね、固定内歯車と噛み合う遊星部、星輪と停止部が描かれる。副ばねが下流側を進めると停止部が外れ、入力側が進んでばねを張り直し、次の歯で再び止まる。20

公報は、遊星を支える部品の歩進そのものを時間間隔の表示に使う点も扱う。給力調整と表示を別々の追加機構にせず、同じ動作から取り出す設計である。ただし出願公開公報の記載は発明の説明であり、登録の現状や法律上の有効性、製品の実測精度を証明するものではない。20 21

異なる周期と表示の関係#

グローネフェルドの1941 Remontoire は2016年に発表された8秒周期の方式である。メーカーは小ばねを8秒ごとに巻き上げ、脱進機を直接駆動すると説明し、G-05の仕様に遊星歯車、ボールベアリング、宝石を用いたレバーなどを挙げる。9時位置には補充速度を制御するガバナーが見える。一方、時刻表示の小秒針を「8秒ごとにだけ動く秒針」と説明してはならない。補充周期と表示の動きは、それぞれ確認すべき仕様である。22

リヒャルト・ランゲ・ジャンピングセコンドでは、1秒周期の補充と一秒刻みの中央秒針を組み合わせる。五つの突起を持つ星はガンギ車の軸とともに5秒で一回転し、各秒にレバー、通称 flirt を解放する。レバーの一回転を秒表示へ伝える。りゅうずを引いたときの ZERO-RESET は別の機構であり、1秒補充そのものが秒針をゼロへ戻すのではない。2025年9月のメーカー発表も、副ばねへの毎秒の補充と、秒表示・時刻合わせの役割分担を説明している。23 24

グルーベル・フォルセイの Différentiel d’Égalité は、球状の差動機構に定力ばねを組み込む。2018年モデルの英語技術資料では毎秒の再巻上げ、飛び秒と通常の小秒表示、約60時間の「chronometric」リザーブを記載する。一方、現在の歴史紹介の発明解説には5秒周期という記載が残る。研究段階を2008年、次の技術実演を2010年とする紹介もある。設計の段階と資料の対象を区別し、現在の歴史紹介にある5秒という記載を、2018年製品の秒針の歩進間隔へそのまま読み替えないことが必要である。資料は周期の表現が一致しておらず、それぞれの対象と説明を保つ。25 26

トゥールビヨン内部への組込みと現代の展開#

2020年の Grand Seiko T0 はコンセプトムーブメントで、2022年の Kodo、Cal.9ST1 は完成した腕時計としての展開である。メーカーは、定力側とトゥールビヨン側を同軸に組み合わせ、中間の伝達部品を減らしたことを説明する。外側の定力キャリッジは1秒ごとに進み、内側は毎秒8振動するテンプに従って回転する。これはフュジーを同軸に設けるという意味ではない。27

公称パワーリザーブ72時間のうち、定力機構の作動時間は50時間である。同じ時計でも「動き続ける時間」と「定力装置が規定の働きをする時間」は区別される。メーカーは6姿勢・3温度、34日間の検定と個別証明書も説明しており、機構原理の宣伝と検定条件を分けて読める。また刻音と1秒ごとの定力機構の音を組み合わせたリズムは、音が設計上の表現にもなる具体例である。27

2025年の Urban Jürgensen UJ-1 は、デレク・プラットの楕円形懐中時計を、カリ・ヴティライネンが腕時計へ展開した作品である。公式説明は、原型のケージ内ルモントワールとルーロー三角形カムを挙げ、UJ-1に一分のフライングトゥールビヨンとルモントワールを記載する。公称運転期間は47時間、振動数は2.5 Hzである。原型の長い製作過程と、腕時計としての現代の発表は別の段階であり、両者を同じ発表年にまとめない。29

材料、加工、性能の限界#

小さなばねを繰り返し使うための加工#

ルモントワールには、ばねの設定、支持部の摩擦、解除面の仕上げ、ロック時の衝撃を同時に扱う精密加工が必要になる。副ばねと調速機のひげぜんまいは役割が異なり、材質も同じとは限らない。メーカーがテンプ用ひげぜんまいの材質を公表していても、それを副ばねの材質へそのまま移すべきではない。

H4復元の工程では、ばねを所定の開いた形にする治具や、手仕上げしたデテント、薄いファンの羽根が重要になる。ストレーラー公報では、入力・出力部の支持に宝石を用い、弾性のある腕で停止部の衝撃を扱う構成が示される。リヒャルト・ランゲのメーカーは、副ばねを内製し、機構に合わせて組み合わせると説明する。これらは、見た目の複雑さだけでなく、解除を安定して繰り返すための工程である。6 20 23

実製品のすべてについて、ばねの合金組成、寸法公差、熱処理、摩擦係数、長期疲労試験が公開されているわけではない。個別に公表された材料と、時計製造一般に使われる材料を区別する必要がある。副ばねがあるというだけで耐磁性や温度補償まで備わったと判断することもできない。

シリコンの定力脱進機との比較#

ジラール・ペルゴの Constant Escapement L.M. は2013年に登場し、シリコン製の細いブレードの座屈を利用する。メーカーは、フォトリソグラフィーによって複雑な形を作り、ブレードが繰り返し反転することでテンプへ定力を与えると説明する。これは、別置きの小ばねを数秒おきに巻き直す機構と同じ構造ではない。28

シリコン加工が可能にした形状と弾性の利用は、定力化の選択肢を広げた。しかし、材料がシリコンというだけで全機構が無潤滑、無摩耗、無調整になるわけではない。脱進機の特定部品の低摩擦化と、時計全体の軸受け、輪列、耐衝撃性は別に評価する必要がある。ルモントワールと定力脱進機を比較するときにも、出力を均等化する位置と、製造・整備上の条件の両方を見ることが重要となる。28

歩度、効率、再始動#

安定した給力は、テンプや振り子の振幅をそろえる助けとなる。ただし、完全に等時性を持つ理想振動子なら、振幅が変わっても周期は変わらない。現実の時計で問題になるのは、振動子の等時性のずれと、脱進機の作用、摩擦などが組み合わさることである。温度、姿勢、衝撃までルモントワール一つで補償できるわけではない。14 18

エネルギー効率も、補充周期だけでは比較できない。主動力は次の給力区間を満たしながら、解除、歯車の回転、補充速度の制御、再ロックに必要な仕事も供給する。ファンを使う場合、その目的は補充を安全な速度へ抑えることにあり、調速テンプの振動数を決めることではない。ファンの空気抵抗による仕事も含め、損失がどこで生じるかを見る必要がある。1 6

主ゼンマイにエネルギーが残っていても、次の補充に必要なトルクが足りなければ、定力機構は所定の周期を維持できない。停止機構で使用範囲を限定する例もある。1941 Remontoire は、停止機構が介入するまでの35時間を定力の運転期間として公表する。Kodoも50時間の定力期間と72時間の総運転期間を区別する。この違いを示せば、パワーリザーブの数字だけを精度保証の時間と読み違えずに済む。22 27

再始動では、副ばねが解けた状態から、ロック解除と補充を正常に始められるかが課題となる。ジュルヌ本人は、副ばねに張力を残して再び主ゼンマイを巻いたときに動き出せる構成を説明する。これは、主ゼンマイが折れる故障と、正常な解放による停止を同じものとして扱わないためにも重要である。17

整備では、小さい部品が常に動くことに加え、停止面の位置、ばねの張り、巻上げ速度、下流側の給力を一緒に確認する必要がある。定力機構が動いて見えるだけでは、調速機への給力が安定していると証明できない。巻上げ残量を変え、姿勢や温度を定めて歩度・振幅を測り、補充時だけ周期的な乱れがないかを見ることが、原理の評価を実際の時計の評価へつなぐ。

年表:実物、考案、出願、製品化#

以下では、年代に幅のある帰属と、日付のある出願・発表を区別する。時代の空白を、連続した普及や改良が証明された期間として埋めない。

時期出来事と意味根拠
16世紀末ビュルギに帰属する重力式 APK U 37。博物館の年代欄は1582年以後/1580年以後、約3か月の運転期間2
1590年以前/1600年以前?ビュルギに帰属するばね式 APK U 43。毎時の中間巻上げとクロスビート。年代の留保を保持3
1737–1739年ハリソンの H2 を製作。ルモントワールを備えるが海上試験は行わない4
1755年8月22日マッジ No.260 をスペイン国王へ販売。ルモントワールと二本のひげぜんまいを備える現存ムーブメント7
1759年ハリソンの H4 完成。7.5秒補充の機構を持つ5 6
1785年頃マッジの二スパイラルばね付き定力脱進機部品。元の時計の種類には留保8
1785年(目録上の帰属)ロバンに帰属する No.8827。小重錘を12–13秒ごとに持ち上げる10
1795年頃Howells & Pennington が父マッジの設計に基づく航海時計 No.7 を製作9
1798年3月9日ブレゲの定力脱進機の特許。原図ではなくルーヴル年表に基づく12
1814年頃レピーヌ銘の逆Y形天文時計。二香箱のルモントワールと約一か月の運転期間11
1819年ミシェル・ルポートの No.8587。小レバーの重さと車輪で脱進機を駆動する現物10
1840年頃/1850年頃ヴェリテのロッカー式/ワグナーの揺動枠式という研究上の概略年代30
1849年ベケット自身が原書で述べるばね式輪列ルモントワールの考案年1
1851年パリのワグナー社が連続運動式を博覧会へ出品。望遠鏡追尾や観測記録への用途1
1853年1月シェパード・ジュニアが電気時計の給力と時刻伝達を講演。電池変動から衝撃を分離する考え方14
1854年/1859年ウェストミンスター大時計の製作完了/設置。二重三本脚重力脱進機は関連する別方式13
1889年リーフラーが懸垂ばねから振り子へ衝撃を与える方式を考案。電気補充する小重錘と組み合わせる15
1904年から少なくとも1941年までNISTの前身NBSでリーフラー時計を標準・試験用に使用。1929年に標準時計はショートへ交代15
1975年ダニエルズのエルソムII。15秒ルモントワールと一分トゥールビヨン16
1980年代ジュルヌがルモントワールを研究。懐中時計向けの5秒から腕時計向けの1秒へ展開17 18
1999–2003年Tourbillon Souverain Cal.1498 の生産期間。1999年の腕時計への展開19
2008年/2010年グルーベル・フォルセイの定力差動装置の研究展示/技術実演26
2013年4月22日ストレーラーの力伝達・間隔表示の出願20
2013年ジラール・ペルゴ Constant Escapement L.M.。シリコンの座屈を使う別系統の定力脱進機28
2014年10月31日ストレーラー CH707938A2 を出願公開。製品名は Sauterelle20 21
2016年1941 Remontoire の8秒方式、リヒャルト・ランゲの1秒方式が腕時計で展開22 23
2018年Différentiel d’Égalité の製品技術資料に毎秒補充と二つの秒表示25 26
2020年/2022年3月Grand Seiko T0 のコンセプト/Kodo完成腕時計の発表。定力とトゥールビヨンを同軸化27
2025年Urban Jürgensen UJ-1 に、プラットのケージ内定力機構を受け継ぐ腕時計構成29
2025年9月5日リヒャルト・ランゲの新仕様発表。毎秒補充、飛び秒、ZERO-RESETを説明23

技術の意義と資料の限界#

ルモントワールの意義は、長く動かす主動力と、均等な条件で動かしたい調速機を分けて扱えることである。その間に小さな蓄積部と補充機構を置き、さらに表示の負荷や補充の衝撃を整理する。ビュルギの観測時計、ハリソンの航海時計、塔時計、電気補充する天文台時計、現代の腕時計では、同じ発想が異なる規模と目的で実装されている。

一方、「定力」という言葉だけで一定トルク、一定振幅、一定歩度のすべてが保証されるわけではない。どの時間区間の出力を安定させるのか、解除後も何が変化するのか、定力として使える運転範囲がどこまでかを見る必要がある。展示、出願、製品化、試験結果の各段階を分ければ、時計師の設計意図と実際に確認できる性能を読み分けられる。

歴史的時計の帰属と年代には、現物比較からの推定が含まれる。ブレゲの1798年公報全文は未取得で、個別メーカーの寸法公差や長期試験も広く公開されてはいない。これらを不存在とは扱わず、公刊目録、復元者の製作報告、原公報、メーカーの製品資料がそれぞれ明らかにする範囲を保つことが、機構と歴史を理解する基礎となる。

参考文献#

閲覧日はすべて2026年10月14日。現物保管者の目録、製作者の説明、復元者の報告、後世の研究は性格を区別した。図版は参照先で確認でき、本稿では転載していない。

  1. Edmund Beckett, Lord Grimthorpe, A Rudimentary Treatise on Clocks, Watches and Bells, 第8版1903年、主に1883年第7版の再刊。pp.104–108,161–170、図47–50。2019年前書き付き再配布版。
  2. Hessen Kassel Heritage, Präzisionsuhr mit Gewichtsremontoire, APK U 37 (U 47)、R. Giesemann 解説2018年、目録更新2026年6月30日。
  3. Hessen Kassel Heritage, Präzisionsuhr mit Kreuzschlaghemmung und Federremontoire, APK U 43、K. Gaulke 解説2007/2018年、目録更新2025年12月16日。
  4. Royal Museums Greenwich, H2, ZAA0035、現物目録、公開日不明。
  5. Royal Museums Greenwich, H4, ZAA0037、現物目録、公開日不明。
  6. Roger Stevenson, Making the Escapement, Remontoir, and Timing for Derek Pratt’s Reconstruction of John Harrison’s H4, Horological Journal 2015年4月、Quill & Pad許諾再録2017年1月11日。「Remontoir」「Timing」等。
  7. Science Museum Group / Clockmakers’ Museum, Watch Movement with Remontoir and Two Balance Springs by Thomas Mudge, L2015-3217、No.260、1755年、現物目録、公開日不明。
  8. 同館、Parts from a Constant-force Escapement by Thomas Mudge, L2015-3504、1785年頃、現物目録、公開日不明。
  9. 同館、Marine Timekeeper with Constant Force Escapement, Howells & Pennington for Thos Mudge No.7、1795年頃、現物目録、公開日不明。
  10. Conservatoire national des arts et métiers, Catalogue du musée, Section JB, Horlogerie, 1949年、pp.176–177,181、No.8827,8587。Cnum公開原目録。
  11. Jean-Dominique Augarde / Jean Nérée Ronfort, Jean Antoine Lépine — Régulateur Astronomique Exceptionnel en « Y renversé », 調査2003年、F.P.Journe所蔵品資料、1814年頃とする個体。
  12. Musée du Louvre / Breguet, Breguet’s Main Inventions and Innovations since 1775, 2009年展覧会、1798年と1815年の項目。特許原説明書ではない。
  13. UK Parliament, Big Ben’s Great Clock Celebrates its 160th Birthday, 2019年。
  14. C. Shepherd, Jun., On Improvements in Electric Clocks, and the Means of Working the Greenwich Time Signals, Journal of the Society of Arts 1, no.8, 1853年1月14日、pp.85–88。1月12日講演と討論。
  15. National Institute of Standards and Technology, Riefler Clock, NBS-NIST Museum Artifacts、現物と使用史の解説、公開日不明。
  16. Phillips, George Daniels — Grand Complication, Geneva Watch Auction IX, Lot 34, 2019年。George Daniels Educational Trust、Roger Smith、Charles Frodsham関係者の情報協力を明記する作品一覧の Elsom II と Space Travellers を照合。
  17. François-Paul Journe / 菊池悠介、ルモントワールとコンスタントフォース概論(前編), webChronos, 2019年11月7日。本文中のジュルヌ本人による序文、特に周期と再始動の設計説明。
  18. F.P.Journe, FPJournal no.1, 発行年記載を確定できず、pp.4–6「Remontoir d’égalité」「Tourbillon」。メーカーの機構図と作品説明。
  19. F.P.Journe, Tourbillon Souverain, Calibre 1498, Brass Collection、公開日不明。1999–2003年の製品仕様とメーカー沿革。
  20. Andreas Strehler, Kraftübertragungsmechanismus eines mechanischen Uhrwerks, CH707938A2, 出願2013年4月22日、公開2014年10月31日。原ドイツ語公報PDF、全6頁、[0001]–[0010]、請求1–6、図1–3。
  21. Andreas Strehler, Sauterelle — Regulated Energy, メーカーの動作説明と仕様、公開日不明。
  22. Grönefeld, 1941 Remontoire Constant Force, Calibre G-05, メーカー仕様、公開日不明。動作解説、2016年4月11日。
  23. A. Lange & Söhne, Richard Lange Jumping Seconds, 2025年9月5日、メーカー発表。
  24. A. Lange & Söhne, The Jumping Seconds Mechanism, 公開日不明。星と flirt、1867年と1877年の機構を区別する説明。
  25. Greubel Forsey, Différentiel d’Égalité — Technical Sheet, 2018年製品のメーカー原技術資料、英語、広報代理店Woday公開。毎秒補充、60時間±10%等の記載。ドイツ語発表も照合。
  26. Greubel Forsey, Différentiel d’Égalité, 現在の歴史紹介、公開日不明。2008/2010年の開発展示と5秒方式の説明。製品技術資料とは周期の記載が異なる。
  27. Grand Seiko, Grand Seiko’s First Mechanical Complication Combines a Constant-force Mechanism and a Tourbillon, 2022年3月30日。日本語発表も照合。Cal.9ST1の動作、50時間の定力期間、72時間の運転期間。
  28. Girard-Perregaux, High-tech Materials, 公開日不明。「Silicium」の製造と座屈ブレードの説明。
  29. Urban Jürgensen, UJ-1, 250周年記念モデルの公式製品紹介、公開日不明。「The Derek Pratt Urban Jürgensen Oval Pocket Watch」と仕様。GPHG公式登録個票は UJ-1-003 の市場投入を08.2025と記載。本文は月まで一般化せず年のみ採用。
  30. Mark Frank, The Evolution of Tower Clock Movements and Their Design over the Past 1000 Years, 2013年、pp.23–28,55、分類図と図版の出所。著者の収集・修復経験と専門文献による研究。
  31. MIT OpenCourseWare, Harmonic Oscillation, 8.03SC Physics III: Vibrations and Waves, 2016年、§1.7.2、印刷p.30、図1.14、式1.118–1.119。線形ねじり振動子の復元トルクと位置エネルギー。
  32. OpenStax, University Physics, Volume 1, §8.1 Potential Energy of a System, 2016年。「Gravitational Potential Energy near Earth’s Surface」、式8.4–8.5。