スミートンの管式補償振子#
スミートンの管式補償振子は、ガラスの棒の周囲に亜鉛と鉄の管、さらに鉛の筒を重ね、それぞれの温度による伸びを組み合わせた精密時計用の振り子である。19世紀の説明では、中央の棒が温度上昇で下へ伸びる一方、下から支えた亜鉛管と鉛の錘が上へ伸びる。支持の順序と材料を選び、振動の周期を決める有効長の変化を小さくする。1
同じジョン・スミートンの名は、鋼棒・亜鉛管・鋼管を組み合わせる別の管式にも結び付けられている。両者は同じ温度補償という課題を解くが、材料と錘の働きが異なる。以下では、1830年の力学書が「スミートンの振子」として詳述したガラス棒の方式を中心に説明する。12
なぜ温度を補うのか#
振り子時計は、振り子が規則正しく往復する性質を利用する。単純な振り子を小さな角度で振る近似では、周期は長さの平方根に比例する。棒が温まって伸びれば通常は振動が遅くなり、時計は遅れやすい。実物は棒・管・錘に質量が分布する複合振り子なので、棒の寸法だけではなく、質量分布を含む振動中心までの距離で考える必要がある。1
グリッドアイアン振子は、伸びの違う棒を折り返して並べ、上向きの伸びと下向きの伸びを組み合わせる。水銀補償振子では、容器内の水銀が暖まって上へ膨張し、棒の伸びを相殺する。ガラス棒と管を重ねる方式はこの二つの考え方を組み合わせ、管自体と錘の膨張を利用する。1
内側から外側へたどる#
1830年のヘンリー・ケーターとディオニュシウス・ラードナーの説明では、支持は次の順で伝わる。1
- 吊りばねから下がるガラス棒の下端にねじとナットがある。
- そのナットが中空の亜鉛管の底を支える。亜鉛管はガラス棒の周りを通り、上へ伸びる。
- 亜鉛管の上端に、縁を内側へ折り返した鉄管を掛ける。鉄管はそこから下へ伸びる。
- 鉄管の下端に外向きのつばを設け、外側の鉛筒を下から支える。鉛筒は錘でもあり、上へ伸びる。
温度が上がると、ガラス棒と鉄管の下向きの伸びは振動中心を下げる方向に働く。他方、亜鉛管の上向きの伸びは外側の部分を持ち上げ、下から支えられた鉛筒も上へ膨張して質量の位置を上げる。温度が下がるとそれぞれ逆に縮む。この配置は錘を目立たない筒の中に収められるが、同じ温度変化でも接点の位置と膨張方向によって作用が変わる。1
寸法の計算と実機#
ケーターらは、長さ43インチのガラス棒と、吊りばね・ねじを合わせた2インチの鋼に対して、亜鉛管を約12.66インチとする計算例を示した。同じ長さの鉄管と鉛筒を組み合わせ、各材料の伸びを足し引きした近似である。これは当時の係数と寸法に基づく例であり、材料の種類や製作条件が異なるすべての振り子にそのまま適用できる設計値ではない。著者自身の表でも上向きと下向きの値は厳密には同一でなく、十分近いと評価している。1
エドマンド・ベケットは、自分の所有したジョン・ホームズ製の古い秒振り子時計に、ガラス棒、亜鉛管、鉄管、鉛の錘を組み合わせた例があると記した。外からはガラス棒と鉛の錘だけに見えるが、中に管が重なる。ベケットの後年版では棒を真鍮と記す箇所がある一方、同じ段落の外観と計算ではガラスと記し、先行版もガラスとする。したがって、この食い違いを無視して後年版の一語だけから材質を確定することはできない。34
呼び名と発明の根拠#
スミートンは1754年に熱膨張を測る装置と実験表を王立協会で発表した。王立協会の目録は原稿16ページと同年5月23日の読み上げを記録する。後の専門家は彼の測定と時計の温度補償を関連付けているが、その測定論文の存在だけから、このガラス棒式の構造、完成年や最初の採用時計を確定することはできない。56
1830年のケーターらはこの方式をスミートンの発明として記し、実用上よく働くと聞いたと述べた。ベケットも発明をスミートンに帰し、ホームズによる利用を記している。これらは後年の帰属と使用例として重要だが、現存する本人の設計図を示した証言とは区別する必要がある。13
一方、1911年の『ブリタニカ百科事典』はスミートンの名の下で、鋼棒の下端に亜鉛を載せ、その上端から鋼管と錘を吊る方式を説明する。ガラス棒と鉛の錘を使う1830年の説明とは同じ構成ではない。同名の記述を一つの寸法表に混ぜず、資料ごとの構造を確かめることが大切である。12
限界と意義#
材料ごとの伸びが釣り合う計算は、各部が同じ温度変化を受けることを前提とする。しかし入れ子の管や大きな錘は、室温が変化した直後に一斉に同じ温度になるとは限らない。部品が違う温度にあると、均一な温度を仮定した釣り合いから外れ得る。これは支持経路と熱の伝わり方から考えられる限界である。
また、錘や管の重さ、吊りばね、部品間の接触、加工した材料の性質は実際の調整に影響する。温度補償は時計のすべての誤差をなくす仕組みではなく、気圧や駆動力の変化といった別の要因も残る。管式の意義は、異なる材料を単に混ぜるのではなく、支持の向きと錘の形まで設計して、熱膨張を周期の安定に使ったことにある。12
参考文献#
1. Henry Kater and Dionysius Lardner, A Treatise on Mechanics (1830), pp. 335–337, “Smeaton’s pendulum”. Darwin Online.
2. Encyclopaedia Britannica, 11th ed., “Clock”, compensation section (1911). Project Gutenberg.
3. Edmund Beckett Denison, A Rudimentary Treatise on Clock and Watch Making (1850), §64, p. 88. Wikimedia Commons所蔵スキャン.
4. Edmund Beckett, A Rudimentary Treatise on Clocks, Watches and Bells, p. 42. Whiting Society所蔵スキャン.
5. Royal Society Archives, “Description of a new pyrometer for measuring expansions”, L&P/2/507. 原稿目録.
6. Michael T. Wright, symposium abstract, “Scientific Clockmaking: Smeaton’s Measurements of the Thermal Expansion of Solids and a Dateable Early Application”. Istituto e Museo di Storia della Scienza.