発明の背景と目的#
15世紀にゼンマイ(主ゼンマイ)の発明によって時計は小型化・携帯化への道を開きました1。しかし当時のゼンマイばねは材質が不十分で、巻き上げ直後と巻きほどけた後で大きく出力トルクが変動しました2。ゼンマイは巻き始めは強い力を出し、解けるに従って弱くなるため、駆動力が一定でないのです。このトルク変動により、当時用いられていた原始的なバージ脱進機(テンプと振り子の前身であるフォリオットを用いる脱進機)は駆動力に敏感で、ゼンマイが解けるにつれて時計の歩度が極端に遅れ、精度を大きく損ねました34。この等時性(振り幅によらず振動周期が一定なこと)の欠如した機械式時計で時間の進み遅れを抑えるには、ゼンマイの力の変動を何らかの機構で均一化する必要があったのです5。
こうした課題に対し、15~16世紀にヨーロッパで考案された解決策がフュジーとスタックフリードという2種類の定力装置でした6。フュジー(fusée)はゼンマイと歯車列の間に円錐形の螺旋溝付きプーリー(フュジー錘)と鎖を組み合わせることで、ゼンマイが強いときは大きな半径で力を伝え、弱くなるにつれ小径で伝えることで出力トルクを平準化する仕組みです7。一方、スタックフリード機構はゼンマイの収まる香箱(バレル)の回転に応じて追加のバネで抵抗をかけ、ゼンマイの力が強いときにブレーキをかけ、弱くなると抵抗が減るようにしてトルクを均一に近づける機構です68。要するに、香箱の回転に連動したカムとそれに押し付けるばねの力でゼンマイの出力を調整するものです。スタックフリード機構によって初期の携帯時計でもゼンマイ駆動力の変化をある程度補償でき、当時としては画期的な発明でした910。
発明者と名称の由来#
スタックフリード機構の正確な発明者は不明ですが、その起源は16世紀初頭のドイツ南部(ニュルンベルクやアウグスブルク)に求められると考えられています11。現存する初期のゼンマイ式時計でスタックフリードを備えるものは、いずれも南ドイツ製であることから、その地域の時計職人たちによって生み出された機構と推測されています12。実際、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが1490年代の手稿にスタックフリードと同等の効果を持つバネ仕掛けの図を描いており、彼のドイツ人助手からその着想を得た可能性も指摘されています1314。もしダ・ヴィンチがその図面を基に装置を試作していれば15世紀末に原理自体は存在したかもしれませんが、記録に残る実機の使用例は16世紀に入ってからです。
「スタックフリード (stackfreed)」という名称の由来も定かではありません。18世紀のディドロ『百科全書』では「stochfred(ストックフレッド)」と記述されており、この機構を指す古称が残っています15。有力な説では、ドイツ語で「強い」を意味する stark と「ばね」を意味する Feder を組み合わせた語に由来するとされています16。ドイツでは後に「Federbremse(ばねブレーキ)」とも呼ばれました17が、この呼称は単なる摩擦ブレーキと誤解させるため適切でないとも言われます18。実際には後述するように、スタックフリードは摩擦による減速だけでなくバネの反発力によるトルク補償も行う巧妙な機構です。
現存する史料で確認できる最古のスタックフリード機構の実用例は1530年代に遡ります。近年の研究では、1533年製作のテーブルクロックのアラーム部分にスタックフリードが組み込まれている例が報告されており、これが現在判明している最古の使用例とされています913。懐中時計(携帯時計)では、従来1548年と刻印されたドイツ・ニュルンベルク製の首掛け時計が最古と考えられてきました19。この時計はニュルンベルクの職人によるものとされ、スタックフリード付き懐中時計の初期例です。ただし、一部に「1510年にピーター・ヘンラインが作った」と刻まれた小型時計も伝わりますが、これらの銘は後世に追加されたもので実際には16世紀中頃以降の製作と判明しています20。ピーター・ヘンライン(1485–1542)はニュルンベルクの時計師で、1511年に著述家ヨハン・コクラエウスが「胸に携帯できる小さなぜんまい仕掛けの時計」を製作したとその名を讃えています21。ヘンラインは初期の携帯時計の開発で名高い人物ですが、彼自身がスタックフリード機構を発明したかは定かでなく、当時ニュルンベルクの複数の職人が類似の時計を作っていたと考えられます2223。したがって、スタックフリード機構の発明は特定の個人よりも、16世紀初頭ドイツの時計師コミュニティにおける技術的創意工夫の産物と位置付けられます。
スタックフリード機構の構造と仕組み#
24スタックフリード機構の概略図。A: 香箱の回転軸と連動する歯車(香箱車)に固定されたカム、B: カムの輪郭に沿って転がるローラー、C: 香箱(主ゼンマイ)の軸歯車、D: 減速歯車、E: ブレーキばね(板バネ)。カムの形状は巻貝(スネイル)型になっており、主ゼンマイが一杯に巻かれた状態から解けていく1運転周期で一回転するよう設計されている25。
スタックフリードは基本的に、香箱の軸に取り付けたエキセン型(偏心)カムと、そこに押し当てられる板バネ(板状のばね腕)から構成されます2618。香箱のゼンマイ軸に歯車を介してこのカムを連結し、時計が動作する間にカムがゆっくり1回転するようにします。カムの外周には滑らかな曲線(一般にカタツムリ殻状または腎臓形)を持たせ、その縁にローラー付きの板バネが一定の圧力で接触しています26。時計がゼンマイの力で動くにつれ、香箱の回転→カムの回転に伴って、カムの曲線と板バネの接触位置が徐々に変化します。
ゼンマイが完全に巻き上がっている直後(駆動トルク最大のとき)には、カムの形状により板バネが強く押し下げられ、大きな抵抗(ブレーキ)がかかります2718。この抵抗によって過剰なトルクが相殺され、歯車系に伝わる力が抑えられます。一方、時計が動いてゼンマイの力が弱まってくると、カムの一巡に従い板バネが押し下げられる程度が減り、バネがカムを押す力も弱まります。結果としてカムによる抵抗トルクが減少し、弱ったゼンマイからでも相対的に多くの力を歯車系に伝えることができるようになるのです28。このようにスタックフリード機構はゼンマイの強弱に応じてカムの位置で抵抗力を連続的に変化させ、駆動トルクの平準化を図る仕組みです。
スタックフリード機構には2つの力学的作用が組み合わさっています。一つは板バネとカムの摩擦による単純なブレーキ効果、もう一つは板バネがカムを押すことによって生じる付加的なトルクです18。後者はカムの形状次第ではバネが香箱を押し進める方向にも作用しうる点が特徴です(クロノグラフのハートカムで針をゼロ復帰させる動作に類似)29。近年の理論解析(Nuttall)や実験検証(Pavel)によれば、適切に設計されたスタックフリードは摩擦だけでなくバネの反発力による充分なトルク補償効果を発揮し、理想的にはゼンマイのトルク低下を完全に打ち消すことも可能だと報告されています3031。つまり俗に言われるような「単なるバネ式ブレーキ」以上に、積極的にトルクを生み出して平準化する装置なのです。
もっとも、スタックフリードはその原理上どうしてもエネルギーロス(損失)が大きい機構でした。板バネが常にカムに圧接して摩擦を生じさせるため、多くのゼンマイの力が熱などに逃げてしまいます8。また主要部品が鉄製で潤滑技術も未熟だった当時は摩擦抵抗が大きく、せっかく蓄えたゼンマイのエネルギーの相当部分が機構内で消費されました。その結果、初期のスタックフリード式時計の動作時間(パワーリザーブ)は1日程度(およそ24〜30時間)に限られ、1日に2回ほどゼンマイを巻き直す必要がありました32。実例として、16世紀ドイツの典型的なスタックフリード懐中時計は約26時間で止まると報告されています32。この数字は当時のフュジー式懐中時計と比べても遜色ないか、やや短い程度ですが、スタックフリードではゼンマイの力の多くを摩擦熱として捨ててしまっており効率が低いのは確かです8。
以上のように、スタックフリード機構は部品点数こそ少なくシンプルな構造ながら、巧みなカム設計とバネ力の利用によってゼンマイの不等出力を補正するものでした。板バネの強さやカム曲線の設計には経験的な調整が必要で、当時の職人たちは手作業でカムを削り出しながら最適な形状を模索したと考えられます。加工技術の観点では、フュジーのような小さな鎖や精密な溝付き錘を作るよりも、スタックフリードのカムとバネを作る方が容易だった可能性があります33。カムと板バネは比較的平面的な機構ゆえ時計の地板上に収まりやすく、時計全体を薄型化できる利点もありました33。この「構造が簡単で修理もしやすく、薄い時計を作れる」という点が、スタックフリードが一定期間支持された大きな理由でした33。一方で上記のように効率の悪さや摩耗・調整の難しさといった短所も抱えており、後述するように後発の技術に取って代わられていきます。
16~17世紀の展開と廃れゆく経緯#
スタックフリード機構は主に16世紀のドイツ圏の時計で広く採用されました34。当時、ドイツ南部のニュルンベルクやアウグスブルクは懐中時計(当時は「時計仕掛けの懐中飾り」程度の大きさ)の一大生産地であり、筒形やタンブール(太鼓胴)型の小型クロックが盛んに作られました3521。1500年代前半にはニュルンベルクのヘンラインをはじめ複数の職人が携帯可能なぜんまい時計を製作し始め、その後半世紀で技術が成熟していきます3623。当初の懐中時計は球状やドラム缶状の真鍮製容器に機械を収め、文字盤にはガラスが無く代わりに透かし彫りの蓋が付くなど独特の意匠でした37。時刻表示も1本指針で時(および昼夜で1~12・13~24)を示すだけで、分針のない大まかなものでした3538。精度も日差数時間単位と低く39、時刻を合わせるためには頻繁な再調整や時報代わりの鐘打ち機構の付加などが行われています。こうした初期時計の多くにスタックフリード機構が組み込まれたことで、ゼンマイ駆動でも一応は一昼夜程度の間は動作する時計が実現したのです。
16世紀中頃から後半にかけて、南ドイツを中心に作られた懐中時計の大半でスタックフリードが見られます。例えば英国大英博物館所蔵のタンブール型懐中時計(製作者不明、記号“MS”刻印、製作年1560年頃)も、この時代の典型例でスタックフリード機構を備えています3540。同機は鉄製の歯車と柱で構成された地板に、背面(後蓋側)へスタックフリードのカムとばねが取り付けられており、蓋を開けると黒いカム板とバネ腕が確認できます4142。また**鈴型テンプ(ダンベル型バランス)**と呼ばれる両端に重りの付いた原始的な調速子と、豚の剛毛を用いた緩急調整器(ホグズブリッスル・レギュレータ)も付属し、脱進機はクラウン車を用いたバージ脱進機でした4342。これは当時の南ドイツ製時計に共通する仕様です。時計ケースは真鍮に金鍍金が施され、透かし彫りや七宝エナメル装飾が施された豪華なもので、実用というより貴族の嗜好品・宝飾品としての側面が強いものでした4421。
他方、フランスやイタリア、イングランドでは16世紀の早い段階からフュジー鎖引き機構が受け入れられており、ドイツ圏以外の時計ではフュジーが標準的でした34。事実、現存する15世紀後半~16世紀初頭の最古級の携帯時計(たとえば仏ブルゴーニュ公国のクロック、約1430年頃)にはフュジーが採用されていた記録があります45。フュジーは構造の複雑さゆえ製造に高度な技術を要しましたが、鎖引きによる連続的な減速機構は原理上摩擦損失が少なく、トルク変動補償を効率的に行います。そのためフュジーはヨーロッパ全土で長期にわたり使われ続け、19世紀に至るまで懐中時計や海洋クロノメーターなど精度を要する機器で愛用されました46。一方のスタックフリードはドイツ以外ではほとんど見られず、局所的・一時的な存在に留まっています1647。
17世紀に入ると時計技術に大きな革新が訪れます。まず振り子時計が1656年にオランダのホイヘンスによって発明され(誤差が飛躍的に改善)、携帯時計の分野でも翌1657年にひげゼンマイ(テンプ用のらせんばね)が導入されました4849。ホイヘンスとフックの功績によるこのバランススプリングの発明は、テンプがほぼ等時性を持って振動するようにし、時計の歩度安定性を飛躍的に高めました4850。テンプが自身である程度駆動力の変化を吸収できるようになると、もはや無理に駆動トルクを一定化しなくても実用上十分な精度を出せる場合が増えてきます5152。事実、1670年代にはロンドンの名工トマス・トムピオンが一時フュジーを省略してテンプひげゼンマイの等時性だけで時計を動かす実験を試みたほどでした49(※結果的には完全な等時性ではなく精度が安定しなかったため、程なくフュジー付きに戻されています)。こうした新技術の台頭に加え、ドイツの時計産業自体が17世紀中頃の戦乱(特に1618~48年の三十年戦争)で打撃を受け停滞したことも重なり、スタックフリード機構は17世紀半ば頃までに姿を消していきました3333。おおよそ1510年頃から1650年頃までの約140年間がスタックフリードの活躍した時代と言えます33。実際、現存するスタックフリード付き時計も1530年頃から遅くとも1640年代までの製作に集中しています14。以降は南ドイツ系の時計師も含め、ヨーロッパの時計はほぼ例外なくフュジー鎖引きや他の方法(後述の停止装置など)で等時性を確保する方向に統一されました125。
現代への影響と評価#
スタックフリード機構は17世紀後半までに実用舞台から消えましたが、その思想である「駆動力の平準化」は時計技術の重要課題としてその後も脈々と受け継がれました。18世紀半ばにはすでにスタックフリードは廃れた過去の機構とみなされていましたが、ディドロ『百科全書』(1751–1772年刊)にも「過去に使われたゼンマイ力均等化機構」として記載されている通り、その存在は時計師たちに記憶されていました15。一方でフュジーは懐中時計や航海用クロノメーターの標準装備として19世紀まで広く残存し、イギリスでは1900年代初頭までフュジー付き懐中時計が製造されています53。やがて20世紀になるとゼンマイ材料の改良(合金化によるトルク特性向上)やテンプ・ひげゼンマイ系の高性能化により、通常の香箱(いわゆるGoingバレル)でも十分な等時性が得られるようになりました5455。その結果、日常使用の時計から定力装置は姿を消しました。しかし高精度を追求する時計技術者たちは、その後も様々な形で定力機構(Constant Force)の追求を続けています。
19世紀には懐中時計でジュネーブ・ストップ(マルタ十字型停止装置)が普及しました。これはゼンマイの巻上げ・ほどきを一定範囲に制限して極端に強過ぎる/弱過ぎる部分を使わないようにする装置で、結果的に出力トルクの安定化に寄与します54。また時計内部にレモントワール・ダジタンス(簡素な二次調速機構)を設け、一旦テンプ近くに貯めたエネルギーを一定量ずつ放出する方式も18~19世紀にかけて精密時計に用いられました56。現代ではこうしたレモントワールやフュジーを腕時計サイズで復活させる試みもなされています。例えばスイスの高級メーカーが懐中時計さながらにチェーンとフュジーを組み込んだ腕時計を製品化したり、トゥールビヨンと並ぶ見せ場としてレモントワール機構を組み込むブランドもあります5758。21世紀にはさらに独創的な定力機構として、シリコン製の極薄ブレードばねを弾性変形させて一定力を発生させる新型脱進機(ジラール・ペルゴのコンスタントエスケープメント)も発表されました5159。このように、主ゼンマイの不均一な力を均す発想は細形ゼンマイや電子制御の時代になっても魅力的なテーマであり続けています。
もっとも、現代の量産実用時計では定力装置を用いずとも必要十分な精度を実現できるため、スタックフリードのような機構が再び用いられることはありません。むしろ歴史上の遺産として、時計蒐集家や技術史研究者の関心対象となっています。1980年代には大英博物館が所蔵する16世紀時計コレクションの詳細な調査を行い、その中でスタックフリード機構についてHugh Taitによる包括的な技術解説が出版されました60。21世紀に入ってもドイツやイギリスの時計史研究家によって論文が発表されており、2003年にはHeinrich Pavelがスタックフリードの力学解析を発表、2015年にはDietrich Matthesが従来知られていたより古い1533年の実例を報告しています6113。これら研究により、スタックフリードへの理解は当時の社会的背景(なぜ南ドイツでのみ用いられたか等)も含め深まりました。スタックフリード機構そのものは短命に終わったものの、**「携帯時計を可能にした初期の工夫」**としてその発明の意義は大きく、定力装置の系譜における重要な一頁を占めるものと評価できます165。
年表で見るスタックフリード機構の歴史#
1400年頃 – ヨーロッパで最初期のゼンマイ式クロックが出現62。同時期、ゼンマイの不等トルクを均す試みとしてフュジー機構も考案された(クロスボウの巻上げ技術がヒントとも)6364。15世紀後半にはゼンマイ式クロックにフュジー採用例が既に見られる45。
1490年代 – レオナルド・ダ・ヴィンチが手稿『マドリード手稿I』等に、スタックフリード型のバネ圧カム装置の図を残す65。実用化は不明だが、後のスタックフリード機構と原理的に同等の概念が描かれている。
1500年前後 – イタリアやドイツで初期の携帯用時計(クロックウォッチ)が出現36。まだ大型で精度も低いが、携帯可能なぜんまい時計の嚆矢となる。
1511年 – ドイツの記録作者ヨハン・コクラエウスが、ニュルンベルクの時計職人ピーター・ヘンラインが胸に携帯できる小型時計を製作したと記述21。世界で初めて懐中時計(当時は鎖で首から下げた)の存在を具体的に伝える記録。同時期のこれら初期懐中時計には後年の調査でスタックフリード機構が備わっていた可能性が高い。
1520年代 – プラハの時計師ヤコブ・ゼックがフュジー付き携帯時計を開発したとの伝承(1525年頃)があるが定かではない。一方、ドイツではこの頃までにスタックフリード機構が発明され、ニュルンベルクやアウグスブルクの時計師らに共有されていたと推測される11。
1533年 – スタックフリード機構の現存最古の例とされる南ドイツ製テーブルクロックが作られる13(コペンハーゲン国立博物館蔵)。アラーム装置にスタックフリードを組み込み、当時既知のどの懐中時計より古いスタックフリード使用例となっている。
1540年代 – スタックフリード付き懐中時計の登場期。1548年の銘を持つニュルンベルク製の首掛け時計にスタックフリードが搭載されており19、16世紀中葉には南ドイツでこの機構が実用化されていたことを示す。
1560年頃 – ドイツ・ニュルンベルクの匿名時計師「MS」が製作したとされるタンブール型懐中時計(大英博物館蔵、製作年1550–1570年)がスタックフリード機構を備える3540。同種の時計が各地の博物館に複数残存し、16世紀後半の南ドイツ製懐中時計にスタックフリードが広く使われていた実例となっている。
1580–1600年 – スタックフリード機構の全盛期から衰退期。この期間に製作されたドイツ製時計(例えばSpeyerのH.シュニープ作、製作年1590–161066やAugsburgのH.ブツ作、製作年1620–163067)にもスタックフリード搭載例がある。一方でフランスやイングランドの時計師たちは同時期にフュジーを標準採用しており、技術の地域差が顕著になる68。
1600年頃 – 西欧(ドイツ以外)ではフュジーと鎖引きが時計の一般的機構として定着6970。南ドイツや東欧の一部時計師のみがスタックフリードを用いていた。
1650年頃 – スタックフリード機構がほぼ廃絶。三十年戦争終結(1648年)前後までにドイツの時計生産は一時衰退し、生き残った工房も最新のフュジーや他地域の技術を取り入れるようになったため33、以後スタックフリードは新規には採用されなくなる。現存する最後期のスタックフリード時計はおおむね1640年代までに製作されたものとなっている14。
1675年 – ホイヘンスが**ひげゼンマイ(バランススプリング)**を発明・発表48。懐中時計の精度が飛躍的に改善され、以降の機械式時計では駆動トルク変動による遅れ現象(等時性誤差)が大幅に軽減される5152。この発明により、定力装置なしでも実用精度を満たす時計が増える。
1751–1772年 – ディドロとダランベール編纂の『百科全書』刊行。機械学の項目で過去の機械式時計技術が総括され、その中でスタックフリード機構(「stochfred」)も歴史的機構として紹介される15。
1760年代 – イギリスのトーマス・マッジが世界初のコンスタントフォース脱進機付き時計を製作(1755年)71。以後、ブレゲらが追随し懐中時計にレモントワール(定力装置)の応用が広まる。
19世紀初頭 – 懐中時計におけるフュジーの廃れ。フランスやスイスでは18世紀末からゴーイングバレルのみの構造が普及し始め、イギリスでも19世紀末にはフュジーが姿を消す53。代わって多くの時計でジュネーブ・ストップ機構(主ゼンマイの使用範囲制限によるトルク平準化)が採用されるようになる54。
1900年前後 – 高精度を要する航海用クロノメーターでは依然フュジーが使われ続けるものの、一般懐中時計ではゼンマイ材料改良や耐震・温度補償技術の進歩によりフュジーなしでも一定の精度が得られるようになる55。スタックフリード機構は既に博物館的遺物となっている。
1930年代 – 英国でCecil Cluttonらが古時計の研究を進め、スタックフリード付き懐中時計の存在に改めて注目。1934年の書籍『Old Clocks and Watches and their Makers』などでスタックフリードに言及される。
1987年 – 大英博物館が所蔵懐中時計カタログ第1巻『The Stackfreed』(Hugh Tait著)を出版60。16世紀ドイツ時計のスタックフリード機構について詳細な技術解説と katalogue がまとめられる。
2003年 – ドイツ時計学会誌にHeinrich Pavelが「スタックフリードに関する注記」を発表60。実験によりスタックフリードのトルク補償効果を検証し、理論的分析を行う。
2015年 – Antiquarian Horology誌にDietrich Matthesが「ロンドンのピーター・ヘンラインの時計?」と題した論文を発表72。その中で1533年のスタックフリード実例(前述)を紹介し、従来想定より早期に平坦な時計が開発されていた可能性を指摘9。スタックフリード機構の歴史的位置づけが見直される契機となる。
現代(21世紀) – 機械式時計の復興とともに高級時計メーカーが定力機構を再注目。2000年代に入るとA.ランゲ&ゾーネなどが腕時計にチェーン駆動のフュジーを搭載し、ショパール系のフェルディナンド・ベルトゥーが18世紀懐中時計のレモントワールを再現したモデルを発表57。2013年にはジラール・ペルゴがシリコンブレードを用いた新機軸のコンスタントフォース脱進機を公開59。こうした最先端機構は直接スタックフリードの再来ではないものの、「駆動力を一定にする」という黎明期からの課題が今なお時計技術者を魅了していることを物語るエピソードである。
参考文献(References)#
- Dietrich Matthes, “A watch by Peter Henlein in London?”, Antiquarian Horology, Vol.36 No.2, 2015913 (1533年のスタックフリード機構付き時計の発見報告)
- Chronos Japan(高級時計誌)菊池悠介「ルモントワールとコンスタントフォース概論(前編)」(2019年)68 (定力装置の歴史とスタックフリード機構の解説)
- 大英博物館 所蔵スタックフリード時計 (Museum No.1958,1201.2203) の解説3540 (南ドイツ製タンブール時計の例、David Thompson著『Watches』2008年より)
- Wikipedia 英語版「Stackfreed」1214 (スタックフリードの歴史・名称由来)
- Wikipedia 日本語版「時計の歴史」52 (時計史におけるスタックフリードとフュジー)
- Wilson55 Auction ニュース「Rare 16th Century German Watch」Liz Bailey (2025)3221 (16世紀ドイツ時計の解説とスタックフリード搭載機の特徴)
- Hodinkee Technical Perspective: “Constant Force Mechanisms In Watchmaking” (2015)7354 (定力機構の歴史的展開と現代の例)
- Deutsche Gesellschaft für Chronometrie 年誌42号 (2003年) Heinrich Pavel「Anmerkungen zum Stackfreed」30 (スタックフリード機構の機能解析)
- British Museum 時計カタログ Vol.1 “The Stackfreed” (Hugh Tait, 1987)60 (初期懐中時計におけるスタックフリードの包括的研究)
ルモントワールとコンスタントフォース概論(前編) | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos] ↩︎ ↩︎ ↩︎
ルモントワールとコンスタントフォース概論(前編) | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos] ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
oldest known stackfreed on top of a clock dated to 1533, Kopenhagen,… | Download Scientific Diagram ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
http://kc.sanit.net/t/A_watch_by_Peter_Henlein_in_London.pdf#:~:text=a%20piece%20that%20is%20significantly,There%20are%20also%20pictures%20of ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
oldest known stackfreed on top of a clock dated to 1533, Kopenhagen,… | Download Scientific Diagram ↩︎ ↩︎
oldest known stackfreed on top of a clock dated to 1533, Kopenhagen,… | Download Scientific Diagram ↩︎
Reference 24 ↩︎
File:Antique watch with stackfreed.png - Wikimedia Commons ↩︎
stackfreed watch; watch-case | British Museum ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Seventeenth-Century European Watches - The Metropolitan Museum of Art ↩︎ ↩︎ ↩︎
Seventeenth-Century European Watches - The Metropolitan Museum of Art ↩︎ ↩︎
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Technical Perspective: The Where, How, And Why Of Constant Force Mechanisms In Watchmaking - Hodinkee ↩︎ ↩︎ ↩︎
Technical Perspective: The Where, How, And Why Of Constant Force Mechanisms In Watchmaking - Hodinkee ↩︎ ↩︎
Technical Perspective: The Where, How, And Why Of Constant Force Mechanisms In Watchmaking - Hodinkee ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Technical Perspective: The Where, How, And Why Of Constant Force Mechanisms In Watchmaking - Hodinkee ↩︎ ↩︎
Technical Perspective: The Where, How, And Why Of Constant Force Mechanisms In Watchmaking - Hodinkee ↩︎ ↩︎
Technical Perspective: The Where, How, And Why Of Constant Force Mechanisms In Watchmaking - Hodinkee ↩︎
Technical Perspective: The Where, How, And Why Of Constant Force Mechanisms In Watchmaking - Hodinkee ↩︎ ↩︎
http://kc.sanit.net/t/A_watch_by_Peter_Henlein_in_London.pdf#:~:text=mind,would%20like%20to%20point%20out ↩︎
Seventeenth-Century European Watches - The Metropolitan Museum of Art ↩︎
Seventeenth-Century European Watches - The Metropolitan Museum of Art ↩︎
http://kc.sanit.net/t/A_watch_by_Peter_Henlein_in_London.pdf#:~:text=Fig,spring%20force%20equalisation%20device%2C%20Codex ↩︎
Seventeenth-Century European Watches - The Metropolitan Museum of Art ↩︎
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Seventeenth-Century European Watches - The Metropolitan Museum of Art ↩︎
http://kc.sanit.net/t/A_watch_by_Peter_Henlein_in_London.pdf#:~:text=1%20Dietrich%20Matthes%20%E2%80%98A%20watch,a%20charity%20and%20learned%20society ↩︎
Technical Perspective: The Where, How, And Why Of Constant Force Mechanisms In Watchmaking - Hodinkee ↩︎