時計の歩度安定性 ― 進み遅れの変化を測る

時計の歩度安定性 ― 進み遅れの変化を測る

時計の歩度安定性#

時計を正しい時刻に合わせても、その後の進み方が変われば、次にいつ合わせ直せばよいかは予測しにくい。歩度安定性とは、時計の進み・遅れの速さを一定の範囲に保つ性質である。時刻そのもののずれ、平均的な進み遅れ、そしてその変動は別々に考える必要がある。1

歩度が安定した時計も、いつも一日5秒進むなら一週間で約35秒進む。一方、一日ごとに10秒進んだり10秒遅れたりする時計は、二日間の平均がゼロでも歩度は変動している。平均値が小さいことだけでは安定性を評価できない。

時刻差と歩度#

基準時刻に対して時計が何秒進んでいるかを、ある瞬間の「時刻差」とする。24時間の初めに2秒進み、終わりに5秒進んでいれば、その日の歩度はプラス3秒/日である。初めの時刻合わせが2秒ずれていても、両端の差を取る歩度は3秒/日のままだ。ISOの時計用語では、24時間隔で測った二つの時刻差の差を日差、二つの日差の差を日差の変動として区別する。1

例えば同じ基準と比較した時刻差が0、+4、+8、+12秒と毎日増えれば、日差は三日とも+4秒で変動しない。0、+10、0、+10秒なら日差は+10、−10、+10秒と変わる。いずれも測定例であり、実際の時計の性能を示すものではない。測定の間隔を短くすれば短時間の変動が見えるが、短い区間の値を秒/日に換算しても、それが実際の24時間の結果になるとは限らない。1

なぜ歩度が変わるのか#

機械式時計では、ぜんまいから歯車列と脱進機を通じてテンプに力が与えられ、テンプとひげぜんまいが往復する周期を時刻の基準にする。理想的には振幅が変わっても周期は変わらない。これを等時性という。ただし実際には摩擦や力の伝わり方、姿勢、温度などの影響を完全には除けない。1 2

条件歩度に関係すること
姿勢重力に対する軸受やテンプの向きが変わり、水平と垂直などで進み遅れが異なりうる。
ぜんまいの巻き上げ解けるにつれて動力が変化し、振幅や歩度にも影響しうる。
温度部品の寸法や材料の性質が変わり、振動周期に影響する。
磁気・衝撃部品の帯磁や機械的な状態の変化によって進み遅れが変わりうる。

これらは同時に働くため、歩度の変化だけから一つの原因を確定できない。セイコーの取扱説明書も、姿勢、温度、腕の動き、巻き上げ量によって実際の歩度が変わると説明している。3 4

温度への対策の一例が、異なる金属を組み合わせた補償テンプである。温度による部材の変形を利用して、ひげぜんまいなどの温度による変化を補う。ただし補償は全温度で完全とは限らない。米国標準局の1914年の試験資料は、当時の鋼と真鍮のテンプと鋼製ひげぜんまいについて、温度と歩度の関係を直線だけでは表せず、近似的に放物線になる場合を説明している。5

クォーツ時計では水晶振動子と電子回路が時間の基準を作る。水晶も温度の影響を受け、長い時間では振動子内部の変化による経年変化がある。NISTの2008年の四つのクォーツ腕時計の実験では、実験室の温度は通常装着を想定した最適温度より低く、結果をそのまま日常使用へ一般化できない。時計の種類が異なっても、どの環境と時間で測ったかが重要である。6

切れ目のある二金属のリムとひげぜんまいを備えた懐中時計の補償テンプ

図:20世紀初頭の懐中時計に使われた二金属の温度補償テンプ。撮影:Chris Burks。出典:Commonsの派生画像、権利根拠:作者の原画像。Public Domain(作者が世界に向けて提供、法的に不可能な国では無条件の利用を許諾)。変更:なし。

測り方によって見えるものが違う#

毎日の比較と姿勢試験#

日常の確認では、信頼できる同じ時刻基準と、なるべく同じ時刻に数日間比較し、各日の時刻差と使用状況を記録する。巻き上げや置く姿勢、装着時間を併記すれば変化を読み取りやすい。平均日差に加え、各日の日差とその差を見ると、一定したずれと変動を分けられる。短時間の音から推定した値は診断に役立つが、その姿勢と時点における測定であり、長時間の装着結果そのものではない。1 4 5

試験室では姿勢や温度を決めて、比較可能な条件を作る。例えばグランドセイコーの9S系の説明書にある社内検査では、六つの姿勢をそれぞれ二日間測り、その12個の日差の平均に加え、各姿勢の連続二日間の日差の差や温度による差も評価する。これはケースに組み込む前の機械の検査で、装着中の実測値とは区別される。4

COSCの2026年の提出仕様書は、機械式腕時計クロノメーターの検査にISO 3159:2009を参照し、時計の種類によって別の規定を使うと記す。スイス連邦計量・認証機関METASのマスター クロノメーター認証は、完成時計について歩度性能のほか耐磁性、防水性、持続時間を扱う。どちらも一つの数値だけでなく、その試験対象と条件を合わせて読む必要がある。個々の合格値は試験規程と対象の分類を確認しなければ比較できない。7 8

短期と長期:アラン偏差#

発振器の周波数安定性では、平均する時間を変えながら隣り合う区間の平均周波数を比べる「アラン偏差」が使われる。例えば1秒ずつ、次に10秒ずつという具合に区間を変えれば、それぞれの時間尺度での変動を調べられる。平均時間をτ(タウ)、周波数のずれを公称周波数で割った無次元の値をyとすると、アラン偏差は隣接するτ区間の平均yの差を二乗し、その平均の半分の平方根として求める。yは測定周波数が公称値より高いと正とする。値にはτ、測定方法、比較基準、データ数と、長期的な傾向であるドリフトを除去したかどうかを添える必要がある。9

短時間で安定な発振器が、長期間でも最も安定とは限らない。また、アラン偏差は変動の指標であり、基準周波数から一定してどれだけずれているかを単独で示さない。日差の最大値や特定のクロノメーター試験の合否と同じ量でもない。測定系自身の雑音、温度変化、経年変化も結果の解釈に関わる。測定と測定の間に空白時間があると推定に偏りが生じうるため、断続的なタイムグラファーの読取値を連続測定のアラン偏差として扱うことはできない。9 10

歩度を評価する技術の発展#

歩度の規則性は、特定の部品や一人の発明者に帰せられる発明ではなく、時計の比較と調整を通じて扱われてきた性質である。1914年の米国標準局の資料には、日々の比較、温度・姿勢の影響、巻き上げ後の経過時間と歩度の関係を調べる方法が記載されている。1960年代以降の周波数標準の分野では、異なる時間尺度での変動を扱う統計手法としてアラン分散が発展した。現代の腕時計では、機械式の姿勢・温度試験と、電子発振器の時間尺度別の評価が、それぞれの目的に応じて使われる。5 9

時期確認できる事例
1914年米国標準局が時計の比較、歩度、温度・等時性などの試験方法を刊行。5
1966年David W. Allanが周波数安定性の統計について論文を発表。9
2008年NISTの研究者が四つのクォーツ腕時計の精度と安定性を測定し報告。6
2026年ISOの時計用語集は歩度とその変動、歩度安定性を区別。COSCは機械式腕時計などの提出仕様を公開。1 7

時計が「安定している」という説明を読むときは、まず何を基準とし、どの時間・姿勢・温度で測ったのかを見る。そのうえで平均歩度と変動を分ければ、調整できる一定のずれと、条件によって変わる進み方を区別できる。

参考文献#

1. ISO, ISO 6426-2:2026, Horological vocabulary — Part 2、9.1–9.21、2026年11月2日閲覧。

2. Michael A. Lombardi, NIST Special Publication 960-12, Stopwatch and Timer Calibrations、2009年、機械式ストップウオッチの説明、2026年11月2日閲覧。

3. セイコーウオッチ、機械式時計の精度、2026年11月2日閲覧。

4. Seiko Watch Corporation, 9S Mechanical Instructions、Grand Seiko Standardの用語と検査、2026年11月2日閲覧。

5. Bureau of Standards, Measurement of Time and Tests of Timepieces、Circular No. 51、第1版、1914年、等時性・温度と試験の節、2026年11月2日閲覧。

6. Michael A. Lombardi, The Accuracy and Stability of Quartz Watches、Horological Journal、2008年2月、57–59頁、2026年11月2日閲覧。

7. COSC, Deposit Specifications, edition 14、2026年2月5日、I.1節、2026年11月2日閲覧。

8. Federal Institute of Metrology METAS, Watch certification、2026年11月2日閲覧。

9. W. J. Riley, Handbook of Frequency Stability Analysis、NIST Special Publication 1065、2008年、安定度とアラン分散の節・参考文献、2026年11月2日閲覧。

10. NIST, Time and Frequency from A to Z: Stability、2026年11月2日閲覧。