トーマス・マッジ (Thomas Mudge) — 歴史的時計技術者の生涯と業績

トーマス・マッジ (Thomas Mudge) — 歴史的時計技術者の生涯と業績

1 18世紀イギリスの著名な時計師、トーマス・マッジ(1717–1794)の肖像画(後年にナサニエル・ダンスが描いた油彩画)23

生涯・経歴#

トーマス・マッジは1717年9月にイングランド南西部デヴォンのエクセターで生まれました4(父は聖職者で教育者のザカライア・マッジ、母はメアリー・フォックス)5。幼少期に一家はデヴォン北部のビデフォードへ移り、父が校長を務める文法学校で教育を受けます5。しかしマッジは学業以上に時計の機械に強い興味を示し、14歳となった1731年、ロンドンへ出て著名な時計師ジョージ・グラハムの徒弟となりました6。グラハムはかつて「時計師の父」トーマス・トンピオンに師事した名工であり、その工房(ロンドンのフリート街ウォーター・レーン)は当時時計技術の最先端でした7。マッジはグラハムの下で7年間修業し、1738年1月15日付で**時計師組合の自由市民(フリーマン)**の資格を取得して一人前の時計師となります8

徒弟修了後のマッジはしばらくロンドンで複数の一流時計商の下請け職人として働き、その高い技術で評判を高めました9。当時の慣習では、有名時計師の名を冠した時計でも実際の製作は匿名の技術者が担うことが多く、マッジもその一人でした。例えば著名時計師ジョン・エリコットからスペイン国王フェルディナンド6世に納める等時差表示つき懐中時計(エクエーション・ウォッチ)の製作を任されます10。完成後、エリコット自身が科学者たちに時計の機構を説明中に誤って壊してしまい、自力で修理できずマッジに戻したことから、真の製作者がマッジであると露見しました11。これをきっかけにフェルディナンド6世はマッジの腕前に注目し、直接彼に高度な懐中時計の制作を依頼します12。マッジは計5個に及ぶ時計を国王のために製作しましたが、中でも特筆すべきは杖の柄に内蔵されたストライキング機構付き時計です。この小型時計は太陽時で時刻と四半刻(15分)を打刻し、作動中には小窓が開いて歯車の動きを見せる凝った仕掛けでした12。フェルディナンド6世はこの精巧な“杖時計”に大いに満足し、マッジの名声はヨーロッパ各地に広まりました13

1748年、マッジはロンドンのフリート街151番地に自身の工房を構え独立します14。彼は1751年に恩師グラハムが亡くなると同時に新聞広告を出し、本格的に注文を募りました14。その卓越した腕前はすぐに評判を呼び、ロンドンで最も優れた時計師の一人として名を馳せます15。1753年にはオックスフォード出身のアビゲイル・ホプキンスと結婚し、のちに二人の息子トーマス(長男)とジョン(次男)をもうけました1516。またこの頃、同じグラハム門下のウィリアム・ダットン(Dutton)がマッジの工房を手伝っており、1765年頃には彼を正式にパートナーとして迎え入れ、作品に「Mudge & Dutton(マッジ&ダットン)」と銘刻するようになります17。マッジは主に懐中時計部門を監督し、ダットンが据え置き時計部門を担当する形で事業を拡大しました17。二人の工房で働いた人物には、後にジョン・ハリソンの航海時計複製機“K1”を製作するラーカム・ケンドールもおり、マッジ工房の製品の仕上げの多くに関わっていたと伝えられます18。このようにマッジとダットンの工房は18世紀後半における最高水準の時計製造拠点となり、トーマス・トンピオン-ジョージ・グラハム-トーマス・マッジという英国時計師の系譜において、品質と精度を頂点に押し上げた存在と評価されています1920

レバー脱進機の発明と時計への応用#

マッジ最大の業績は、1750年代半ばに発明した「脱進機(エスケープメント)」の革新にあります。18世紀当時、携帯用時計の脱進機は大きく二種類が主流でした。一つは古くからのテンプル(俗称ヴァージ)脱進機で、構造が単純ながら摩擦や姿勢誤差が大きく高精度に不向きでした。もう一つはグラハムが改良したシリンダー脱進機で、こちらはテンプル式より精度が向上したものの、円筒状部品の精密加工が難しく歩度調整も限界がありました2122。マッジは、従来の欠点を克服する新たな機構として、グラハム考案の死点脱進機(デッドビート脱進機)(本来は振り子時計用)をヒントに得て、それを携帯時計の振動子(テンプ)に応用することを考案しました2123。彼は振り子と脱進車を直接噛み合わせず、両者の間に「てこ(レバー)」を介在させるという発想に到達します2224。このレバーが脱進車の歯をロック・解除しつつテンプに impulso(衝撃)を与えることで、テンプは振動の大部分で脱進機から切り離され自由に往復運動できるようになりました2526。こうして**「脱進・てこ式」とも呼ばれる分離脱進機(デタッチド・レバー脱進機)**が誕生します27

この革新的なレバー脱進機は従来に比べテンプへの拘束が極端に少なく、時計の等時性(規則正しい振動)と精度を飛躍的に高める潜在力を持っていました2224。マッジはまず1754年前後に試作した実験用クロック(置時計)にこの新機構を組み込み、動作検証を行っています28。その後数年間で改良を重ね、1750年代後半には懐中時計サイズへの応用にも成功しました。マッジ自身の回想によれば、彼がレバー脱進機を完成させたのは1755年頃29、当初はクロックに搭載したものの、徐々に懐中時計にも適用していったとされています29。日本の時計史研究では、マッジが1750年に既に「分離レバー脱進機」を着想し、1754年に「レバー脱進機」として完成させたとの指摘もあります30。いずれにせよ、彼の発明は**「時計におけるテンプと脱進機の関係を根本から変えた史上最大級の改良」**と評されており27、ゼンマイ時計の歴史における画期的ブレークスルーとなりました。

もっとも、初期のレバー脱進機は非常に複雑で製造調整も難しく、マッジ自身もしばらくは少数の試作に留めていました3132。彼はガンギ車(脱進車)の歯先に掛かる摩耗を減らすため、歯先形状を鋭い三角形(ラチェット歯)とし、受け止める**アンクル(レバー先端の爪)に宝石(紅玉など)を埋め込んで耐久性を向上させました3334。このように宝石軸受けを脱進機要部に用いる手法は、実はマッジが徒弟時代に師グラハムと共に経験していたもので、彼らは1720年代から時計の天真穴石やアンクルへの宝石使用を進めていた記録があります35。マッジはそうした先進技術を惜しみなく投入し、自身のレバー脱進機を洗練させていきました。1750年代末には、この新脱進機を搭載した初期の懐中時計も完成しており(日本の資料によれば1759年に最初のレバー脱進機付き時計を製作)30、1760年代に入るとさらに改良を加えた「自由レバー式脱進機」**も考案しています36。この「自由レバー式」の詳細は諸説ありますが、レバーの復元力にヒゲゼンマイの弾性を利用するなど、よりテンプの動きを妨げない工夫を指すと考えられます。

37 マッジが1768年頃に製作した携帯式クロック(ブリュール伯爵旧蔵)。右は文字盤側で、左は裏蓋を開けた機械部分。上部に置かれた円形台にレバー脱進機が搭載され、ガラス窓から覗くことができる2838

1769年、ついにマッジは自身初のレバー脱進機付き懐中時計を完成させます。これはイギリス国王ジョージ3世からの注文で作られた大型の金懐中時計で、マッジは最新の脱進機を組み込みつつ、美しい白色エナメル文字盤に時・分・秒および四分刻みの音響報知(クォーターリピーター)機能まで備えた傑作に仕上げました3940。完成品を見たジョージ3世は大いに満足し、王妃シャーロットへの贈り物としてこの時計を購入しています4141。時計には「THO. MUDGE LONDON」と刻まれ、レバー脱進機が搭載された最初期の懐中時計として現存しており、現在もウィンザー城の王室コレクションに保管されています4142。この功績によりマッジは1776年に国王付き宮廷時計師(Watchmaker to the King)の称号を授与され、以後、王室の時計技術顧問としても活動しました41

技術的背景とマッジの貢献#

トーマス・マッジが活躍した18世紀中葉のイギリス時計界は、既にジョン・ハリソンによる航海用時計(マリン・クロノメーター)の開発成功で大きく揺れていました。1759年にハリソンは4号機「H4」によって経度測定用の懸賞金にほぼ合格する精度を達成し43、経度委員会(Board of Longitude)は最終的に1773年に彼へ£10,000の賞金支払いを認めました43。マッジはハリソンと同時代人であり、その成功を目の当たりにした一人です。彼はH4の性能を高く評価しつつ、自身の発明したレバー脱進機が「H4に充分匹敵し得る」と自負していました4444。実際、マッジの見立ては正しく、新型脱進機を備えた時計は高精度を発揮し得るものでしたが、彼は奇妙なことに、このレバー脱進機をすぐには航海用クロノメーターに応用しませんでした4445。代わりに彼が選んだ道は、偉大な先達ハリソンの足跡を追い、まずは従来方式(テンプル脱進機系)のクロノメーターを改良することだったのです45

この背景には、新しいレバー脱進機が当初あまりに複雑で信頼性を見極める時間が必要だったこと、そして航海用精密時計の世界では堅牢で摩擦の少ない「緻密脱進機(デテント脱進機)」の開発競争が始まっていたことが挙げられます46。実際、マッジがレバー脱進機に取り組んでいた同時期に、フランスではピエール・ルロワがデテント式脱進機を考案(1760年代)し、イギリスでも同業者のジョン・アーノルドやトーマス・アーンショウがクロノメーター専用の新脱進機開発に動き出していました47。マッジは慎重にも、自身のレバー式が海上の揺れる環境で確実に動作する保証がないうちは、ハリソン流の基本原理(持続力機構や温度補償)を踏襲しながら確実性を追求したのでした45。この結果、レバー式脱進機が一般に普及するのは19世紀に入ってからと大きく遅れることになります4849。マッジの発明自体は卓越していながら、その実用化と展開は緩やかな歩みとなったのです。

もっとも、マッジの技術的貢献は時計史全体で見れば計り知れない価値を持ちます。彼はレバー脱進機以外にも様々な改良・工夫を残しました。例えば温度変化による精度狂いを補正する**「温度補償肘」(Compensation Curb)を懐中時計に取り付けたり、香箱(ゼンマイばね箱)に2本の主ゼンマイを並入してトルク変動を平均化する機構を考案しています850。後者の二重ゼンマイ機構はゼンマイ発条の力の均一化を狙ったもので、特に彼が製作する大型クロノメーターで採用されました5152。また残存ゼンマイ巻き数表示(パワーリザーブ・インジケータ)を考案したのもマッジで、1774年にはゼンマイの巻き上げ残量を示す「アップ・ダウン表示」機構を実装しています5354。これは現在の高級機械式時計に広く見られる「パワーリザーブ表示」の原型ともいえる画期的な発明でした。さらに、1765年には自らの経験と洞察をまとめた著書『時計改良の方策、とくに海上使用の時計についての考察』**を出版し、航海用時計や時計一般の精度向上に関する理論と実践を書き記しています55。この書物は当時から時計職人や科学者の間で注目され、のちに息子の手で再版もされています56。こうしたマッジの技術蓄積は同時代の技術者たちにも多大な影響を与えました。彼の友人でもあった土木技師ジョン・スミートン(エディストン灯台建設で知られる)もマッジの時計の愛用者であり、その高精度ぶりに感嘆した一人でした5758。またマッジのパトロンとなったザクセン公国の外交官ハンス・モーリッツ・フォン・ブリュール伯は、マッジの全技術に心酔し、彼の助言を受けて他の時計師たちにも新技術の採用を働きかけています5960

マッジの人柄は**「正直で謙虚、かつ利他的」だったと伝えられます61。彼は自身の発明に特許を取ることを望まず、むしろ「原理を模倣されることは名誉なこと」と考えていました61。1765年にハリソンの名機H4が公式審査のため分解された際、立ち会ったマッジはフランスの時計師ピエール・ルイ・ベルチュ(フェルディナンド6世付き時計師で航海時計研究者)に細部を明かしてしまい、経度委員会の顰蹙を買っています62。しかしマッジにとっては知識共有こそが時計技術発展の鍵であり、自身も積極的に新機構の情報提供を行いました61。この精神は後の世代に受け継がれ、イギリスの時計学は18世紀後半から19世紀にかけ“オープンソース”とも言うべき状態で進歩していきます。実際、マッジのレバー脱進機も彼の死後、改良や変形を加えられながら広く普及しました。その先駆けとなったのがジョサイア・エメリー**(Josiah Emery)による発展です。エメリーはスイス出身でロンドンに工房を構えた時計師ですが、マッジの支援者ブリュール伯爵の強い勧めにより、1770年代末からマッジのレバー脱進機を実用的に改良した懐中時計の製作に挑みました6364。エメリーは熟練の脱進機職人リチャード・ペンドルトンと協働し、複雑だったマッジの原設計を簡素化・小型化することに成功します3265。その結果、1782年から1785年にかけて少なくとも38個のレバー脱進機付き懐中時計が製作され、市場に供給されました6667。この「エメリー型」レバー時計は評判を呼び、ナポレオン時代前後には各国で模倣されるようになります。レバー脱進機はその後歯先形状を棘歯(ラチェット歯)からゴルフクラブ型の丸歯(クラブトゥース)へ改良され、宝石爪の位置調整機構(可動パレット)なども取り入れられて6834、19世紀中頃には機械式時計の標準的脱進機として完全に定着しました2469。こうしてマッジの発明したレバー脱進機は、電気式時計が登場する19世紀末まで懐中時計の世界を席巻し、現代の機械式腕時計にもほぼ例外なく採用され続ける基本機構となったのです44

クロノメーター開発への挑戦#

1770年前後、マッジは体調の悪化もあってロンドンでの商業活動を縮小し、郷里に近いプリマスへ移住しました7071。兄弟で内科医のジョン・マッジがプリマスに在住していたため、その傍らで静養しつつ、新たな野心に燃えたのです。それは、ジョン・ハリソンの成功後もなお提示されていたさらなる精度基準を満たす航海クロノメーターの開発でした7243。経度委員会は1765年に報奨金規定を改定し、H4を超える完璧な方法に対する追加報奨を用意していました73。マッジはこの挑戦に応じるべく、1771年にロンドンでのビジネスを息子たちに譲って引退し、クロノメーター開発に専念します74。1774年には最初の試作機(後述の「No.1 クロノメーター」)を完成させ、グリニッジ天文台に試験へ送り出しました75

マッジの第1号マリン・タイムキーパー(No.1クロノメーター)は、それまでの航海時計にはない独創的な特徴を備えていました。その一つが完全等時駆動の脱進機です。マッジは既述のレバー脱進機を航海時計に使う代わりに、各振動ごとに一定の力をテンプに与える特殊な脱進機を設計しました。彼は自ら製作したレバー式置時計ですでにレムントワール(恒動装置)を試していましたが7677、クロノメーターではこれをさらに発展させ、一種のコンスタントフォース脱進機として結実させたのです7677。具体的には、テンプに一定の impulso を与える仕組みを脱進機内部に組み込み、ゼンマイのほどき具合に関わらずテンプ振幅が安定するよう工夫されていました7678。またマッジNo.1は単一の香箱に2本のゼンマイを収めた二重発条構造を持ち、フュゼ(錘縄)の途中にハリソン式持続力装置を備えるなど、極めて凝った機構でした7980。温度補償も抜かりなく、2本の二金属板でテンプ系全体の補正を図り80、文字盤には分・時・秒・パワーリザーブ(日数)を個別のエナメル小ダイヤルで表示するという親切設計でした8182。この大型クロノメーターの構造は非常に複雑ながらも洗練されており、マッジはそれ自体に深い満足を覚えていたと伝わります8384。ケース(箱)は予算節約のため真鍮ではなく木製の八角箱とされましたが、むしろ八角形ゆえに8方向の姿勢で試験できる利点があり、堅牢かつ防塵性の高い見事な作りでした8586。1774年8月23日付のブリュール伯爵宛書簡でマッジ自身「真鍮製の方が良いのは認めるが、資金が乏しいので木で作った」と述懐しています85。これは彼が自己資金を投じて開発に没頭していた事情を物語っています。

肝心の精度試験において、マッジNo.1クロノメーターは当初トラブルに見舞われました。送付先のグリニッジ天文台で試験が始まると、ゼンマイが何度か破損する事故が起きたのです8788。当時の材料技術では長期間連続駆動させる大型ゼンマイの耐久性が課題で、マッジは幾度か修理対応を余儀なくされました8788。このため経度委員会による公式試験からは除外されてしまいます8788。しかしマッジは諦めず改良を重ね、1776年から1777年にかけて再試験が行われた際には驚異的な性能を示しました89。天文台長ネヴィル・マスケリンは1777年3月1日付の報告で、マッジの時計が109日の試験期間中に累積79秒(1日平均約0.73秒)の誤差しか示さなかったと記録しています9091。彼は「この時計は私の監督下に入ったどのタイムキーパーよりも格段に高精度である」と評し91、この功績に対し経度委員会は1777年にマッジへ£500(500ギニーとも)を賞与しました92。ただし正式な懸賞金受領の条件としては同等性能の時計2台の製作が求められていたため9394、委員会はマッジに追加の時計製作を要請します9394。マッジはこれを引き受け、「グリーン」と「ブルー」と愛称される2台の改良版クロノメーターを製作しました9596。グリーンは文字盤に緑色、ブルーは青色の差し色が使われて区別されたとされ、前者は1777年中に、後者は1779年までかけて完成します96。しかし委員会のさらなる試験では、これら2台についてマスケリンから「規定性能に達せず」との判定を受けました96。マッジ側はマスケリンが公平な試験をしていないと強く反発し、1770年代末から論争が巻き起こります9798

1792年、マッジの長男トーマス・マッジ Jr.(ロンドンの法廷弁護士となっていた)は父の名誉回復を図り、『一連のタイムキーパーに関する事実の叙述』という小冊子を刊行しました9956。これにはマッジのクロノメーターの詳細な成績やマスケリン天文台長の試験方法への批判が綴られています99。マスケリンも即座に『叙述書への回答』と題する反論文を発表し、自身の試験が正当であったと弁明しました100。さらにマッジJr.は『回答への再答』を書いて応酬し、その付録としてブリュール伯爵からの寄稿(マスケリンへの苦言)が掲載されるなど、論争は激しさを増しました100。この論争の最中、ヨーロッパ各地の識者も意見を寄せています。ゴータ公国の天文学者フランツ・X・デ・ザハはマッジの最初のクロノメーターNo.1を2年間独自観測し、その安定性を証言しました101102。英国海軍のキャンベル提督も同機を1785~86年のニューファンドランド航海に携行し、日差0.5秒以内という極めて小さな変動しか示さなかったと報告しています101102。こうした支持もあり、世論は次第にマッジ側に傾きました。ハリソンもかつてマスケリンの審査に不満を述べていた経緯があり、「マスケリンは自ら提唱する月距法(天文暦による経度測定)の有用性を示すためクロノメーターに厳しすぎる基準を課しているのでは」という疑念が広く共有されたのです103104

結局、経度委員会では埒が明かず、1792年にマッジJr.は英国議会に父への報奨金支払いを直接請願しました105106。これを受け下院は特別委員会を設置し、ウィリアム・ピット首相や科学者を交えてマッジの発明の価値を審議しました106107。審議には数学者ジョージ・アトウッドや名工ジョン・アーノルドらも協力し、最終的に1793年にマッジへ£3,000の追加報奨金を支払うとの結論が出されました10892。この決定はマッジの業績が公的に認められた瞬間でしたが、彼自身はすでに高齢で健康を害しており、この報せを受け取った2年後の1794年11月14日、長男の自宅があったロンドン南部ニューイントン・バッツにて77歳で静かに息を引き取りました109。遺体はかつての仕事場近く、フリート街のセント・ダンスタン教会に葬られています109。マッジの妻アビゲイルは彼に先立つ1789年に没しており、残された二人の息子のうち次男ジョンは1791年に王妃シャーロットの推薦で聖職に取り立てられエクセター近郊の教区牧師となりました16110。長男トーマスJr.は父の遺志を継ぎ、遺された設計を元に小規模なクロノメーター製造工場を設立します111112。彼は1799年に**『故トーマス・マッジ卿の発明したタイムキーパーの図説と報奨後の経緯、並びに父より伯爵ブリュール閣下に宛てた書簡集(1773–1787年)』を出版し、父の技術を後世に伝えました56。しかしクロノメーター量産事業そのものは資金難で長続きせず、製作された27台ほどが各国海軍に納入された後、ほどなく閉鎖に追い込まれています112113。とはいえ、こうしたマッジ親子の努力が無駄になったわけではありません。19世紀初頭にはアーンショウやカーペンターらによる手頃なクロノメーターが登場し、航海用時計は広く実用化されていきましたが、その精度基準は「マッジNo.1が達成した1日1秒以内」という壁を破れずにいました**。事実、英国グリニッジ天文台の記録によれば、マッジNo.1の成績が他の追随を許さなくなるのは、それから約100年後の1880年代後半になってからでした114115。マッジの創り出したタイムキーパーは、先進的すぎたがゆえに長らく**“比類なき孤高の存在”**であり続けたのです。

主な作品と遺品#

トーマス・マッジの残した作品は、現在いずれも貴重な技術遺産として大切に保存・展示されています。まずレバー脱進機を搭載した初期の懐中時計として有名な、1770年にジョージ3世が購入した金懐中時計(シャーロット王妃への贈答品)は、英国王室コレクションに現存しています41。この時計は直径約5cmに及ぶ大型の懐中時計で、文字盤上に**時・分・秒と四分刻みの報時表示(リピーター)**を備えた複雑機構です。王室の管理下にあるため一般公開は限られますが、内部にはマッジのオリジナル版レバー脱進機が組み込まれており、時計史研究者にとって垂涎の逸品です28116

マッジが1760年代に製作した携帯式クロック(トラベルクロック)も著名です。これはトーマス・ポルワース卿(第10代ローダーデイル伯ヘプバーン=スコット卿)が所蔵していた作品で、1768~1770年頃に製作されました117。素材は真鍮と鼈甲でケース直径約15cm、高さ15.5cmという小型置時計ですが、8日巻きフュゼ駆動・時打ちと四半打ち(クォーター・ストライク)機構・繰返し打ち(リピータ)機構など当時最高水準の機能を凝縮しています118119。特にレバー脱進機を台座付きの水平プラットフォームに搭載し、天面の丸窓から覗ける構造は極めて斬新でした118120。この時計は元々グラハム門下の友人ゲッデス氏の注文で製作が始まりましたが、1774年までにブリュール伯爵が購入して自らのコレクションに加えました121。伯爵との書簡には「あなたがゲッデス氏の小さな時計を手に入れたと聞いて嬉しい」と記されており122、1777年には「あの“小さな時計”の出来映えには非常に満足している。報時と繰返しの仕掛けがついていて単純なタイムピースではないのに、期待以上によく歩いている」とのマッジ自身の言葉も残っています8384。この作品はその後伯爵家に伝来し、1995年に大英博物館が購入しました121。現在はロンドン・大英博物館の常設展示(時計ギャラリー)で公開されており、**「ポルワース・マッジ」**の愛称で親しまれています123。文字盤銘は「THO MUDGE LONDON」で、針は金製の時分針と青焼き鋼の秒針が付属する非常に洗練されたデザインです124

航海クロノメーター関連では、マッジが製作した3台のタイムキーパーがそれぞれ現存します。No.1クロノメーター(1774年完成)は現在ロンドンの大英博物館に所蔵され12581、同館の解説プレートでは**「Marine Timekeeper No.1」として紹介されています126。八角形の木箱(二重箱入り)や内部のコンスタントフォース脱進機など、オリジナルの状態で保存されており、館内の時計展示室で往時のままの姿を見ることができます5276。またNo.2(緑)No.3(青)のクロノメーターも各地に残ります。緑文字盤の2号機は一時ロンドンのサーン(サー・ジョン・ソーン)博物館に保存されていましたが、その後英国国立海事博物館(グリニッジ)に移管され、現在同館で動態保存されています127128。青文字盤の3号機はドイツ・ドレスデンのザクセン州立美術館に所蔵されており、年次的な特別展示で公開されることがあります128。これら2台はそれぞれ「グリーン」「ブルー」クロノメーター**として知られ、製造番号はありませんがサイズ約12.25cm径、8日巻きという基本仕様は共通しています129130。マッジの死後、息子トーマスJr.が複製製造した約27台のクロノメーターのうちいくつかも現存しています。例えばロンドンの時計会社Frodsham社は19世紀にマッジ型クロノメーターの解析を行い、その成果を報告書にまとめました131。現在、そうした複製品の一部は英国やスペイン、デンマークの海軍ゆかりの博物館に収蔵されていると伝えられます113

その他、マッジが製作に関与した歴史的時計としては、スペイン王フェルディナンド6世のための等時差懐中時計(前述のようにエリコット名義で納品)や、同国王に献上した杖内蔵時計が挙げられます。特に後者はソーラータイムで打鐘するユニークな機構ゆえ、「時計史上もっとも珍妙な試みの一つ」として専門家の興味を引きますが、現物所在は定かでなく、おそらく失われたものと推測されています。さらに、文豪サミュエル・ジョンソン博士が1768年頃にマッジから懐中時計を購入した記録もあり132、ジョンソンの有名な箴言集に「マッジの時計を持っているのに時間にだらしないのは許し難い」といった冗談めかした記述が残っているとも言われます(この逸話はジョンソンの伝記作者ジェームズ・ボズウェルの脚色とも考えられていますが、マッジの名が当時知識人の間でも知られていた証左でしょう)。なお、マッジの肖像画は上述のダンスの油彩画の他、ルイージ・スキアヴォネッティによる1770年代のエングレービング版画が残ります133。またグラハム以来の英国時計師の伝統を称える目的で、ロンドン市時計師組合は19世紀にマッジの肖像画を所蔵コレクションに加えています3。その絵は現在ロンドン・ギルドホールの時計師会館に展示され、彼の業績を後世に伝えています。

評価と影響・おわりに#

トーマス・マッジは存命中から「同時代で英国最高の時計師」とも評され457、19世紀以降の時計史研究でも常にハリソンと並ぶ重要人物として扱われてきました。確かにジョン・ハリソンが経度問題解決者として有名になったのに比べ、マッジは一般の知名度で一歩譲ります。しかし専門家の見解では「マッジの開発した時計類は製造品質・精度において当時他の追随を許さなかった」とされ20、彼の重要性は正当に評価されねばなりません。事実、ハリソンの成功がなければマッジこそが経度賞を射止めていた可能性も十分にありました。経度委員会の不透明な審査は、ハリソン父子だけでなくマッジにも苦渋を舐めさせましたが、最終的に議会が彼に報奨を与えたことは、技術者マッジへの最大限の敬意の表明と言えるでしょう92。彼の死後、その実績は少しずつ世に浸透しました。航海用クロノメーターの開発史を書く際に、英国の歴史家たちは必ずマッジの名に言及しています。1923年、マッジNo.1を含む歴代クロノメーターを調査したルパート・T・グールドは「マッジの時計の性能はいまだ驚異的で、当時の委員会が正当に評価しなかったのは惜しまれる」と記し、ネヴィル・マスケリンによる試験が過度に厳格だったことを示唆しました(グールドはハリソンのH4復元でも有名な人物です)。また21世紀に入っても、王立グリニッジ天文台付属博物館のキュレーター、ジョナサン・ベットらはマッジの評価見直しを進めており、ブリュール伯爵旧蔵の携帯クロック(前述)を「シンプルにして完璧: ザクセンから世界へ広まった時計製造の道」と題する特別展で紹介するなど134、国際的にもマッジ再評価の機運が高まっています。

現代への直接的な影響として、マッジのレバー脱進機は現在も機械式腕時計の標準機構として機能し続けています13524。19世紀半ば、鉄道時計やマリンクロノメーターの精度競争の中で、レバー脱進機は改良が重ねられ「スイス式クラブ歯レバー脱進機」として完成形に到達しました13634。20世紀に入ると時計製造は大量生産の時代となり、安価なピンレバー脱進機(てこの先端に宝石でなくピンを用いた簡易型)も登場しましたが、高級時計は一貫してマッジ以来のジュエル付きレバー脱進機を採用してきました135。1970年代のクォーツ時計隆盛で機械式時計産業が一時衰退しても、レバー脱進機の基本原理は時計愛好家や時計師たちによって守り継がれ、1980年代以降の機械式時計復興で再び脚光を浴びました。1990年代には時計師ジョージ・ダニエルズがレバー脱進機の改良型として**同軸脱進機(コーアクシャル・エスケープメント)**を開発し137、これは従来のレバー式の弱点であった滑り摩擦を低減する画期的なものでした。もっとも、この同軸式も基本構造はレバー脱進機の系譜上に位置するものであり、いわば「マッジの原理」に立脚した派生技術です137138。同軸脱進機は21世紀に入って一部高級腕時計で採用されていますが、現在に至っても大多数の機械式時計は改良を重ねたレバー脱進機(スイスレバー)を心臓部に備えています2469。マッジの遺した技術的遺産は、250年以上を経た今日でも脈々と生き続け、人々の腕の上で時を刻み続けているのです。

最後に、トーマス・マッジの革新が時計史にもたらした意義をまとめます。彼はジョージ・グラハムから受け継いだ伝統を発展させ、機械式時計の精度・信頼性・持続時間を飛躍させる数々の発明を成し遂げました。レバー脱進機という「革命」は、精密な加工技術と宝石素材の導入によって初めて可能になったものであり、これにより時計製造は“科学”の域に踏み込んだと評されます2233。また航海クロノメーターの改良に生涯を捧げ、非業にも正当評価を得るのに時間を要しましたが、その不屈の探究心は多くの同業者に影響を与え、英国をはじめ各国の精密機器産業の発展を陰で支えました20101。マッジは決して商売上手ではなく、特許による独占利益や大量生産による富を追求しませんでした。しかし彼の遺した時計とその思想は、同時代の賞賛以上に永続的な技術的基盤として現代まで息づいています139。専門史家の言を借りれば、「マッジの基本レバー脱進機設計は、機械式時計産業の発展における画期的イノベーションであり、時計大量生産を可能とした要因である135139とのことです。トーマス・マッジ――その生涯と業績は、18世紀啓蒙時代の職人技術と科学知識が結晶した象徴として、これからも語り継がれていくことでしょう。

年表#

  • 1717年9月:イングランド・エクセターにて誕生(第二子)6。幼少期に父がビデフォードの文法学校校長に就任し転居5。少年時代から時計機構に関心を示す。
  • 1731年:14歳でロンドンに出て時計師ジョージ・グラハムに弟子入り140。ウォーター・レーンの工房で7年間修業。
  • 1738年1月:ロンドン市時計師組合のフリーマン(自由時計師)資格を取得8。以後、独立時計工として活動開始。
  • 1740年代:ジョン・エリコットら著名時計師の下請けとして複雑懐中時計を製作。スペイン王フェルディナンド6世に才能を認められ、王室注文の時計(等時差表示や分打ち機構付き)を複数製作9141
  • 1748年:フリート街151番地に工房を開業14
  • 1751年:恩師グラハム死去。マッジは新聞広告で自身の受注営業を開始14。ロンドン有数の時計師として評判が立つ15
  • 1753年:オックスフォード出身のアビゲイル・ホプキンスと結婚15
  • 1755年頃:携帯時計向け分離レバー脱進機を発明29(発明年については1754年説もあり30)。当初は置時計に組み込み動作確認。
  • 1757年:長男トーマス・マッジJr.(後の法曹・時計製作者)が誕生111。この頃までに妻との間に2子(トーマスJr.とジョン)をもうける16
  • 1760年:ザクセンのブリュール伯爵と知遇を得、以後パトロン兼顧客となる132
  • 1765年:弟子時代からの仲間ウィリアム・ダットンを共同経営者とし、「Mudge & Dutton」名義で時計を製作17。また著書『時計改良の方策(海上使用時計について)』をロンドンで出版142。経度委員会からジョン・ハリソンの時計H4分解に立会人として招聘されるが、仏人時計師ベルチュにH4機構情報を漏洩したとして委員会と軋轢59
  • 1766–1770年:レバー脱進機を搭載した懐中時計・携帯クロックを少数製作。1769年に初のレバー脱進機懐中時計を完成(王妃シャーロット用)1431770年ジョージ3世が購入し王妃に下賜411770年11月、マッジは体調悪化によりロンドンでの営業から引退(正式には1771年に引退)144し、以後プリマスに移住して時計開発に専念71
  • 1771年:国王ジョージ3世より宮廷時計師に任命される41。この年マッジは今後のクロノメーター開発に集中するためビジネス一線を退く74
  • 1774年No.1クロノメーター(航海用時計第1号機)完成75。6〜8月頃よりグリニッジ天文台で非公式試験開始。8月23日、ブリュール伯爵への書簡で木製クロノメーターケースの理由を説明85。同年、ゼンマイ残量表示(パワーリザーブ)機構を発明し時計に実装53。グリニッジ天文台より性能奨励金£500を授与される(前払い金として1777年に正式授与)92
  • 1776年:No.1クロノメーターをオックスフォード大学の天文学教授ホーンビーが試験し高成績を確認145。天文台長マスケリンによる長期試験(1776年末〜1777年初頭)でも日差1秒以内の精度を記録91。これを受け経度委員会が正式にマッジへ500ギニー(約£500)の報奨金を支給92。同時に規定達成のため複数機製作を要請され、マッジは次作に着手93
  • 1777年:第2号機「グリーン」クロノメーター完成。委員会に提出するも、要求仕様(経度法の基準)未達と判定される96。マッジは裁定に不服、伯爵ブリュールを通じ抗議。長男トーマスJr.が法曹資格を取得、父の活動を支援し始める。
  • 1779年:第3号機「ブルー」クロノメーター完成96。委員会試験でグリーンと共に不合格扱いとなり、マッジ激怒97。マスケリン天文台長の評価方法を巡り争議長期化。
  • 1780年代:マッジ vs. マスケリン論争続く。1785–86年、海軍キャンベル提督がマッジNo.1を航海試験し高精度を実証101。デ・ザハ天文学者もマッジNo.1を長期観測し賞賛101。マスケリンはなおも公的立場からマッジ機を認定せず。
  • 1789年:妻アビゲイル死去109
  • 1791年:長男トーマスJr.、経度委員会に父の功績への追加報奨を嘆願するが却下105。次男ジョンが王妃推薦で聖職任官146
  • 1792年:トーマスJr.が父の弁護小冊子『タイムキーパーに関する事実の叙述』を刊行し、マスケリンを非難99。マスケリンが即反論パンフレット発表100。マッジJr.は再反論書で応酬147。議会下院が事態を重く見て特別委員会設置106
  • 1793年:下院特別委員会、マッジの発明価値を認定し**£3,000の特別報奨金支払い**を決定92(3月25日付報告書に基づくとされる)。マッジ親子、喜びとともに資金を受領。トーマスJr.、父のクロノメーター量産計画を開始。
  • 1794年11月14日:トーマス・マッジ、ロンドンにて死去(享年77)109。フリート街セント・ダンスタン教会に埋葬55
  • 1799年:トーマスJr.、『父マッジのタイムキーパー図解と手紙集(1773–1787)』を出版56。マッジ設計クロノメーターの製造約27台が完了するも事業継続困難となり撤退112
  • 1800年:経度法に基づく懸賞制度が終了(アーンショウに£3,000支払い等で幕引き)148。以降、航海クロノメーターは民間造船所等で需要増。
  • 1820年代:エメリーやイギリス・スイスの時計師たちにより、**クラブ歯車型レバー脱進機(Swiss lever escapement)**が完成2434。マッジの原型(ラチェット歯)に比べ耐摩耗・量産適性が向上し、急速に普及。
  • 1830年代:懐中時計の主流脱進機が完全にレバー式へ移行45(以前主流だったシリンダー式・デテント式は高級用途や特殊用途に限定)。
  • 1850年:機械式懐中時計が世界で大量生産される時代に。英国・米国・スイスの工場でレバー脱進機採用の標準ムーブメントが製造。
  • 1884年:グリニッジ天文台のクロノメーターコンクールで、それまで不敗だったマッジNo.1の記録(平均日差0.7秒以内)をようやく更新する機械が現れる(ウィーン天文台のシヴィル機など)114115
  • 1920年代:英国でマッジを含む航海時計史の学術研究が進む。ルパート・グールドが『海洋クロノメーター史』を著し、マッジの業績を詳述131
  • 1950年代:機械式時計の大量生産技術が円熟する中でも、手巻き腕時計・船舶クロノメーターともレバー脱進機が標準装備。マッジの影響下にない機構は、廉価品のピンレバー程度となる。
  • 1970年代:クォーツ(水晶)式時計の台頭により機械式時計産業が一時縮小。しかし、1974年に英国時計師ジョージ・ダニエルズが同軸脱進機を発表し、レバー脱進機改良への関心が続く137
  • 1990年代:機械式高級時計が復興。1999年にスイスのオメガ社がダニエルズの同軸脱進機を採用した腕時計を発売137149。従来のレバー脱進機も改良材質(ルビー人工宝石・シリコン素材など)で進化。
  • 2020年代:現在も高級機械式時計のほとんどがレバー脱進機を搭載し、基本原理はマッジの発明と地続きである2469。大英博物館や国立海事博物館でマッジの遺品が常設展示され、時計愛好家・研究者がその功績を改めて評価している123

参考文献#

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  150. Thomas Mudge (horologist) - Wikipedia ↩︎

  151. Dictionary of National Biography, 1885-1900/Mudge, Thomas - Wikisource, the free online library ↩︎

  152. Dictionary of National Biography, 1885-1900/Mudge, Thomas - Wikisource, the free online library ↩︎

  153. Thomas Mudge  – Antiquarian Horology ↩︎